視線
見られている。すごく、見られている。
初めてなんだか変な視線を感じてから数日後。
あれからどこからともなく注がれる視線に私はひどく参っていた。
一度気になってしまうと人間過敏に反応するもののようで、始めはふと気付く程度であった視線は一日中感じるようになり、朝起きるときに接客してるとき、果てには寝てる時からお風呂の時まで視線が注がれている気がしてきた。家族にそれとなく訊いてみても特にそれらしいことはないらしく、私も一時期は気のせいなのかと思ったがその可能性も捨て去った。だって、視線がある。確実に見られているのだ。
「視線、ねえ。私は何にも感じないけど。」
いつもより小さめの声でそう言いながら、ちーちゃんはお店の片隅で私がお茶請けとして出した豆腐をつついた。
「ううう、私も初めはそんな感じだったんだよ。でも…」
ずっと見られてるなんてその視線の主に知られてしまったらなんだか恐ろしいことになる気がして、私も小声で返す。
「そうねえ、確かに無いとは言い切れないとも思うけれど。ほら、名前って昔から変なところで勘が鋭いし。」
「そうかなあ。」
「そうよ、あんたはいつも無自覚だったけどね。」
自分ではよく分からなかったが、ずっと一緒にいたちーちゃんが言うことだから正しいことなんだろう。妙に納得したその時、外からばたばたと走る音が近づいてきた。
「すいません名前さん!三之助と左門見ませんでしたか!!」
ぜえぜえとお店に姿を現したのは作兵衛くんだ。
「ううん、此処には来てないけど…また二人は迷子?」
「そうなんすよ!あいつら俺が買い物してる間に勝手に離れてったらしくて…!」
そう焦りながらいう彼、作兵衛くんは少し前にお店に来てくれたお客さんで、始めは三人組でいたのだがあとの二人が極度の方向音痴らしくその後いなくなってしまい、私が彼と共に二人を捜しに行ったことからの付き合いである。
「そうっすか…すみません、じゃあもしここに来たら捕まえといてください!お願いします!」
「うん、分かったよ。」
「じゃあ俺はここで、」
「あ、待って待って作兵衛くん!」
走って出て行った作兵衛くんを呼び止めて、私は家の裏手に回った。井戸から水を汲み出して竹筒に入れた。そして店の二三件先で待っていてくれた作兵衛くんに走り寄る。
「はい、これお水。持って行って。」
「え、そんな。」
「いいのいいの、お友達捜し頑張ってね。」
彼はいつでも一生懸命でなんだかこっちまで頑張る気になってしまう。汗だくの彼にも真夏の強い日差しが降り注いでいて、水なんていくらでも渡してあげたくなるのだ。
「ありがとうごぜえます名前さん!竹筒、また今度返しに来ますね!」
「うん、気をつけてね。」
はい!と大きく返事をした彼を見送って私はさてお店に戻ろうと振り返った。
ぐいっ
「え?」
瞬間、手を引っ張られ私は路地裏に連れ込まれる。
「ちょっとー名前、あんた水筒渡すのにどんだけ話弾んでるのよ〜、あら?いない。」
どこいったのかしら、というちーちゃんの言葉は真昼間の熱い日差しに溶けていった。
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