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焦凍って、わかりやすいと思う。世間ではポーカーフェイスとか言われてるけど、全然そんなことない。
というか隠し事が下手?もう何年も一緒にいるけど、焦凍のサプライズ成功したことないし。こそこそ準備してるのもバレバレだし、顔にも出てるし。あと口も滑らす。
でも気づいてないふりして、当日にサプライズ()されてわぁー!って今知りました!びっくりしました!ってフリを何度したことか。でもわたしがびっくりして喜んでると焦凍もにこにこ嬉しそうにするから、気付いてるよって言わないで大人しくしてるのは、きっと惚れた弱みと言うやつなのだろう。





「名前は、今年のゴールデンウィークは休みか?」
「今年はぼちぼち仕事入ってるかな。わたしに10連休なんてないのです」
「10連休になるやつなんていんのか?すげぇな」
「有給使ってね。そういう焦凍は仕事だよね?」
「ヒーローにゴールデンウィークは関係ねぇからな」


4月も後半に差し掛かった頃、テレビでは大型連休の話で盛り上がりオススメの観光地や食べ歩きの特集がどのニュースでも箸休めのように入ってくる。サービス業の人や医療関係者、ヒーロー達は大型連休?なにそれおいしいの・・・?ってなるからこの手のコラムなどには殺気を覚えるらしい。世間はいいよな!休めて!
暦と関係ない敵もいそいそと犯罪行為に勤しむからヒーローも休めないし。敵も休んでいいんですよ?観光地で暴れなくて大丈夫です。

わたしはサービス業とかじゃないけど、今年のゴールデンウィークは暦通りに休むことは出来ずにぼちぼち仕事が入ってた。しかも飛び飛びで。こんなんじゃ少し遠出とかも出来ないから同僚とかは出かけられない嘆いてたけど、わたしはそこまでガッカリもせず。何しろ出かける相手もゴールデンウィークは関係ないからね。

トースターで焼いたパンに、この前養蜂場で買ったはちみつマーガリンを塗ってからかぶりつく。パンはカリカリして、はちみつマーガリンは甘さの中に少しの塩気があって美味しい。うんいい買い物したみたい。
水族館の紹介をBGMに口をもぐもぐ動かして、向かいに座る焦凍をみた。
コーヒーを飲みながらテレビを見てる横顔は、いつ見てもかっこいい。毎日見ても毎年見ても全く飽きることは無いしむしろ日々かっこいいを更新してる気がする。美人は3日で飽きるって誰が言ったのだろう、全然そんなことないけど。横顔からちらりと髪の方をみると、いつも通り寝癖がぴょんぴょんと跳ねている。朝起きて顔を洗うのに、寝癖はどうしてすぐ直さないんだろう。まあ、後頭部だから見えにくいのもあるかもしれないけど。

焦凍はヒーローだから、例に漏れずゴールデンウィークは関係なかった。数日仕事して、1日休み。そんな繰り返し。しかも休みの日に緊急の呼び出しも入ったりすることもあるから、ヒーローってブラック企業・・・と付き合ってすぐに思ったっけ。


「今年は前半は余裕あんだけど、後半は毎日出勤だ」
「そーなんだ」
「名前と休みあう日あればいいんだが。せっかくだしどこか出掛けてぇだろ」
「無理しなくていいよ、わざわざ人混みに出かけると疲れちゃわない?焦凍もせっかくの休みなら休んだ方がいいし」
「そうか?じゃあ休みが重なったら家で2人でのんびりするか」
「わたしも?」
「俺を置いて出かけんのか?」
「・・・おっきい甘えんぼちゃんがいるから出かけられないかも」
「そりゃ困ったな。家にいよう」


そう言って頬杖をつきながら微笑む焦凍に、全く大きな甘えんぼだとパンをかじる。すぐ末っ子感を出してくるのだから。まあ満更でもないのだけど。
こうやって暗に一緒にいたいって言われるのが、実は結構嬉しかったりした。

