あいえんきえん、 | ナノ


  珠樹堂




「あら、善法寺さん。」
「?あれ、名前さん。」


母に頼まれおつかいに出ていたらたまたま善法寺さんに会った。
善法寺さんとは、あれから彼がたまにお店に来てくれるようになって、少し仲良くなれたと思う。年の近い友人が少ない私にとって(それでも多分善法寺さんは私より年上だ)彼と話すことができるというのはとても嬉しいことだった。善法寺さんは大人で、話し上手であり、そして聞き上手でもあったから、すごく話していて気持ちよかった。それに、なんといっても優しい人なのだ。


「奇遇ですねえ。」
「そうですね。今日はどちらへ?」
「少しおつかいに。この先の薬屋にと。」
「え、僕も丁度その薬屋さんに行こうとしていたんですよ。」


珠樹堂さんですよね?と善法寺さんが訊いたので私は頷いて肯定する。まさか善法寺さんも同じところに行くとは。すごい偶然だな。

良ければ一緒に行きませんか、と彼に誘われたので私達は二人で薬屋の珠樹堂に向かうことにした。


「いやあ、まさか名前さんも珠樹堂さんに行くとは思わなかったなあ。」
「はい。私も吃驚しました。」
「珠樹堂って腕は確かですけど変わっているから結構マイナーな人しか来ないでしょう。名前さんはよく行かれるんですか?」
「あ、はい。あそこの主人さんがうちの豆腐を気に入ってくれてまして。いつもまけてくれるんです。少し変わっていますけどいい方ですよね。薬もよく効きますし。」
「あそこのおじいさん若い女の子に弱いからなあ…。めったにこないから特に。」
「あはは、でも優しい方ですよ。」


軽くお話をしながら珠樹堂に着いた。善法寺さんが扉を開けながら「こんにちは。」と中の人に声を掛ける。
私も後に続いた。


「ああ、伊作くん。待っておったよ。中々に久々じゃないか。」
「はい。お久しぶりです。3ヶ月ぶりでしょうか。」
「そうじゃのう。…おや、名前ちゃんじゃないか。こっちは本当に店に来るのは久々じゃなあ。なに、薬かい?」
「はい、切れてしまって。ご主人がお元気そうで何よりです。」
「何が切れたのじゃ?あ、伊作くん荷物は、」
「あ、はい。こっちでいいですよね。」
「いやあ最近来なかったから困ったもんじゃったよ。この年で自分で調達に行かねばならんのだからな。」
「すみません、最近どうも忙しかったもので。」


善法寺さんが申し訳無さそうに苦笑して言いながら持ってきた風呂敷を奥の畳の間に置いた。てっきり彼も薬を買うのだと思っていたから、荷物を渡しに来たというのは意外であった。どうやら中身は薬の材料らしいが、薬には厳しいこの珠樹堂の主人にさんに頼まれていたなんて善法寺さんはご主人によほど信頼されているのだろうか。


「で、すまんな、名前ちゃん。何が欲しいんじゃ?」
「あ、えっと、切れ薬と火傷の薬をお願いします。」
「ほいほい。分かったぞ。ちょっと待っておれよ。おい、伊作くんそこの棚から切り傷の薬取ってくれんか。」
「はい。」


ご主人と善法寺さんは薬を取って渡してくれて、私が、お勘定は、と尋ねると大幅に安くしてくださった。


「いや、流石にそこまでは、」
「いやあ、名前ちゃんじゃしなあ。それに今日は伊作くんが久々に来てくれて機嫌がいいんじゃ。気にせず受け取ってくれ。」
「でも、流石にこんなには…。」
「いいんじゃいいんじゃ。伊作くんとも仲が良さげじゃしの。」
「う、ありがとうございます。…今度、お豆腐お安くしますね。」
「おっそれは嬉しいのう。」


日のあたる場所になく、なんだか不思議な空気を放っているこのお店は、人こそ来ないものの薬は本当によく効く物なのだ。それを随分安くしてもらって申し訳ないが、今回主人に推された私はそのご好意に甘えることにした。次ご主人がお豆腐買いに来たときは絶対お安く売ろう。
そう心に決めたとき善法寺さんがでは、そろそろ、と言った。


「しばらくは、また月ごとに来れると思いますので。」
「ああ、すまんの。よろしく頼む。」
「はい。」
「名前ちゃんもなんかあったらどんどん来るんじゃぞ。」
「ふふ、ありがとうございます。ぜひご主人もうちのお店にどんどん来て下さいね。」
「ほっほっ、そうするよ。」


そうして私は善法寺さんと店から出た。




「名前さんはまだこれから予定あるんですか?」
「あ、はい。染物屋に少し。」
「そうなんですか。」
「あ、あの。」
「? どうかしましたか?」
「いや、善法寺さんってご主人と親しいな、と。すごく驚きまして…。」
「ああ、色々薬について交流がありましてね。」
「そうなんですかあ。すごいですね、あの珠樹堂さんにお薬関係で親しいなんて…。善法寺さんも何か医療関係なんですか?」
「んー、と、まあそういうものですね。一応、軽く一通りは勉強していますから詳しい方だとは思いますよ。」
「へえ。じゃあ軽い怪我なんかは伊作さんに頼めちゃいますね。っあ、」
「え?あ、」


さっきご主人が伊作くん、伊作くん、と言っていたのでついうつってしまった。あちゃあ、やっちゃったな、反応に困るよなあきっと。こういうのは。


「す、すみません。うっかり…。」
「い、いえ。」
「あ、じゃあ善法寺さん私そろそろ…。」
「あっ名前さん、呼び方、名前で構いませんよ!」
「えっ、でも。」
「いや、僕も名前さん、ですし。それに、せっかくですからこの機会に。」


名前呼びなのはうちの店の名前が苗字豆腐屋だからというだけだが、そんなことにはツッコまずに、彼は名前で呼んでしまってものすごく気まずかった私にフォローを入れてくれた。うわぁ優しい。


「は、はい。えっと伊作さん、で宜しいですか…?」
「はい、名前さん。」


男の人を名前で呼んだことなんてないから少し戸惑う。それが善法寺さ、じゃなくて伊作さんみたいにイケメン代表格な人ならなおさらである。


「では、名前さん。僕はこれで。気をつけてくださいね。」
「あ、はい。・・伊作さん。また。」


笑顔で名前なんて呼ばれて、そして私も名前で返すのだから本当に照れた。
仲良くなれた、のかな。来るときも結構話せたし、善、じゃない伊作さんが行きつけの薬屋さんにいることも、医療関係に詳しいことも知れたしなあ。


少しずつ、近付いてきてるのかな。いや、もう「お友達」になっているのか?
初めは土砂降り天気のきまぐれ、ってだけだったのにあれからちょっとずつ近づいて名前呼びかあ。今日珠樹堂に来なかったら絶対なかったことだよな。
やっぱりあの薬屋さんには何か不思議なものがあるのかもしれない。


縁とは不思議なものなり、ってね。

そう感慨深くなりながら思考に幕を下ろして私は染物屋さんに向かった。




prev / next

[TOP]

人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -