土砂降りさん2
私は手拭いで濡れたところを拭く彼を席に座らせてお話をした。
余談だがうちの店には豆腐を食べる為のスペースがある。お客さんが気になっている豆腐を試食したり、出来立てを食べてもらったり、試作品を食べてもらったりと意外と活用されている。常連さんはお茶を楽しんでいったりもするのでお客さんとのコミュニケーションにも繋がるのだ。
話は逸れたが私は今彼に豆腐とお茶を出し、お話中だ。
出したときは何故豆腐?と言う感じだったが、すみません余りそうなんです…と言ったら彼は納得してくれた。
私の中で土砂降りさん、と名付けた彼は落ち着いて向かい合ってみるとかなりのイケメンであった。パッチリした目に整った顔立ち、あの祝日の彼に並ぶかっこよさだ。祝日の彼はイケメンというより美形、という感じだが土砂降りさんはまさにイケメン代表、といった感じである。
「あぁ、久しぶりに街のほうに下りてきたのにな…。」
「えっ、ここから遠い場所に住んでいらっしゃるんですか?」
「あ、はい。えーと、ちょっと山の方、ですかね。」
「そうなんですか。」
他愛もない話を続けていて分かったことだが彼は結構不運な人らしい。別にそんな大きなことでは無いらしいのだが、その、何というか、よくこけたり怪我をしたり、商品が目の前で売り切れになってしまったりと地味に不幸な目に合うようだ。仲のいい友人が最近巻き込まれてきたことから、自分が不幸を運んでいるんじゃないか思えてきたらしい。流石にそんなことはないと思うのだが。
「今日の雨も災難でしたね…。」
苦笑いでそう言うと彼も苦笑いをして、まったくです、と言った。
「早く晴れるといいですね。」
「はい。晴れるかなぁ…。」
「大丈夫ですよ。今私が精一杯晴れるように願ってますから。」
暇な私の元にいきなりやってきて話し相手になってくれたのだ。私が彼に出来ることは豆腐とお茶を出すこと、彼に幸運が訪れることを願うことぐらいだ。今は雨がやみ、晴れることを願おう。
私がそういったら土砂降りさんは、少し驚いたような顔をした後、有難う御座います、とふわりと笑った。うおっまぶしっ!
輝くイケメンスマイルに心底吃驚しながら私は次の話題を立ち上げた。
それからまた話を続けていたら、その内雨が小降りになり、次第に太陽も見え始めた。
「あ、止みましたよ!雨!」
これで帰れますね、と私が笑うと土砂降りさんも、わ、よかったぁ、とまるでぱぁっと効果音が聞こえてきそうな笑顔になった。
「あ、お豆腐代…。」
「えっいやいや大丈夫ですよ。私が勝手にお出ししただけなので!」
「いやでも…あ、じゃあ、お豆腐買っていきます!」
といって彼は沢山豆腐を買ってくれた。なんていい人なんだ!
私がおつりを渡して、気をつけてお帰りください、というと彼は思い出したように、あの、名前教えてもらってもいいですか?と訊いてきた。
もしかしたらこれから仲良くしてくれるのかなぁ、なんて思いながら、名前です、と返す。
「僕は善法寺伊作といいます。名前さん、今日は本当にありがとうございました!」
「いえ。善法寺さん、ぜひまた来て下さいね。」
「はい、ぜひ。手拭いも洗ってきますから。」
「すみません。有難う御座います…。」
大丈夫だと言ったのだが土砂降りさん、もとい善法寺さんはかなり泥だらけになってしまったと手拭いは自分が洗ってくると言って聞かなかった。本当にいい人だ。
ではまた、と言って彼は店を出て行った。
今日はとってもいい人と知り合いになれたなぁ、と思いながら私は彼の背を見送った。名前も知ることが出来たし、もっと仲良くなれるかもしれない、とうきうきしながら私は2人分の湯のみとお皿を洗う。
空はさっきの土砂降りが嘘のように晴れている。水溜りに太陽がキラキラと反射してとっても綺麗だ。土砂降りがあったからこそこんなに輝いているんだよな、と思った。
(なんだ、土砂降りさんは幸せも運んでるんじゃないか)
また来てくれるのが楽しみだな。
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