焦凍もパンをかじりはじめたところで、ちらりとカレンダーを見る。今年は平日が月曜日と金曜日に二つ。そのうちのどちらも、わたしは仕事で。たぶん焦凍も仕事。まあ当たり前のことなんだけど。
マグカップに注がれたカフェオレがちょうどいい温度になったから口をつける。ほんのりと甘さが広がって、ふうと息を吐いた。

5月6日は、わたしの誕生日だったりした。








「じゃあ行ってくる。名前も気をつけて仕事いけよ」
「うん行ってらっしゃい。気をつけるね。でも焦凍が守ってくれてるって思ってたら気が抜けるかも」
「何かあったらぜってぇ駆けつけるけどそれとこれは別。ちゃんと気をつけろよ」
「はあいマイヒーロー」


行ってきますのキスをしてから、ドアが閉まるまで焦凍を見送る。振り続けた手を下ろしてから、ふうと息を吐いた。
あの調子じゃ忘れてるな、焦凍。まあ何年も付き合ってるし、忙しかったらそういうこともあるよね。
パタパタとスリッパを鳴らしながらリビングに戻ってからつけっぱなしのテレビが視界に入る。画面の隅に出ている日付は5月6日を示していた。

ゴールデンウィークも後半も後半。2日だけある平日の2日目。世間は休みの人と仕事の人で入り交じって賑やか。そんな日が今年は誕生日に該当する。数日前の会話の通り2人とも仕事で、誕生日だからとどこかに出かけたりすることはない。
それにしても、本当に忘れてしまっているらしい。だって朝起きておめでとうもなかったし。サプライズの気配だってない。いや、サプライズを強要している訳ではなくて。

毎年わたしの誕生日は、焦凍は何かしらサプライズをしてお祝いをしてくれていた。ただサプライズがドがつくほど下手くそな焦凍だからバレバレで、あー今年もお祝いしてくれるんだって誕生日の前から嬉しくなったりして。去年は一生懸命ディナーを作ってくれたっけ。わたしの好きな料理を練習してるの、隠してたけど隠せてなかったからうずうずしちゃったなあ。
今年も何かあるかなとか少し期待しちゃって、まあ何もなさそうで勝手に少し落ち込んでるんですが。毎年あるからって今年もあるとは限らないんだから、何勝手に期待してんのか。何年も一緒にいたらこういうことだってざらにあるし、わたしは今のところ別れる予定もないから今後もお互いの誕生日とか記念日とかささやかにやっていきたいとは思っています。ので、今年は帰ってきた焦凍とお家で夕飯食べてちょっとだけくっつこうかなと思います。まる。

よしそうと決まればさっさと仕事に行って、定時で帰ってきて夕飯をつくらなきゃね。






仕事がキリのいいところに差し掛かって、さて今は何時だろうと時計を見るとちょうど定時少し前。今日はめちゃくちゃ順調だった。やっぱり定時で帰るぞという気持ちって大事なんだと思う。ぐっと背筋を伸ばして息を吐いた後に携帯を取り出して画面に触れると、メッセージアプリの通知が来ていた。友達から誕生日おめでとうのメッセージかななんて開いたら差出人が轟焦凍で、あれ珍しーと焦凍のトーク画面を開いた。


『今日定時か?俺さっき仕事終わった』
『夕飯の準備してなかったら、飯食いに行かねぇか』
『せっかくゴールデンウィークだし』


最後の文をみて少しだけ笑う。焦凍やっぱり出かけたかったのかな。というかわたしたちってそんなゴールデンウィーク関係ないのに、やっぱり世間は出かけたりするからその波に乗りたいのかも。ちょっと可愛いところあるし焦凍。
夕飯のお誘いはもちろんOKだ。誕生日ということは忘れてるかもしれないけど、外食というだけで普通に嬉しい。注文の時に焦凍に実は誕生日だったよってネタばらしして少しいいお酒とか頼んじゃおうかな。うんそうしよう。どこに食べに行こう、いつもいく居酒屋か、ちょっとしたレストラン行ってもいいな


