あいえんきえん、 | ナノ


  また恩人




「はい!安いよ安いよ!!買った買った!!」
「う、うーーーーーーん…わっ、痛ッちょっ…!」



今日は月に一度の超安売り市場の日である。
この町で行われるこの市場は普通の市とはちょっと違っている。旬の新鮮な魚やら野菜はもちろん、遠い地方の菓子や南蛮の菓子なるものまでもが特別価格で手に入るという珍しい市場なのだ。


その市場通りの真ん中辺り、南蛮の菓子の売り場に私は立っている。いやというかもう足がついてないような気がしてきた。






半年ほど前から始まったこの特別な市場。これは、聞いたところによるとこの町でしか行っていないらしく、珍しい物目当てに結構遠くから来る人もたくさんいる。

つまり、珍しい物の競走率が超高いのだ。
特に滅多に手に入らない南蛮菓子がお手ごろな価格とあらば、そりゃもう、近くの人、遠くから来た人、前回買えずに今度こそ、と再度リベンジに来る人でごった返している。ごったごったの返し返しである。恐ろしい。


毎度この南蛮菓子を手に入れようと踏ん張っている私だが、どうも南蛮菓子を手にしたことは一度もない。毎回人に負けるのである。


「わ、あああちょ、わっ」
「うわああああ」
「っま、あ、それほし、うわああ」


わあわあ言いながら奮闘するも先程から人に押されに押され、もうバランスがとれていない。しかしここまで人がいると、力を入れなくても倒れることはないのだ。人ごみってすごい。




(あ、熱い…!)

もうちょっと人を押しのける位に掻き分けた方がいいのだろうか、と無理やり入り込んでみたが季節は夏。冬でも熱気が立ち込めるほどの人の山だというのにこの季節では大分きつくなってくるものがある。



それでも頑張って人に立ち向かった努力もむなしく、結局私は人ごみの一番後ろにほっぽりだされた。



(こ、今月も駄目だった…)



一番後ろで尻餅をついたままがっかりしていると、ふと近くで聞き覚えのある声がした。



「あれ?名前?」
「あ、」


人懐っこそうな丸い目に特徴的な髪の毛。


いつかの私の恩人、勘右衛門くんだ。






******






「ちょい久々だね。なに、名前も南蛮の菓子目当て?」
「あ、うん。でも全然買えなくて…」
「で、こんなとこにほうりだされちゃった、と。」
「お、お恥ずかしながら。」


まあ、これだけの人の量だから仕方ないよねえ、と彼が笑う。少し久々であったが、勘右衛門くんはいつものように笑顔で、話しにくさを感じなかった。


聞いたところ、どうやら彼もここのお菓子目当てだという。なんでも頼まれたとか。


「頼まれた?」
「うん。まあ、おつかいだよ。」


おつかい、というとやはり彼も家族に頼まれて来たのだろうか。珍しいものがあるからってよくこんな人ごみだらけの場所にくるなあ、と自分のことを棚に上げて思った。まあ私も南蛮のお菓子は食べたいし。


「へえ。あ、でも勘右衛門くん入れるの?この中…」
「まーかせときなさい。」


そう胸を張って勘右衛門くんは「ついでに名前の分も買ってきてあげる。」と言った。


「え?」


随分と急な展開のおかげで、一秒送れて彼の言葉を理解した私は慌てて、そこまでしてもらうわけには、っていうか今からでは無理なのでは、と言うが時すでに遅し。勘右衛門くんは既に人ごみに入り込んでいた。早っ!え、嘘すごい。一瞬でいなくなっちゃうなんて。



私が唖然としていると数分後、すぐ勘右衛門くんは帰ってきた。その手に商品を持って。


「はい、こっち名前の分ね。」
「え、あ、ありがとうございます…?」
「あはは、なんでそんな疑問系なの?」
「いやあまりに勘右衛門くんの動きが素早くて…」
「わ、褒められちゃった。」


驚いている私をよそに勘右衛門くんはからからと笑っているだけであった。どういう動きをしたらあんな人ごみの中から商品を取りに行けるのか。


「他に何か目当てのものとかある?」


彼にペコペコとお礼をしてから、一緒に話しながら二人でこの混んだ通りから出ようとする。私が彼の質問に、「ううん、特に無いよ。」と答えた時だった。


ドンッ

「あうっ」


油断していた。
市場の中心部分ではないにせよ人が大量にいることには変わりない。誰かに押された私の体は前方に倒れた。

前方にいるのは、勘右衛門くん、だ。



やばい、私一人で倒れるならまだしもこのままだったら確実に勘右衛門くんを巻き込む。いくら男の子といったって急に後ろから私の全体重が掛かってきたらバランスを崩すだろう。そう頭の隅で思ったところで私には即体制を整えられるほどの身体能力はないし、もちろん彼にぶつからないように空中で体をずらすなんてこともできない。

ああもう私のばか、もっと日頃から運動になるようなことしとけば良かったじゃないか。

と、思いながら私が目をギュッと瞑った瞬間。


「よっ、と」


ぼふっ、と。地面ではないものが私を受け止めた。

目を開けると眼前は布地、もとい着物であった。誰のものなのかはもう消去法で彼しかいない。


顔をあげたらそこにいたのはやっぱり勘右衛門くんだった。

私が彼の胸に顔を押し付けていて、彼が私を抱え込むように受け止めている。
なんていうか、その、この体制は…抱きしめられている、という部類に入ると思う。
彼の顔が近くて、顔に熱が溜まるのを感じた。


「う、わあああ!ごめ、ごめんね!勘右衛門くん!私…あ、重かっただろうし、その、大丈夫!?」


男の人に抱きついてしまったという恥ずかしさから急いで離れる。軽くパニック状態だ。


「んーん、大丈夫。それより名前は大丈夫?足捻ったりしてない?」


私と違って焦る素振りもない勘右衛門くん。大丈夫、と彼に言葉を返すが、どうも私としては少し気まずい。というかなんで勘右衛門くんはこんなに落ち着いてるんだ。いや、そういう意味ではないとか分かっているけどでも、ハッ、私色気無いからなあ、それもそうか。だって勘右衛門くんかっこいいんだもの。


そのまま二人で市場通りから出て一息付くまで会話はあったものの私はさっきのことを思い出してそれどころではなかった。




(だって、あんなに男の人と近く…)

いやいや、思い出すな!と私は頭をぶんぶん振る。



「じゃ、俺こっちだから。」
「あっ!はい!ありがとう!商品買ってきてもらっちゃって…」
「なあにこれくらい。朝飯前ですぜー」


そういって腕まくりをしてみせる彼の腕は筋肉がちゃんとあって、より男の人なんだ、という感じがした。
さっきのことがまた頭の中によみがえる。
慌ててまた頭を振る。


「じゃあね、またお店にでも来てください。」
「うん、じゃあね。あ、それと名前。」
「?、なあに?」





「ちょっとのことで焦りすぎ!そんなんじゃすぐ誰かにたべられちゃうよ!」


じゃあね、と笑って手を振りながら彼は駆け足で去って行った。


私といえば彼の最後の言葉に呆然としたままだ。

バレバレだった。私が焦ってたのも、いっぱいいっぱいだったのも、あれぐらいで動揺してたのも。


そんな、でも、だって、全部言葉にならないまま彼の背中を見送った私はその場でうつむいて、恥ずかしさに赤くなっているであろう自分の顔を隠した。




ああ、そういえばまた助けられちゃったなあ。
やっと落ち着いてきた頭で、今更そう思った。







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