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「名前ちゃん、ご飯はちゃんと食べてる?」
「食べてるよ」
「そう・・・名前ちゃんが良ければ、なんでも相談して」
「ありがと、梅雨ちゃん」
ランチで運ばれてきた料理がほとんど残っているのを、梅雨ちゃんは見ないふりをしてくれている。そういう優しさが、今はほんとにありがたかった。


勝己は出張に行くと言って、1ヶ月以上音信不通になっている。出張中に邪魔にならない程度にメッセージを送ったりしていたが、それに既読がつくこともなく。忙しいんだなあとその時は楽観的に考えていた。

2週間たっても既読が付かず、わたしの送ったメッセージばかりが溜まる”爆豪 勝己”の画面を見て、いやな妄想ばかりが頭をよぎる。怪我をしているんじゃないか、事故にでもあってしまったんじゃないか、もしかしたら、遠い土地で・・・。1人で部屋にいると、直ぐにそういうことを考えてしまう。考えれば考えるほどに悪循環になって、眠れない日々が続いた。


「バクゴーが?そりゃ心配だよな。でもあいつのことだから、最悪なことはねーよ!」
「むしろ地獄から這い上がってきそうじゃね?」
「事務所とか、色々ツテがある所に聞いてみっからよ。苗字はとりあえず休める時に休めよな」

切島くんたちに聞いてみても、出張に行くとしか聞いてないという。連絡がとれないことを気にするわたしを気遣ってか、勝己の事務所に出張のことや勝己の所在などを聞いてくれると言ってくれた。
地獄から這い上がってくる姿が想像出来て、少し笑った。


「ヒーロー名。最近顔色がすぐれないが、体調でも悪いか?」
「いえ、大丈夫です!ご心配をお掛けしてすみません」
「いいんだ。無理だけはしないようにな」
サイドキックとして働いていた事務所では、個性が使えなくなってからもわたしを事務職員としてそのまま雇ってくれていた。ヒーローには本当に頭が上がらない。わたしが仕事に没頭して過度な残業をしているのも、言って効かないとわかっても何度も声をかけてくれる。



1ヶ月たっても2ヶ月たっても、勝己のことは何も分からない。
切島くんたちも仕事の合間を縫って勝己のことを調べてくれているみたいだが、新しい情報は何も無い。
わたしと勝己の関係を知っているのは、高校の時のA組のメンバーだけだった。ヒーロー活動に差し支えると困るからと、公表しないでおこうと言ったのはわたしだ。


夜中まで仕事をして、ワンルームのアパートに帰る。玄関のドアを開けても、そこに並ぶ大きなスニーカーはない。
部屋のドアを開けても、ベッドに寄りかかってる触ると意外と柔らかな金髪もない。

コートを脱いでそのまま床に落とす。持っていたカバンもその辺に転がして枕に顔を埋めた。


勝己は、きっともう戻ってこない。そんな気がしていた。
卒業してから7年も続いていたのは、勝己がこの小さな部屋に通ってくれていたから。

「・・・バカみたい」
公表しなかったのは勝己のヒーロー活動のためじゃない。わたしごときが勝己の彼女だと後ろ指を刺されるのが嫌だったから。
勝己の家に通わなかったのはパパラッチを避けるためじゃない。もし他の誰かの形跡があったらと思うとこわかったから。

こんな醜いわたしを、勝己はきっと知っていた。
知っていて今まで一緒にいてくれた。

個性も満足に使えなくなって、自分の身すら守れないような弱い女は尚更勝己に相応しくない。自分が一番、わかっていた。

勝己のいた痕跡がそこら中に転がっているこの小さい部屋で、朝が来るまで泣きはらした。


小さな部屋で

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