『もう終わるところだよ。外食賛成です!』
『じゃあ迎えに行く。そのまま会社で待ってろ』
『いいの?じゃあ待ってるね』


しかもお迎え付きとは!焦凍の事務所もゴールデンウィークだから少し早めに終わらせてくれてるのかも。それか今日は穏やかだったのかな?事件事故がほぼなくて焦凍が怪我しないで帰ってこれることが1番だよね。待ってますといううさぎのスタンプを送ると向かいますというペンギンのスタンプが返ってきた。焦凍はスタンプ意外と使ってくれるから、ついプレゼントしてしまう。このペンギンももちろんそう。・・・よく使うけど、まさか上司とかには使ってないよね?

デスクについたままぽちぽちと携帯のゲームをしていたら、画面上に焦凍から着いたぞとメッセージが入った。おお、意外と早かった。もう焦凍は出る準備も万端だったのかな?出かけたくてソワソワしてるのが目に浮かんで口角が緩んだ。
周りもちょうど帰るところらしい。みんな口々にお疲れ様でーすと行って席を立つのに便乗し、早足で出入口へ向かった。何食べよう、お酒は何飲もうとるんるんと自動ドアをくぐると、


「名前」
「あ、しょ・・・と・・・」
「ん?どうした」


会社の前の道に停めてある車に、焦凍が寄りかかって待っていた。んだけど。パッとあげた手がそのままにポカーンとしてしまう。焦凍の上から下までじーっと見つめて、またポカン。え?


「え?スーツ?」
「ああ、気にすんな。ほら行こう」
「え?あ?う、うん・・・」


ヘアセットして、パリッとしたスーツに身を包んでいる。あれ?これからご飯行くんだよね・・・?スーツ?仕事ってスーツで行ったっけ?いや私服で出勤して、職場でヒロスに着替えて、スーツで帰ってくる・・・?いや私服で帰ってくるわ。頭の中が疑問符でいっぱいになっているところに焦凍は気にすんなって言って助手席のドアを開けてくれるので、意味もわからないままに何とか乗り込んだ。「閉めるからな」と言ってドアを優しく閉める焦凍を窓の内側から覗いているとにっこり笑って、うわ、かっこいい。


「な、なんでスーツ?」
「飯食いに行くから」
「どこに?!」
「その辺」
「その辺にご飯に行くのにスーツ・・・?」


運転席に乗ってきた焦凍に、シートベルトを付けながらスーツの理由を聞くけどその辺に飯を食いに行くって、その辺なのにスーツなの?!その辺ってどの辺?!焦凍浮いちゃわない??いつもの居酒屋とかだったら浮いちゃわないかな?!かっこよすぎて・・・。

車の発進と共にまた他愛のない話をしながら、運転している焦凍を盗み見る。スーツに身を包んで身嗜みを整えた焦凍はかっこいいという言葉では言い表せないくらいにかっこいい。というかスーツがかっこいいから焦凍もかっこいいのか、焦凍が着てるからスーツもかっこよく見えるか、もうよくわからない。ただ運転している姿もかっこいいので、かっこいいのゲシュタルト崩壊をしそうだ。おかしい、いつもかわいい末っ子ムーヴの焦凍なのに、今日はいつもに増して激ヤバにかっこいいじゃん。スーツ効果すごい。たぶんスーツ効果なんだよね??


「着いたぞ」
「・・・え?ここ?」
「ああ」
「え?」


思わず2回え?が出ちゃうくらいにはえ?って感じだ。焦凍との外食先までのドライブをしてさてその辺とはどの辺?と思ってたらなんかすごいホテルの駐車場に入ってって着いたぞって言われた。え?ここ?このホテル??
え?の顔のままとりあえず車から降りて焦凍に手を引かれエントランスまで来たけどここ、ここめちゃくちゃお高いホテルだ・・・?芸能人とか御用達のとこだ。テレビで紹介されてたりするの見たことあるこのホテルの名前。このホテル予約なんて全然取れないしレストランだってまず入れない。…え?焦凍それ知ってる?いや知らないでこんなとこ来ないよね?


