あいえんきえん、 | ナノ


  笹目古書店



「うううううん、ううん、やっぱりこっちが、いや、やっぱりこっち?いやこれもあるし…」


先ほどからずっと悩んでいる不破さん。いや、悩ませてしまったのは私なのだが。だってここまで悩むとは思っていなかったのである。




事の始まりは私がお使いの帰りに見かけた古書店に入ったことであった。

本か、最近読んでないなあ、と思い立ち寄ったその店内にはこぢんまりとした見た目とは裏腹に私が読めそうな物からとっても難しそうな物までびっしりと詰まっている、年季の入ったお店であった。私が店の入り口で、その本の多さに目を瞬かせていたところ、お店の店主さんがいらっしゃいと一言だけ告げたので、私はそれにぺこりと頭を下げたが、彼は私を横目で見た後、すぐに自分の読んでいた書物に目を向けてしまった。いくつぐらいだろう。二十五、いやもう少し若いかな、と言ったあたりの、顔の整った男の人だ。
しかし当の古書店の雰囲気は決して悪い物ではなく、むしろその店主さんの対応も好きなだけ自由に見ていけばいいよ、という感じがし、そんな雰囲気が私をゆったり探してみようという気持ちにさせて、私は店内に足を踏み入れた。


しばらく、私はその不思議な古書店にて、どんなものが良いだろう、物語かな、いやこっちにはたくさん詩が載っている、といったように様々な書物を手に取っていた。中には日常で目にしない字や、文章があったりして、自分で読めそうなものを探すのが意外と難しい。文字は生活に支障がないくらいしか知らず、他には簡単な書物や詩の本しか読まない私にはパッと見でその本がどんな物であるか分からず、本棚の前で悪戦苦闘していた。
そんな私が、伊助くんは忍術学園で毎日勉強を頑張っているであろうからそのうちたくさん難しい文字や文章を読めるようになるんだろうな、いやもうなっているかも、なんて一人でちょっぴりさみしい気持ちになっていたとき、入り口に人影が差した。


逆光で少し見えにくかったが、私は彼を見てすぐその名前を口にする。


「あっ、不破さん!」
「あれ、名前さん。奇遇ですね。」


そう言ってふわりと笑う彼、不破さんは今日もふわふわだった。よく彼と一緒にいる鉢屋さんは今日はいないようだ。


「名前さんはよく来られるんですか?」


不破さんが私に近づいて声を潜めながら質問をする。別に特に規則はないが、店主さんが熱心に読みふけっているからであろう。私もそれに倣って小さな声でたまたま目に付いて入ったので初めてだと彼に告げた。

聞けば不破さんはこの古書店さんの常連さんらしい。それを聞いた私は折角だしどの本がいいか不破さんに尋ねたのだった。


そこで冒頭に至る。


うっかりしていた。不破さんは優しい方なので親身になって考えてくれているが、どうも考えすぎてしまって既に私の声が聞こえていない。


隣から不破さんを見るが彼は未だ悩み続けたままである。
ふと、彼の持っている重そうな風呂敷が目に入る。何を持っているのだろう。気になって彼の腕をとんとん、と叩いて質問をした。


「ああ、そうだ。僕、これを笹目さんに渡しに来たんだった。」
「ささめさん?」
「はい。ほら、あそこでずっと本読んでる店主さん。」


そう言って彼が店主さんを指差す。
すると、静かだった店主さんが、こちらに目を向けながら口を開いた。


「雷蔵くん、いらっしゃい。君、ここに来た目的を忘れてもらっちゃあ、困るよ。」
「はは…すみません。笹目さん。これ、今月のです。」
「お知り合い、なんですか?」
「はい、数年前からの。」
「笹目だ。よろしく。」


色気のある気だるげな声で、笹目さんが自己紹介をした。私も苗字名前です、と返す。
その後二人が少し話しているのを聞くに、どうやら彼らは定期的に不破さんが持ってきた本と、このお店の本とを交換しているそうで、今日は丁度その交換の日であるらしい。

彼が古書店さんと知り合いであることに驚いた私は不破さんがどんな本を渡しに来たのだろうと思い彼の持っていた風呂敷を覗いてみると、そこには難しそうな本がたくさん入っていて、更に吃驚した。
難しそうな本ばかりですね、と私がため息交じりに呟くと不破さんは苦笑いで、全部僕の本って訳ではありませんから、と言った。


