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「あ、いらっしゃいませ!いつもありがとうございます。轟さん」
花が咲くように笑うこの女性は、母親が入院している病院の近くにある花屋のアルバイトだ。普段は大学生をしているらしい。
焦凍はいつも母親の見舞いの際には、この花屋に寄って花束を選んでいた。

「いえ、こちらこそ」
「本日はどうなさいますか?」
「今日も苗字さんに任せてもいいですか」

私でよければ、と快く承諾しそばにある色とりどりの花の中から、焦凍の母親への花を丁寧に選ぶ。

「いつも、お母さ・・・母が花束を褒めてくれます」
「本当ですか?それは嬉しいです!」

焦凍が初めて母の見舞いに行こうと思った時、見舞いには花束を持っていった方がいいとどこかで聞いた。
そうして、病院の近くの花屋まで来たのは良かったがどの花を選んだらいいかわからず店頭にしばらく立ちすくんでしまう。
その時に焦凍に声をかけたのが苗字だった。
丁寧に花の説明をしてくれる苗字に感心し、花束も作ってもらった。
その花束を母が綺麗と喜んでくれたので、それからも見舞いの際にはずっと苗字に選んでもらっている。

焦凍は花の説明をしながら花束を作っている苗字を横目で見つめる。
自分よりだいぶ小さい彼女はとても華奢で、触るだけでその花の茎のように折れてしまいそうだ。
普段ヒーローを志すものとして切磋琢磨しているヒーロー科の女子とは何もかもが違った。
姉の冬美も、こんなに小さく見えただろうか。

「轟さん」
ぼーっと見ていた先の彼女が不意に振り返り、その淡いピーチブロッサムの瞳に焦凍を映す。
「・・・はい」
「・・・そんなに見つめられると、穴があいてしまいます」
照れたように拗ねた顔をする苗字に、焦凍は胸の奥に言い表せない絞扼感を感じた。
「・・・すみません」
「まさかわたしのこと、気になってたりして」
なんてね、と鈴を転がすように笑うその声と唇から目が離せない。

花束出来ましたよ、と花束を手渡され、お金を払い店を後にする。
今日の花束もまるで彼女を表すように美しかった。



「あ、轟さん。いらっしゃいませ!いつもありがとうございます」
「こちらこそ。また花束お願いできますか」
「もちろんです!」
ウキウキと花束を作り始める苗字を見つめながら、そう言えばと焦凍は切りだす。

「苗字さんは来週の土日は勤務ですか」
「?来週の土曜日はお休みをいただいてます」
もし土曜日にお見舞いに行かれるなら、わたしは花束を作れそうにないですねと少し残念そうに笑う。
それを見ながら、焦凍は良かった、と心をなでおろした。

「休みがあって良かったです。今度母に、好きな人を連れてくると話をしたので」

「・・・え?」
焦凍がさらっと告げた言葉に、苗字は聞き間違いかと瞠目する。
焦凍は、なんでびっくりしているんだろう、みたいな顔をしていて余計に混乱した。

「え?え?」
「土曜日は用事ありましたか」
「いや用事はないんですが・・・え?好きな人?誰の?」
「俺の」
「誰が?」
「苗字さんが」
「え?」

「苗字さんが好きなので、苗字さんがよかったら母に紹介してえと思ってて。」
小さく微笑みながら核爆弾級の発言を投下していく焦凍に、苗字は頭も心もついて行かなかった。
好きな人?轟さんの?わたしが?
ぐるぐると色んなことが苗字の頭を駆け巡る。確信犯?天然?

「あ・・・えと、お、お返事は待っていただけますか」
「ああ、忘れてる用事があったら困っちまいますよね」
「そっち?!」
「?」
「お、お付き合いのお返事、の、ことで・・・」
もにょもにょと口ごもると、焦凍はびっくりしたように目を見開いた。

「付き合うとか、そこまで考えてなかったです」
「?!」
考えてないのに好きな人とか言うの?!とさらに混乱する。年上の威厳も何もあったものではなかった。
「でも苗字さんがよかったら」

俯きがちな苗字を覗き込むように焦凍は少し顔を傾ける。紅白の髪がさらさらと靡いた。

「俺の、恋人になって欲しい」

オッドアイの瞳からいとしいという気持ちが伝わって来るようで、耳まで紅くなっている気がした。

花束に埋まる

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