「焦凍ここ急には入れないよ?」
「ああ、予約してあるから大丈夫だ」
「え?」


予約してあるから大丈夫って、予約ってさっきのさっきで取れるの?ここそんなもんだっけ?そして何故かレストラン向かわないで真っ直ぐホテルのフロントに向かいスタッフの人に声をかけていて、その間もわたしはそわそわしてついついエントランスの中をぐるりと見渡してしまった。いやだってこんな所普段絶対来れないし、焦凍が何考えてるかわかんないけどここで食べられるならそれは凄いことだし、というかお金・・・足りるのか・・・?


「苗字様」
「えっ、あ、はい!」
「こちらにお召し物をご用意させていただいておりますので」
「は、え・・・?」
「ドレスルームへご案内します」
「ちょ、焦凍、あの」
「レストランの前で待ってるな」


お財布の中身が心配になっていたら急にホテルのスタッフの人に声をかけられてドレスルームに案内すると話した。ドレスルーム、というかお召し物ということは、着替えということだ。いや確かに今着ているものでは些かこのホテルのレストランで食べるような服ではないけれども。やっぱりドレスコードが必要ってことだよね、焦凍もスーツ着てるし。そんな急に予約取れてそしてスーツまで着れるか?焦凍がパキパキ行動してるのあんまり想像できないんだけど。


「お綺麗ですね」
「あ、ありがとうございます・・・このドレスレンタルですよね」
「いえ、こちらは轟様かご用意されたものになります。」
「え?」
「とってもお似合いですよ」


またまた疑問符を浮かべた頭でドレスルームに案内されて用意されていたドレスに着替える。ヘアスタイルも少し整えてもらって、メイクまで直してくれて至れり尽くせりだ。このドレスとっても可愛いしわたし好みだなあ、ラッキーだと思っていたらこれを用意したのは焦凍だと言う。焦凍が、このドレスをわたしのために。

これはいよいよ、行き当たりばったりの外食ではないらしい。



「焦凍、お待たせ」
「名前、・・・」
「変かな?」
「んなことあるわけねぇだろ、・・・すげぇ似合ってる」
「あ、ありがとう」
「さ、行こう」


ドレスルームからレストランに移動すると、レストランの入口に置いてあるソファーに焦凍が座っていた。少し高めのヒールを鳴らして声をかけると、携帯を見ていた焦凍が顔を上げて固まる。スタイリスト?さんに綺麗にしてもらったけど変なところあったかな。それとも顔になにか着いてる?
じーっと見てくる焦凍は立ち上がってから近づいて、似合ってると嬉しそうに微笑んでくれた。そりゃ、スタイリストさんの話によると焦凍が選んだドレスなんだから似合ってなかったら困るのだ。あれ、俺選び間違えたななんて思われてなさそうでよかった。というか本当に焦凍が選んだんだよね? ちゃんと聞いてお礼しなきゃ。
行こうと手を差し出した焦凍は、控えめに言っても王子様でなんだかめちゃくちゃドキドキした。



「ねえここすごい高いよね?大丈夫?」
「大丈夫だ。」
「予約だってずっと前からじゃないと取れないじゃん、取ってたの?」
「まあ置いといて、乾杯でもしよう」
「置いとけるか・・・?」


レストランのスタッフに案内されてフロアを進むけど、さすが有名ホテルと言うだけあってレストランも本当に豪華だ。案内された席は窓際で、大きな窓から都会の夜景が見えて圧巻だった。フロアの証明もそれに合わせて少し暗めなのがまた雰囲気があって素敵だ。
スタッフの人が引いてくれた椅子にお礼を言いながら座って、少しだけ周りを見る。どの人もめちゃくちゃ綺麗な格好してて、焦凍がドレスを用意してくれてなかったらわたしの浮き様が半端なかっただろうなとゾッとした。
前を向き直って焦凍に予約のこととか聞くけど上手い具合にはぐらかされてなんだかもにょっとするけど、ワインが注がれたグラスを持って首を傾げられれば、それはもう乾杯するしかない。


