あいえんきえん、 | ナノ


  変わり者御一行


鏡を覗いて、髪の毛、服装、軽めだけどお化粧、全部を一通り確認してから私はよし!と呟いた。


「おかあさーん、行ってきます!」


母のはいよーという声を耳に私はるんるんと胸を弾ませながら待ち合わせ場所に向かう。


何があるのかと言うと、今日は久々知さんと一緒に簪を買いに行った時に約束をしていたお豆腐屋さん巡り決行の日なのである。




***


「あ、名前さん!」


いち早く私に気づいたのは宣言通り不破さんと鉢屋さんを連れてきていた久々知さんであった。私は急いで彼らのもとに近づいて挨拶をする。


「こんにちは。今日は宜しくお願いします、久々知さん、不破さん、鉢屋さん。」


久々知さんは笑顔で、不破さんは柔らかく挨拶を返してくれたが鉢屋さんは「お前正気か?」と言うだけだった。


「?」
「兵助の豆腐好きは伊達じゃないんだぞ。」
「そ、そんなにすごいんですか…?」
「ま、まあまあ三郎。今日は名前さんもいることだし、兵助も無茶ぶりはしないって。…多分。」
「はあ、前みたいになってもしらないぞ。…お前も。」
「えっ!?」
「なあ兵助?」
「ん?何がだ?それより三郎、まず始めに行くとすればやっぱりここから一番近い…」


そして始まる久々知さんのお豆腐屋知識やお店候補などなどに鉢屋さんは再度ため息をついた。不破さんも苦笑いである。私はといえばかつてないほどに子供のようなきらきらとした表情で語る久々知さんを見て少し驚いたものの、なんだか久々知さんの新たな一面が見えたような気がして思わず笑ってしまった。

その時、なんだか視線を感じた気がしてふと私は後ろを見る。
しかし朝とは言えど人通りの多いこの大通りでそんなものを感じるなんてただの気のせいだとしか思えない。まして私は八左ヱ門くんや諸泉さんみたいな忍者ではないし視線とかに敏感ではないからやっぱり気のせいだったのだろう。そう思って、私はそれを気にも留めず久々知さんたちについて歩きだした。




***


「あっ、ここのお豆腐は良い大豆使ってますねえ!それに少し水の量が多め、かな?」」
「分かりますか!ここはちょっと違う製法で豆腐を作ってるんですよ!」
「はい!美味しいですねえ。」
「でしょう?名前さんなら分かってくれると思ってました!」


「なあ雷蔵…今ので豆腐は何丁目だ…?」
「うううん、絹、いや木綿…」


だめだこりゃ。
私は今日何度目かになるため息を吐いた。豆腐屋巡りという一部の人間しか喜ばないであろう計画を立てた二人は常人には入り辛い豆腐トークで盛り上がり、唯一の一般の思考を持つ雷蔵は店に入った時からずっとどちらの豆腐にするか悩んでいる。
この耐えがたい現状を打破する者はおらず、ただひたすら私はその光景を眺めることしかできない。数々の豆腐屋で数々の豆腐を兵助の勧めるがままに次から次へと胃に運び、もう豆腐を視界に入れることにすらうんざりしてきた。

二人の世界と言っても過言ではない兵助と名前という豆腐屋の少女との会話を耳にしても何ら面白いことはなく、かといって雷蔵の迷いに付き合ったところでひたすら同じところを繰り返す友人の思考回路について思考を飛ばすことしかできないだけである。どこまでも手持無沙汰。やはり兵助の頼みをおいそれと引き受けるべきではなかった。


数日前、あの日珍しくもにこにこと音が聞こえそうなほどの笑顔で話を持ちかけてきた兵助には私たちも疑問を持ったものの、兵助のことだから無茶なことは頼まないだろうと軽い気持ちで引き受けてしまった。あんなににこにこする兵助なんて豆腐関連が絡んでるに決まっているのに、ろ組の実習明けでほっとしていたところを狙ってきた(そこはやはりい組の秀才と言うべきか)兵助の戦法に引っかかった私たちは仕方なく豆腐巡りを共にすることとなったのだ。



「?」


今、誰かが自分たちを見ているような気がした。
気になって周りを見渡すが気のせいだったのか、もう視線は感じない。


「鉢屋さん、鉢屋さん。」


気付けばいつのまに兵助との豆腐トークを終わらせていたのか、豆腐屋の娘が私の近くにいた。どうしたのかと問えばそいつは少し照れながら「鉢屋さんのお豆腐、一口貰ってもいいですか?」と言った。

よく言えば遠慮がち、悪く言えば全体的によそよそしさを持って自分たちに接していた彼女にしては大胆な発言だな、と少しばかり驚く。もしかしたら豆腐でテンションが上がってるのかもしれない。兵助みたいだなこいつ。
私が答えを返さなかったからか彼女は慌てたように言葉を続けた。


「あの、あのですね、私も食べたいんですけど、その、もう結構お腹いっぱいになってしまって…嫌でしたら全然!」
「ああいや、そういうことだったら全部やるぞ、ん。」


正直もう豆腐を食べる気がなくなっていた私はラッキーと思い三分の一ほど残っていた豆腐を渡した。


「いいんですかっ!?」


食い気味に聞いてくるその勢いに、前に気まぐれで付け合せの冷奴をあげたときの兵助の姿が被る。
豆腐が好きな奴は変な奴ばかりなのだろうか。軽く顔を引きつらせていると豆腐の三段重ねを手にした雷蔵が、三郎も変な奴のくせに、なんて言いながらふふっと笑った。


「…いいけど君、また三丁も食べるのか。」
「ううん、もうなんか迷っても兵助とか名前さんが食べてくれるかなって。」


君も十分変わってるじゃないか、という言葉は飲み込んで、私は豆腐を美味しそうに口に運ぶ三人を眺めようと頬杖をついた。



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