あいえんきえん、 | ナノ


  再会


今日も今日とてお豆腐を切ったり渡したり、お勘定をしたり、お客さんとの世間話をしたりと働いていると、小さな影が店に入り込んだ。


「いらっしゃいませー」
「こんにちは!名前さん!」


よく見るとそれは久々にみる形で、思わず顔がほころぶ。


「あ、きり丸くん!久しぶり。」
「久しぶりっす!」


きり丸くんとは私がお使いに行ったところで彼がたまたま日雇いのアルバイトをしていたことから知り合ったお友達である。きり丸くんは小さいのに色々なところで働いていて、私とは接客業や最近の売れる商売のやり方を話し合ったりする仲だ。それについて話してくれるのはほとんどがきり丸くんであるが。

なぜ彼がそんなに働いているのかというと、聞いたところ彼はなんと伊助くんもいる忍術学園に通っているらしい。彼は戦で家族を亡くしてしまって今は忍術学園の先生である土井先生宅に居候しているようで、授業費のためにバイトをたくさんやりながら健気に生きる彼のことを考えると、涙なしには語れない話である。
そう考えおもわず涙腺にぐっときた私は目頭を押さえながら彼に質問をする。


「そういえば、今日は土井先生はいらっしゃらないの?」


土井先生はたまにきり丸くんと一緒にここに来るのだが、その姿が見当たらない。今日は一人で来たのだろうか。


「ああ、でも今日は、」
「おい、きり丸。まったく、いきなり走り出すんだから。」


きり丸くんが言いかけたところでバッと一人の男の人が入ってきた。


スマートな体型にサラ、とした茶色の髪の毛。いかにもしっかりしてそうな整った顔立ち。

入ってきたのはイケメンだった。


「あ、利吉さん!へへ、すみません。名前さん、この人が今日一緒に来てくれた利吉さん!」
「山田利吉です。どうも。」
「え、あ、はい。名前です。」


利吉さんにスッと手を出され少し戸惑いながらも軽く握り返す。大きくて少しごつごつした男の人の手だった。お仕事は何をなされているんだろう。


と、思ったとき、どこか既視感。私は彼を知っているような気がした。


山田、さん。やまだりきち、どっかで、聞いた大事な名前だったような…。



(あんたをおぶってきてくれた人?ああ、山田利吉さんっていうそうよ。なに、また会いたい?ここらへんの人だったらまた会えるんじゃない?まあここらじゃ見ない顔だったけど。)

ふと母さんの言葉を思い出した。
あ、そういえば昔、確か私は転んで、


「あ、ああああああ!」

「?どうしたの名前さん。いきなり大声なんか出して。」
「お、思い出した…!」


そうだ、あの、お恥ずかしながらであるが私の初恋の相手。しかもたった一度しか会ったことのないとってもかっこいいあの人。
その人の名前は、山田利吉さん、だった。


今更だけど母さん、それじゃ会えないって言ってるようなもんです。



それは置いておくとして、やっぱり利吉さんは私のことを忘れているだろうか。多分忘れていると思うが…むしろ忘れていてほしいくらいだが、それはそれでちょっと悲しい。私にとって大事な思い出だったから。



「あの、利吉さん。」
「なんでしょう?」
「わ、私のこと覚えていらっしゃいますでしょうか…?」



憶えてるわけない憶えてるわけない。

そう思ったが、彼は手を顎に当てながら店を見渡した。

あ、やっぱ憶えてないかあ、と思って残念な気持ちとちょっとほっとした気持ちを持ったその時。


彼がふむ、と言って、そして、ああ、そうだ、と続けた。


え、ああそうだって、ちょっと待って、まさか、そんな、



「なるほど、思い出したよ。久しぶり、名前ちゃん。」

「えっ、」

「すまない、忘れてたよ。でも、うん。そうだね、無意識だったとはいえ、私は約束を果たせたわけだ。良かった。」

「あ、あああああの、まさか、私のこと…!」

「そりゃあね、いや本当に久しぶりだ。」



輝く素敵なお兄さんスマイル。

利吉さんが、思い出してしまった。はっきり言って墓穴を掘った。いや思い出してもらって嬉しいんだけれど、やっぱりお世話になったことは恥ずかしいというかなんというか…


思わず軽く俯いた私の視界には、きり丸くんが「え、利吉さんと名前さんって知り合いだったんすか?」と驚いている光景が映る。

だが今思えば私はそんなことを考えるよりもさっさと彼らに注文を聞いて商売をすれば良かったのだ。


「その、利吉さん、あの時は私、本当にお世話になりまして…」
「なに、そんなことはないさ。それよりもまた会えるなんて私としてもうれしいよ。」
「ひえっそそんな私もうれしいです!あああ、ああのそのだって私、!」


嬉しい言葉に動転しながら私は無理矢理頭に浮かんだことを口に出した。それがいけなかった。本当に駄目だった。私はいい加減落ち着きというものを持った方がいい。そんなことをいまさら思ってもしょうがないが、私はそのあとにとんでもないことを口にしたのだ。


「り、利吉さんのこと初恋でしたし!」



一瞬空気が固まる。
時が止まったかと思った。


目の前には吃驚した顔の利吉さんときり丸くん。



それを見て瞬時思った。



あ、私終わった。







***




「あっはははははっ!はははは!はっ、げほっごほっ、ひっひひ、げほっ、ふっくくく…!!」

「ち、ちーちゃん…やめてよそんなに笑わないでよ、私だって本当に穴に埋まりたいぐらい恥ずかしいんだから…」


目の前で大声で笑っているちーちゃん。
周りのなんだなんだという視線が痛いこの場は甘味屋である。


「で、で?そっそれでどうなったのっ?ふっく、くくっ、」
「どうもこうも大変だったよ。必死に昔の話です、って弁解したけど、パニックになって自分が何言ってるか分かんなかったし。」
「あっはは!で、相手はなんて言ってたのよ?もう一人の子供も。」
「利吉さんは吃驚してたけど笑顔で流してくれたよ。きり丸くんも流してくれたけど…なんかニヤニヤしてた。」
「名前あんたほんと最高ね!!ふふ、イケメンに口滑らして告白して、しかも仲の良い子供に、聞かれて、気を使われて、くっ、ははははっ!」
「や、やめてよう、もう、私だって…うああああああ死にたいいいいい…」
「まあまあ、大丈夫だって!相手だって笑い話にしてしてくれたんでしょう?くっ、」
「じゃあ笑わないでよ…」


そしてまた笑い出すちーちゃん。散々だ、もう二人に顔合わせができない。



外を見ると強い強い日差しが地面を照り付けていた。道行く人々はみんなうんざりするような顔で空を見上げている。

それにしても今日は本当に暑い。


笑いながら残りのあんみつを口に入れるちーちゃんを横目に見ながら、私は本格的な夏が幕を上げたな、と感じるのであった。



prev / next

[TOP]

人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -