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小さい女の子はみんな1度は夢を見る。真っ白な、ふわふわなドレスを着て、綺麗にお化粧をしてもらって、お父さんの腕に手を回して、バージンロードを歩くこと。
絵本のお姫様みたいなワンシーン。王子様のキスで、お姫様は幸せになれる。

わたしだって夢を見ていた。いつかわたしの王子様が現れて、それはもうかっこよくプロポーズをしてくれて。わたしは涙を流して、頷いた後に思いっきり抱きつくのだ。



「とてもお綺麗ですね」
「え?あ、ありがとうございます」


ぼんやりと幼少期の夢を思い出していたら、不意に後ろから声をかけられて少し肩がはねた。目の前の大きな鏡に焦点を合わせると、わたしの後ろにいるスタイリストさんがにこりと笑う。それにつられて笑ってみたけど、その顔はあまりにもぎこちなかった。それは後ろの相手も分かるくらいに。


「緊張されてますか?」
「まあ・・・ちょっと」
「皆さんそうですよ。最初は結構ガチガチに緊張している花嫁さん多いですからね。転ばないかなあとか」
「たしかに」


緊張は、確かにしている。でもそれよりも、何だか夢見心地なのかもしれない。

鏡に映るわたしは、夢に見た純白のウェディングドレスを着ている。

ふわふわの裾は後ろに長く伸び、所々に白いばらの花が散っていて。髪は丁寧にまとめられその上にちょこんと乗るティアラは、照明を反射してきらきらと輝き、長いヴェールを留めていた。
血色良く施された化粧は、普段のわたしの化粧では絶対に出せない美しさを醸し出す。
もしかしてわたし、思っていたより綺麗だったかな。なんて。


ドレスの裾は踏みやすいから、蹴りあげるように歩くといいですよというアドバイスを残して、スタイリストさんはブライズルームを後にした。
さて、この後はどういったスケジュールだったか。花婿に会うのだったか、両親とヴェールダウンやバージンロードの歩く練習だったか、それとも。

緩く握っていたブーケに視線を落として、その花びら1枚1枚を何となく目で追う。白を基調とした花に、時々小さなブルースターが顔をだす。それがとても可愛らしくて気に入っていた。

このブーケの花を選ぶ時、「これ好きだろ」と何気なく選んでくれた彼を思い出す。名前も知らない花だったけれど、たしかに小さくて淡い青の花は、わたしの「好き」に当てはまっていて。そうして出来たこのブーケも、ずっと見ていたいくらいには、心の底から気に入っていた。


視線を花束から上にあげ、また目の前の大きな鏡を見る。そこにはやっぱり、花嫁の格好をしたわたしがいて。でもなんだか、しっくり来ない。というか、実感がない。わたしは今日、たしかにお嫁に行くのに。

今日の為に、たくさん準備をしてきた。最初から最後まで二人で色々決めるのはとっても楽しくて、手作りのものにも気合を入れた。もちろんドレスを綺麗に着るために、寝る前の筋トレだって笑われながらしたのだ。
わたしの筋トレは、それはもう下手くそでおかしかったらしい。
笑われたら恥ずかしいけど、でもそれで終わるのではなくてちゃんとアドバイスしてくれたり、手伝ってくれる所を見て、やっぱりこういうところ好きだなぁって再確認して。



「はい、」
「入るぞ」


ノックの音にぼんやりと返事をして振り向くと、毎日おはようとおやすみを紡ぐその声が耳に入る。そうして開かれた扉から入ってきた勝己くんは、全く非の打ち所がないほどに、タキシードを着こなしていた。
前髪もワックスで少し分けている。いつもかっこいいけれど、今日はさらにかっこいい。

後ろ手でドアを閉めた勝己くんは、わたしをみてゆっくり瞬きをした後にこちらに歩みを進める。
目の前で止まった彼との視線が近い。30センチの身長差を縮めるために履いた厚底すぎるヒールのおかげだ。何だかとても新鮮で、そして不思議。


「勝己くんかっこいいね。似合ってる」
「お前と選んだやつが似合わねーわけねぇだろ」
「・・・そっかあ、そうだよね。わたしはどう?綺麗かな?」
「悪くねーんじゃねぇの」
「へへ、ありがとう」


このドレスも、このタキシードも。二人で時間をかけて決めたのだ。似合わないはずがない。そう強く訴えかける瞳に、心がじんわりと暖かくなる。

勝己くんは粗暴だと思われがちだけれど、その実とっても誠実なのだ。丁寧で、真っ直ぐで、そして誰よりも優しい。
世間が知ったらビックリするかもしれない。そして好感度が上がって、いまよりももっと色んなところに引っ張りだこになるかもしれない。それはとても、素敵な事だと思う。


「・・・名前」
「ん?」
「行くぞ」
「うん」


でも言わない。勝己くんがみんなが知るよりとっても素敵な人だということは、言わない。
わたしだけが、知っていればいいから。


勝己くんが伸ばしてきた手のひらは、いつも通り傷だらけだ。でもそれが、彼が誰よりも努力して、誰よりも真剣にヒーローをしている証で。
誰のどんな手のひらより、綺麗で美しい。この手にわたしは、ずっと恋をしている。










チャペルの大きな扉の前で、お父さんの手を組んでその時を待つ。中ではオルガンの綺麗な音が響いて、結婚式が始まったことを知らせていた。


「名前」
「なに?」
「2人で幸せになれよ」
「・・・うん、お父さん」


この扉が開いたら、中には沢山の友達やヒーローがいるだろう。そうしてまっすぐその先に、勝己くんが待っている。
隣で沈黙を保っていたお父さんが不意にわたしの名前を呼んだ。その声のする方に顔を向け、ヒールで身長差が縮まったお父さんを見る。
視界に映るお父さんは、静かに前を見据えていた。
そうして紡がれた言葉に、一瞬目を見開いてから、言葉を染み渡らせるようにゆっくりと瞬きをする。そうしてまた、前を向いた。



