あいえんきえん、 | ナノ


  簪を、


久々知さんと一緒に簪を買いに行くことになってから2日後、つまり当日。
私は緊張していた。

久々知さんと別れた後気づいたのだが、これは彼女さんにとっては失礼に当たらないのだろうか。いくら私とはいえ、他の女と一緒に買い物をしていたら気を良くすることはないだろう。

(いやいや!大丈夫だ!そんなことよりちゃんと良い簪を選ばなきゃ!!)

そう思いながら顔を洗って水でぬれた頬をパチンと叩いて気合を入れる。

軽く紅をさして、まだ比較的新しい小袖を着る。うん、大丈夫だよね。変じゃないよね。失礼な恰好じゃないよね。
最後にもう一度鏡を見て、母に行ってきます、と伝え待ち合わせ場所に足を向けた。

行く前に母さんに「なに、逢い引き?」と言われたが、全力で否定しておいた。そんなにいつもと違う行動だったろうか。






待ち合わせ場所に行くとそこにはもう久々知さんがいた。うわ、待たせてしまったかな。急いで駆け寄る。


「名前さん。」
「すみません、待たせてしまいましたか?」
「いえ、今来たところです。」


なんだか恋人のような会話をしてしまったと少し戸惑う。久々知さんの顔をみても彼はどうも無自覚だったようで気づいておらず笑顔のままだ。これは彼は中々の天然だぞ、と思った。


「今日は宜しくお願いします。」
「あっはい!私こそ。宜しくお願いします。」


律儀に挨拶をしてくれた彼に私も頭を下げ、その後とりあえず有名な簪店に行くことになった。


歩きながら質問をする。


「えっと、どんな物が良いでしょうか?」
「えっ、うーん…」
「あっじゃあ、送る方の雰囲気とか、似合う色とか、」
「…その、黒髪で、うーん」
「久々知さんみたいに真っ黒ですか?」
「はい、まあ、俺と似ているんで、その、そんな感じでお願いします。」
「はあ。」


久々知さんと似ている…。類は友を呼ぶ、というがそんな感じなのだろうか。それともお姉さんや妹さんがいてその方にあげるのかな。
そう考えていたら目当ての簪屋さんについた。
二人で話しながら目についたものから選んでいく。あーでもないこーでもない、と二人で言い合う。


「うーん、久々知さんだったら赤が似合うと思いますけど…」
「そうですか?赤…これとか。」
「いや、もう少し鮮やかなものでも良いと思いますよ。綺麗な黒に映えますし。…でも、それもかわいいなあ。」


そう言いながら久々知さんが手渡してくれた簪を自分の頭に当てて、鏡を覗き込んだ。中々私好みの色だなあ。でも前一つ買ったし、買わなくてもいいだろう。お値段も私がいつも買うものよりも少しばかり高い。買えないこともないが流石にそんなに無駄遣いはできないや、そう思い私は簪を元あった場所に戻した。


「あ、久々知さんその簪いいんじゃないですか?」
「え、これですか?」


彼の左手側にあった簪を指さす。鮮やかな紅色。彼のような黒髪に合いそうだ。全体的にシンプルで、美人さんだったらとっても似合うと思う。


「はい。あ、イメージに合いません?」
「いや…うん。これにします。」
「えっ。」


そんなにさっぱり決められるとは思わなかった。いいのかな、私の一言で決めることになるとは。彼女さんにちゃんと似合うかな。


「やけにあっさり決めてしまわれますね。」
「はい、悩みすぎたら雷蔵みたいになってしまいますし。」
「ああ、不破さんの迷い癖は結構すごいですよね。」


同時にすごく男らしくもなるけれど。うーんと悩んだ後に豪快に結論を決めてしまう彼を思い出し笑みがこぼれた。

久々知さんは会計をしてきます、といい店の奥に行ったので、私は店先のすごく派手な簪とか、かなりお値段の張る見せ物用の簪を見る。どれも手が届かないものばかりだ、と感動していたらお会計を済ませた久々知さんが来た。プレゼント用の、小さな可愛らしい包みを手にしている。


「名前さん。本当に有難う御座いました。」
「いえいえ、お役に立てましたか?」
「はい。それはもう。流行など教えていただけましたし。」


正直言うと私もそんなに流行に詳しいわけではないので、話したのは私でも知っているような超有名なものだ。ついでに昨日ちーちゃんにも少し助言をしてもらった。最近の簪はやっぱりこんなのがいいかなあ、とだけ。




***




送る、と彼は言ってくれたが、まだ明るいし家がそこまで離れているわけでもないので丁重にお断りさせていただいた。しかし好青年な彼は「では途中まで」と言ってくれたので途中まで二人で帰ることになった。


「では、俺はこっちなので。」
「はい、ありがとうございました。」
「…そうだ、名前さん、これを。」
「?」


久々知さんの方を見るとかわいい包みを私に差し出している。え、それ彼女さんにあげるものではなかったのか?


