あいえんきえん、 | ナノ


  むかしのはなし


わっ、と。


ある日私は足を挫いた。まだ私が十かそこらの時であったと思う。

その日は夏祭りで、両親とはぐれて迷子になった私は一人で歩いていた。

迷子といっても、自分が生活している街で、しかもよくお使いに出かけていた私は今自分がどこにいるのか分かっていたので、はぐれてしまったのなら家に一度帰れば良いだろう、と思い記憶を頼りに家に向けて急いでいた。
なぜ急いでいたのかというとさみしくて一刻も早く両親に会いたかった、というわけではなくまだ十分に屋台を堪能していなかったので、一刻も早く両親に会い祭りが終わってしまう前にもう一度街へ繰り出したかったからであった。
もっと言えば林檎飴が食べたかった。今でも覚えているとは私は結構食い意地が張っている。


しかし急ぎすぎたようで、人ごみに私は転んだ。
やっちゃったと思いながら上半身を起こすと右足に違和感。立ち上がろうと思ってたら痛くて立てなかった。
まだ祭りを堪能していなかった私はこの事態に非常に焦った。自分の家にはまだ少し距離があったしこのまま歩けなくてはもう一度祭りに赴くばかりかもう一生家に帰れないのではないかとまで思った。幼い子供の思考回路なんてそんなもんである。とりあえずどんどん悪い方に物事を考え、妄想に妄想が加わりこれはもう私はダメなんじゃないかと思った矢先であった。


「大丈夫かい?」


やさしい、柔らかな男の人の声が聞こえた。
私はびっくりしてバッと勢いよく顔を上げた。勢いが良すぎて、零れそうだった私の目に溜まった涙が頬を伝った。

目の前には中腰になったお兄さん。しかも顔が整っている。
私から涙が零れたのをみた彼はしゃがんで私との目を合わせて、どうしたの?、と訊いた。

私は子供ながらに見ず知らずの人に、しかもとってもかっこいいお兄さんに泣いてるところを見られたとは…!恥ずかしい!と思い急いで目を擦って彼に、「足をひねりました。」とだけ言った。


それを聞いた彼は優しく微笑んで、そうか、大変だったね。君の家はどこかわかるかい?と訊いてきた。
分かります、と答えると彼は私に背を向けて、じゃあ送って行ってあげようと言った。どうやらおんぶをしてくれるみたいだ。

いくら子供といえどもう十歳、それに母から常に、人様に迷惑をかけるんじゃないよ。接客業の基本だ。と言われていた私はここで頼るわけにはいかない、と断った。…のだが、どういう訳だか記憶によるとその後しっかり彼におんぶをされている。
よく覚えていないが多分うまくはめられたのだろう。






とにかく、彼は優しい人であった。家の場所をおぶられたまま伝えていくと、その途中に林檎飴の屋台があったのだが、それに私が目を輝かせていると気づいた彼が林檎飴を買ってくれたのである。
これには私もすごく遠慮したのだが、彼は私も買いたかったんだ、と自分の分と私の分で2つ買った。

今思えば子供なりに遠慮していた私に負い目を感じさせないために2つ買ってくれたのだと容易に分かるが、幼い私はそのまま彼の笑顔に流されてしまった。なにより林檎飴が食べれることが嬉しくてはしゃいでしまったのだからこれはもう仕方がない。私は彼のお言葉に随分と甘えたことになる。



林檎飴をぺろぺろと舐めながら私と彼は色々としゃべった。私のこと、彼のこと。人ごみのなか、どちらもけして大きすぎる声ではなかったが、私たちがいる部分だけが切り取られているみたいに、お互いの声ははっきりと聞こえた。提灯や屋台の中からの灯りで、普段の街とは全く違った赤色の世界に私たちはいた。彼の足は進んでいるのに、周りの景色はどこまでもおんなじで、私たちはずっと進んでいるのに目的地はどこまでも離れて行ってしまうのかと思えた。

それでもやっぱり私、もとい彼は確かに進んでいて、やがて私の家が見えてくる。祭りという不思議空間の中、とても長く、それでいて短かった彼との時間。
すでに家にいた両親と少しの会話をして、私は両親ともう一度お礼を言って、彼にさようなら、といった。


「またあえますか?」


笑顔でさようなら、と返してくれた彼にさみしさを感じた私は彼にそういった。

彼が驚いたように目を丸くした。


さみしかったのだ。
彼とのちょっとだけの特別な時間。私は彼にもう一度会いたかった。



「ああ、また会おう。」


そういった後、彼は最後に私の名前を呼んで笑った。





私が、その人が自分にとっての初恋であるということに気づくのはそれから少し日にちがたってからであった。





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