「あっ!」
「?」
「そうだ、名前さん。この中から僕のおすすめ、選びますね。あ、もちろん僕はもういらないので、差し上げますから。」


突然の彼の提案に、え?と私が言う前に彼は風呂敷の中身をどさっと帳場に置き、これと、これと、と呟いている。
目の前に本の山ができた笹目さんは彼の行動に眉間にしわを寄せた。


「雷蔵くん、君ってやつは…本当に突拍子のないことをするなあ。」


困ったように、それでも慣れた様子で笹目さんは呟いた。不破さんには聞こえていないようだけど。


「それにしてもなぜ不破さんと本を交換するのですか?」
「そりゃ、相手がいらなくなった本を俺が貰って売ったっていいだろう。うちの店の売り物を交換に使うったって俺の勝手だ。」
「へえ。でもお店ならまだしも、不破さんのお家は本がいっぱいあるんですねえ。」


確かに彼は読書が趣味だと聞いたことがあるが、交換にまで出しているなんてよっぽどだ。このお店みたいに本でぎゅうぎゅうな家に住んでいたりして、なんて思っていると、笹目さんの目が私に向けられていることに気づいた。意外、といったような顔をして。


「なんだ。君は知らないのか。随分と仲がいいと思ったんだが。」
「え?」
「そりゃあ「笹目さん。」おう、決めたか。雷蔵くん。」


笹目さんの声を遮ると同時にトン、と私と笹目さんの間に一冊の本。遮った本人である不破さんはそのままはい、決まりました、と答えたがその顔は私が今までに見たことのない顔であった。ちょっと困ったような、少しばつが悪いような。いつも柔らかくて安心する雰囲気の彼のそんな表情を見て私は小さな新鮮さを感じた。


「私でも、読めますか?」
「もちろん、難しい本ばかりではないですよ。」


そう不破さんが笑う。だけど、なんだか私は大事なことを忘れている気がした。
何だっけと思っているうちに私の目に飛び込んできたのは見事に二分されている二つの本の山。あ。


「あの、不破さん私が頂くのって…」
「あ、こっちの方です!」


そうだった。不破さん一人で選択を任せると、最終的に豪快な結論に至るんだった。私は彼に指差されたその本の山見て呆然とする。持って帰れるかな。


「うん。まあ、雷蔵くんだからこうなるとは思ったがね。雷蔵くん。君は彼女にこれだけの本を持って帰らせるつもりかい?」
「あっ、そうですね…!!すみません名前さん。僕、一緒に帰ります!荷物持って!」
「いやいや、大丈夫ですよ!私、ちゃんと力ありますから!」


毎日意外と体力勝負な豆腐作りのお手伝いをしているのだ。きっと持てる。そう主張したが、不破さんと笹目さんのお言葉もあって結局二人で帰ることになった。なんだか申し訳ない。





「また来るといいよ。雷蔵くん、名前ちゃんも。」


笹目さんがそっけなく、それでいて優しさが伝わるような声で言う。
そして、

「少年少女。若いっていいもんだ。どうなるかね。」

と、綺麗な顔で微かに何か含んだように、薄く笑った。

笑みを向けられた私たちは疑問符を出す。だが彼はそのまま軽く手を振っただけで、終ぞ私たちにその笑みの意味は分からなかった。

最後にありがとうございました、と言って私たちは古書店を後にした。
外は既に空が赤く染まっている途中。そんなに時間が経っていたのか。はやいなあ、と私が空気交じりの小さな声で言うと、聞こえていたらしい不破さんがそうですね、と言って笑った。

「今日は楽しかったです。名前さん。」
「いえ、私も不破さんにこんなに本を選んで頂いて嬉しかったです。本当にありがとうございました。」
「名前さん。今度ぜひ本の感想、聞かせてくださいね。僕も大好きな本なんです。」
「これ全部?」


私がちょっといじわるに言ってみたら、不破さんもクスリと笑って、そう、全部。と返した。


「そっかあ、全部かあ。じゃあ私も全部、大切に読みますね。」
「ふふ、嬉しいです。」


きっと、私も全部好きになる。


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