「あ、いや、さっき買ったのはこっちにありますよ。」


私のどういうことだ?という視線に気づいた彼がそういって懐から普通の包みを取り出す。普通の。


「わ、私がこっちの包みですか?」
「?はい。プレゼント用ですし。名前さんへの。」
「いやいやいや!でも!そんな受け取れませんよ!」
「でも、お礼です。」
「そ、そんなことしたら彼女さんが!!」


嫉妬してしまうという以前に明らかに優先順位がおかしいではないか!
そこまで言ってハッとする。彼女さんは私の中の想像に過ぎないが、でも久々知さんはそのことを隠している雰囲気だったのだ。まずい。いけないところをついてしまったか。
そう思って恐る恐る彼の方を向くと呆けた顔をしていた。


「え?」
「え?」
「あの、彼女さん、って…?」
「へ?それ、久々知さんの彼女さんに差し上げるものではないのですか?」


そういうと久々知さんはぱっちりした目をさらに大きくした。


「あの、確認しておきますと、自分には彼女も慕っている人もいないのですが…」
「え、えええええっ!」


どうやら私はとんだ誤解をしていたようだ。


「でっでも、じゃあその簪はどなたに…?」
「うっ、」
「お姉さんや妹さんにでも?」
「は、はい!そうです。姉に…」
「そ、そうだったんですか…」


あれだけ意気込んでいたのだから、その分すごく恥ずかしくなる。うわあ、私空想の彼女さんのこととか考えて行動してたのか。恥ずかしい。
赤くなっているであろう顔を隠すために軽く片手で顔を覆った。


「あ、で、これ、名前さんに…」
「えっいやそれでも受け取れませんって!流石に!」
「でも、いつも本当におまけしていただいているので!」
「そっそれは久々知さんがいつも沢山買って下さるから…!」


流石にいきなり簪をいただくのは気が引ける。しかも久々知さんに。こんなこと言うのもアレだが、サービスはお客さんへの対応で、これからもご贔屓にという店の戦法でもあるのだ。そこにお礼なんかしていただいたら、それはこちら側が心苦しい。いつもおまけしてくれてありがとう、これ今日の煮物作りすぎちゃったから、というご近所同士の触れ合いとは違うのである。

私がどうしても引かなかったからか、久々知さんはため息をつきながら提案をした。


「分かりました。では、今度また何か頼みごとがあったら助けてもらってもいいですか?」
「は、はいっ!それはもうもちろん!」
「あと、これからもぜひ俺と友人含め仲良くしていただいてもよろしいですか?」
「ええ、それはぜひ!私からも仲良くさせてください!」
「有難う御座います。ではお礼にこれを。」
「え、」


流れがおかしくなかっただろうか。あれ、なんでいきなり?
すると彼が少し困ったように、


「正直、一つで十分でしたし、そもそも名前さん用に買ったものですので受け取って下さらないと困ります。」


と言った。


…卑怯だ。
そんな困ったように言われたら断れるわけないじゃないか。
私はおずおずとそのかわいらしい包みを受け取った。


「あ、これ…」


中には、さっき私が気になっていた簪が入っていた。透き通るような、少し淡い赤。


「はい、気になっていたようでしたから。名前さんに似合うと思います。」


笑顔で、それもときめかない人はいないのではないだろうかという程の超美形好青年スマイルで、そんなことを言われて、私は顔を赤くするしかなかった。美形の行動に完敗である。
久々知さんの天然スキルマジ半端ない。




***




挨拶をして彼と別れる。その背中に、少しさびしくなったのか、簪のお礼か、仲良しましょう、と言ってくれた嬉しさからか、私は少し離れた彼の背中に少し大きめの声で呼びかけた。


「あ、あの!今度!ぜひ!お豆腐屋さん巡りしましょう!」


彼が喜びそうなこと。考えてパッと出てきたのがこれだった。周りからみたら、こいつ何言ってんだという感じだが、それでも、何か言いたかったのだ。またなにか一緒にお出かけしましょうと、不破さんや鉢屋さんもぜひ一緒に、なんて、私はわがままだ。友達、と言ってくれて、これからも仲良くしてください、と言われて。そしてそう言ってくれた人たちにこっちから頼みごとをしてしまうなんて。
でも、彼らと何か行動ができたら、それはとても楽しいものになるんだと思った。根拠のない確信。それでも確かな確信。

振り返った彼は少し驚いたような顔をしていて、でもすぐに笑顔になって


「はい!ぜひ行きましょう!三郎たち引きずってでも!!」


と言った。

その笑顔を見れたのが嬉しくて私も笑顔になる。

2度目の別れを告げて、私は家路についた。
あの後、また彼の背中を見送ってもさっきのようなさみしさは感じなかった。また、また会える、と。本当に3人でくるのかな、私なんかと一緒でいいのだろうか。いや、私が選ばれたのだ彼らのお友達に。

人生最大級の自惚れをしてみて、それでもそれが嘘じゃないんだと思ってまた顔が緩む。ああ、楽しみだ。


彼がくれた簪を、やさしく、そして私の嬉しさを表すようにぎゅ、と握った。








この時代簪使わなかったそうですね…
すみません。みんな使ってるお洒落商品ってことにしておいてください。
簪好きです。

ちなみに兵助は女装用に簪を買いました。三郎に聞いたら「自分で考えろ」っていわれた。



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