簪と、
今日は久々知さんがお店にいらっしゃった。
ここ最近、彼は結構な頻度で来てくれている。いつもなら祝日はまだしも休日に必ず来ることはなかったのだが、最近はなぜか休日にも必ず来るようになったのだ。
「はい、おつりです。」
「有難う御座います。…あ、あの、」
「?はい、なんでしょう?」
「………い、いや、やっぱり何でもないです。」
「?」
頻繁に来るようになってから久々知さんは毎回何かを言いかけて、それでいて結局何も言わない。
初めのうちは特に気にも留めていなかったが、こんなに毎回必ずそれもお勘定が終わって帰る寸前に言い止まられたらこちらとしても困る。すごく気になる。
丁度今はお客さんが一段落したところだったから、折角なので今日は訊いてみることにした。
「あ、あの、久々知さん。私に何か、御用とか有りますでしょうか…?」
恐る恐る聞いてみる。
ここまで何度も言いかけたんだ。何か重要なことなのだろう。案の定彼は「えっ」と言って目を見開いた。
「最近私に何か言いたそうにしてらっしゃいますよね?あの、相談でしたら私でよければお聞きしますよ。」
「いや、別に、……いや、やっぱり言います。すみません。毎回中途半端に言い止めてしまって、失礼でしたよね。」
「えっいやいやいや!そんなことないです!ただ、少しばかり気になるなあ、と。」
久々知さんがあまりにも申し訳なさそうに言うものだから私は焦った。
少し俯いていた彼がバッと顔をあげる。勢いがよかったので私はその動作にちょっとビクッとした。
「あ、あの!」
「はい!何でしょう!?」
大きめの声で言うから私も緊張して大きめの声になる。
だが、その次に彼から発せられた言葉に私は言葉を失うほど吃驚することになる。
「今度、その、一緒に街に行きませんか!?」
***
「と、いうわけでして。」
「なるほど…。」
先ほどの後、話をしたところ、どうやら彼は簪を買いたいらしい。しかし流行に疎い彼は何が良いのか分からず私にお勧めを教えてほしいとのこと。
「そうですか。簪…。」
「すみません、何分知識がなくて。」
「いえいえ、男の方ですし当り前ですよ。」
二人の都合の良い日を合わせ、日時を決める。あまり先送りにできない、ということなので私たちは2日後に買いに行くことになった。
それより、簪、ということは誰かにプレゼントするのだろうか。久々知さんはそりゃ美形だし彼女さんくらいいるだろう。
少し気になった私は彼に質問してみることにした。
「あの、久々知さん。簪って…」
「え!いやいや!別にそんな!俺は使いませんよ!」
「へ?いや、どなたかにプレゼントするのかなー、と思いまして…」
「あ、ああ。そうですかそうですよね。うーん、プレゼント、みたいなものです。」
「みたいなもの、というと?」
「いや、そう捉えておいてください。」
煮え切らない返事。これはやっぱり彼女さんなのではないだろうか。
そう考えていたらわくわくした。これでも私は年頃の女子だ。恋バナには興味がないと言ったら嘘になる。というか興味がある。久々知さんの彼女さん、きっと素敵な方なんだろうなあ。
そこまで考えてハッとした。そんな美形な彼に釣り合う彼女に見合う簪を私が決める、いや最終的に決めるのは久々知さんだが、私が助言することには変わりない。
これはやばい、責任重大である。
「名前さん?」
「く、久々知さん!私、精一杯頑張ります!」
「?いやそんなに意気込まれなくても、」
「いえ!頑張ります!頑張らせてください!」
それでも、こんな私に頼んでくれたということは私は彼に選ばれたということだ!彼女さんをがっかりさせないよう頑張らねば!
「?、??」
むんっ、と突然気合を入れ始めた私に彼は終始疑問符を浮かべていた。
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