開かれた扉の先、伸びたバージンロードをお父さんと一歩一歩踏みしめる。

お母さんとのヴェールダウンは、練習の時は泣かないからと笑っていたのに、いざ本番になったらどうだろう。
お母さんの前で止まって顔を見ると、それはそれは滝のように泣いている。泣きながらヴェールを下ろすから、胸の中がいっぱいになってしまう。わたしだって泣かないと決めていたのに。
自然と溢れそうになる涙をグッとこらえてにへらと笑うと、お母さんはさらに泣いた。


お父さんの横に戻り歩くこの道で、わたしは今までを振り返る。

1番小さい記憶は、トイレに間に合わなかったこと。
お母さんとお父さんと沢山遊んだこと。色んなところに連れていってもらったこと。
小学校で駆け回っていたこと。中学校で恋バナをしたこと。高校で勉強したくないと、友達とだらだらと話していたこと。

忘れていたようなことまで、この一歩一歩で思い出す。わたしの生きてきた人生は、こんなにも鮮やかだった。



バージンロードの中腹で、そっと足を止める。そこにまつ勝己くんは、酷く真剣な顔をしてお父さんを見ている。
この顔は、わたしの実家に挨拶に行った時にもしていた。そして「誠実でいい人じゃないか」とお父さんは笑ったっけ。

お父さんの腕に回していた手が外されて、お父さんは今度はわたしの手を勝己くんに握らせる。
不意に離れたお父さんの手が、何故か寂しかった。今生の別れでもないのに、手を繋ごうと言えば笑って繋いでくれるお父さんなのに。

「頼んだ」と言った後にわたしの肩をそっと押す。そうして離れていくお父さんに、わたしはやっと理解した。

これは夢なんかじゃなくて、ちゃんと現実なんだ。
わたしは今日、たしかに勝己くんのお嫁さんになるんだ。
でもこれは、お父さんとお母さんと家族じゃなくなった訳じゃない。勝己くんと、勝己くんのお父さんお母さん達と家族になるという、素敵な事。

なのに、色んな気持ちが溢れて涙が今度こそ出そうになるのは、何故だろう。




勝己くんと残りのバージンロードを歩いて、神父様の前に並ぶと、様々な言葉を語りかけられる。
それに、プロポーズされた時から決まっていた言葉を返した。


人一倍優しくて、相手のことを考えられる勝己くんは、もちろんわたしのことも全部わかっている。だからプロポーズも、夢にみたものと寸分違わぬものだった。

海辺を2人で散歩して、どうでもいいことを話して笑って。
そして不意に立ち止まったと思ったら、急に跪くからびっくりしたのを覚えている。
そしてポケットからでてきた小さな箱に更にびっくりして、勝己くんの言葉に、胸がいっぱいになって。
世界中の誰よりも幸せだと、胸を張って言えるくらいに、幸せで満ち溢れた。
泣きながら抱きついたら、1周回ってくれたから、そこまで忠実にやってくれるのかと笑いながら、キスをした。




「では指輪の交換を」


その言葉を合図に、前を向いていた体を勝己くんの方に向き直る。手作りしたリングピローに乗っている、2人で選んだ結婚指輪を勝己くんが一つ取るのを、ゆっくりと見つめた。

この指輪も、2人でああしたいこうしたい、あれがいいそっちがいいとかなりの時間をかけたっけ。出来上がったものを見た時は、感激のあまり大事に閉まっておこうとして、毎日つけるものだと勝己くんに呆れられたのも記憶に新しい。勝己くんは個性がら仕事中は付けられないから、てっきり家に置いておくことが多くなるかなと思ったら、ちゃっかりチェーンを頼んでいた。ネックレスにして付けてくれるんだと、勝己くんも毎日つけたいんだと思ったら、幸せがさらに膨らんで止まらなかったので、隣の勝己くんにタックルをかまして。もちろん受け止めてくれて、お店だっからしなかったけど、家に帰ってから抱っこしてもらってくるくる回った。勝己くんはわたしのこういう所にきちんと付き合ってくれる。そういう所が、本当に好きだ。


「名前」
「ん?」
「幸せになる、二人で」


勝己くんがわたしの手を取って、ゆっくりと指輪をはめる。小さく呼ばれた名前に、これまた小さく返事をした。そうして零された言葉に、指の付け根まで綺麗にはまった指輪に、どうしようもない気持ちが沸きあがる。

もう十分、幸せだった。今までの人生、全てが輝いて見えるほどに。でもそれは家族がいて、友達がいて、勝己くんがいたから。
そしてその家族が、幸せになれと言って。
同じように勝己くんが、幸せになろうといって。


きっと、世界中の誰よりも幸せになれる。勝己くんとふたりで。


下げられていたヴェールが、勝己くんの手でゆっくりとあげられる。そうして開けた視界に、目の前の彼を映す。

きらきら輝く白金。燃えるような赤。その瞳が、わたしを愛しているとたしかに語っていた。

生まれてきたことが、ここまで成長できたことが、勝己くんと出会えたことが。そして今日、この日を迎えられたことが。
その全てが嬉しくて、自然と顔が緩む。
勝己くんの言う、あほ面に。

そうして、そのあほ面をみた勝己くんも、緩むように笑った。


「綺麗だ」






いつも愛してくれるありさんへ
Happy birthday!

Dearest

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