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爆豪プロヒーローIF


幸せだった。
世界の全てがきらきらと輝いて見えて、それ以上望むものは何も無かった。

「名前ちゃんは爆豪くんとは最近どうなのかしら」
「特に変わりもなく過ごしてるよー」
「結婚の話とかそろそろ出とるんかな?って皆気にしとったよ!」
「勝己はそういうのあんまりこだわってなさそうだからなあ」
「2人のペースがあるものね。変わりなく過ごせてて何よりだわ」


結婚とかそういうのは、勝己は嫌そうだなと勝手に思っていた。何かに縛られたり、弱点を作る事を嫌う男だから。
高校から10年付き合っていて、もう26になる。周りの友達はそういう話題で盛り上がる時期で、既に結婚するという話も何人かから聞いていた。

高校を卒業した後は、勝己はプロヒーローの事務所に所属しサイドキックとして活躍していた。その5年後には独立し自分の事務所を作って、プロヒーローとして名をとどろかせている。

わたしはと言うと、高校を卒業後にインターンでお世話になった事務所に雇ってもらいサイドキックとしてヒーロー活動をしていた。
でも、それも2年前の話だ。2年前に数多のプロヒーローが招集された大きな事件で個性事故にあい、わたしは個性がほとんど使えなくなった。

病院で目が覚めた時、全身に包帯を巻いていた。
勝己は付き添っていてくれたようで、いつかの相澤先生みたいじゃない?と掠れた声で言うわたしに、冗談は寝て言えと眉間に2割増の皺を寄せて言った。
入院中の検査で、個性が思うように使えないとわかったとき、頭が真っ白になった。今まで当たり前にできていたことが出来なくなるのは、想像を絶するものだ。死んだ方がマシだと思ったくらいに。
「こんなんじゃ、ダメだね・・・」
「何がだ」
「こんなわたし、勝己のお荷物でしかないじゃん・・・」
「寝言は寝て言えっつっとんだろ」
勝己はわたしを壊れ物みたいに優しく抱きしめる。いつもみたいに適当にあしらってくれれば、別れだって告げることが出来たのに。こういう時に優しくする男だから、わたしはみっともなく縋ってしまって、離れるタイミングを無くしてしまう。


「・・おかえり?」
「・・・チェーンロックくれぇかけとけや」
梅雨ちゃん達とのお茶会から、わたしの住むワンルームのアパートに帰った。何となく夕飯を食べる気になれなくて、ベッドに寄りかかりテレビを見る。しばらくして玄関の鍵が開いた音がしてそっちに向かうと、仕事終わりの勝己が白い息を吐いてそこにいた。
狭い玄関に、わたしの靴たちより大きなスニーカーをきちんと揃え脱ぐ。並んでいる靴を見るのが意外と好きだ。
「仕事が予定より早く終わった」
「自分の家に帰ればいいのに」
「るせー」

勝己のコートをクローゼットにしまって、廊下にあるキッチンコーナーに行き冷蔵庫を開ける。勝己は夕飯は食べたのだろうか。
「勝己ご飯食べた?なにか作ろうか?」
「仕事終わりにクソ髪とラーメン食った」
「そっか」

わたしと勝己は同棲せず、別々に生活をしている。
高校卒業後に一緒に暮らすって話が勝己から出たけど、わたしはそれを断った。食い下がる勝己を
、わたしは勝己より要領が良くないし、それにいまはヒーロー活動に専念しようと説得した。勝己は全く納得していませんという顔をしながらも嫌々頷いてくれた。

「・・・ん」
勝己はベッドに寄りかかって、わたしが見ていたテレビを至極どーでもいいという目でみていた。
部屋に戻ってきたわたしを見て、勝己は自分の隣を目線で示す。
キッチンで作ったミルクと砂糖をたっぷり入れたコーヒーと、ブラックのコーヒーをローテブルの上に置いて勝己の隣に座る。

隣に座ったのを見て、勝己は胡座を崩してわたしをぐいぐい引っ張って膝の間に収める。
最初からここに座れって言えばいいのになあと思いながら大人しく後ろの勝己に頭を預けた。

「・・・2週間はこねえ」
「出張?」
「ん」
「お土産楽しみだなあ」
「ちったぁかわいいこと言えんのかてめーは」
独立してから、勝己はかなり忙しいようで今日は久しぶりにあっている。電話も時々。メッセージアプリも、忙しさからか既読で終わることも多い。
出張も珍しいことではなかった。いつもお土産を買ってきてくれるのを密かに楽しみにしていた。
お土産があれば、勝己はうちに来てくれると思うから。
少し上にある勝己の顔を見上げる。眉間の皺は2割増のままだ。
「お土産があれば会いに来てくれるって思ってるってこと」
「・・・わーっとるわ」
勝己の顔が近づいて、唇が触れる。
普段の言動とは裏腹に、勝己はやさしいキスをする。


横でシーツが擦れる音がして、意識が浮上する。
時計を見ると真夜中を指していた。
「かえるの?」
勝己はわたしが仕舞ったコートをを羽織って、わたしの声にベッド近づいてきた。
「明日早ぇんだよ」
私の顔にかかった髪を優しく耳にかけてくれる。
「ん、気をつけてね」
「誰に言っとんだ」
不敵に笑って、シーツにくるまってるわたしをシーツごと抱きしめた。
触れるだけのキスをしたあと、勝己は部屋を出ていった。


2週間たっても、1ヶ月たっても、勝己がこの部屋に戻ってくることはなかった。

crying for the moon

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