「ほらグラス持って」
「はぁい」
「名前、誕生日おめでとう」
「・・・あ、そうだった。ありがとう」
「忘れてたのか?」
「いや覚えたけど色々衝撃で忘れてた」
「なんだそれ」


この前から誕生日覚えてたけど、今日色々衝撃すぎてすっかり抜け落ちてた。なんだそれって笑う焦凍に、いやあなたのせいなんですけどなんて思ったり。
乾杯して運ばれてくる料理に、テーブルマナーを一通り覚えておいてよかったと過去の自分に感謝した。



「ふふ」
「ちょっと酔った?」
「いい気持ちにはなってきた」
「よかった。美味しいか?」
「うん!すっごく美味しい。ありがとう焦凍」
「喜んでもらえて俺も嬉しい」


運ばれてくる料理はどれも美味しいし、ワインも他のカクテルも飲みやすくて申し分ない。夜景は綺麗で焦凍はかっこよすぎて、最高の誕生日だ。焦凍サプライズ上手になりすぎじゃない?去年までのわたわたはどうした。あんなに可愛く隠したりしてたのに。今日スマートすぎてわたしの知ってる轟焦凍か疑っちゃうレベルだよ


「焦凍さあ」
「ん?」
「サプライズ上手になったね」
「・・・上手ってことは、今までのはバレてたのか」
「それはどうでしょう」
「なんか恥ぃな。まあ隠し事は下手くそだって言われるし」
「誰に?」
「緑谷とか飯田」
「あの二人も下手くそだよ、人のこと言えなくない?」
「そうか?俺はわかんねぇな」
「焦凍は純粋で天然だから・・・」
「?他は養殖ってことか」
「そういうとこかな」


本当にそういうとこだよ。あの二人も嘘ついたり隠してることあるとドギマギしちゃうからわかりやすいんだよね。焦凍と付き合ってから友達だって紹介されたけど、よくみんなで遊んだりしたから2人のことはもう昔から知ってるみたいな気持ちになっちゃう。


「今年の誕生日は相談に乗って貰ったんだ」
「そうなの?」
「いつもと違うサプライズしたくて」
「ふふ、その気持ちだけで嬉しいなあ。このドレスもプレゼントでしょ?靴も。ありがとう」
「気に入ったか?俺はすげぇ似合ってると思う」
「もちろん気に入ったよ。ドレスコードあるときはもうこれしか着ないかな」
「そうか」


そうか相談に乗ってもらったのか。それは上手くいくな。隠し事がバレる3人でも、集まればなんとやらって言うもんね。今日の仕事も本当はなかったのかも。準備必要だしね。
それにしてもこんな素敵な誕生日もう一生ない気がする。いやこれからも焦凍といる予定だからまたやってくれるかもしれないけど。でもいつものバレバレサプライズが結構気に入ってたから、当分はやってくれるならあれでいいな。
焦凍の色みたいなカクテルを飲んで窓の外を見る。本当に綺麗。窓に写った焦凍も。


「名前」
「んー?」
「まだ貰って欲しいものあるんだ」
「えっ?もうたくさん貰ったのに。そんなに奮発して大丈夫?」
「ああ、こういう時のために貯めてきてるから」
「そう?まあ、用意してくれたならもちろん貰うけど」
「そうか、よかった」


窓越しの焦凍に話しかけられてそっちを向くと、まだ貰って欲しいものがあるという。もうドレスも靴も、この食事だって色々お金使ってもらってるのにまだあるんだ。今回のサプライズ気合入ってるな・・・。まあくれるって言うならもらうけども。どれも使い倒さないとね。勿体ないし!このドレスだって友達の結婚式とかで着まくっちゃお。そして自慢しよ。彼氏がプレゼントしてくれたって。
ちょっと得意げに自慢してる自分を想像してふふって笑ってると焦凍も笑った。いい笑顔だ。うんわたし結構酔ってるな。


「名前」
「はーい」
「好きだ」
「焦凍はいつも急だね、へへわたしも好き」
「いつも思ってるから、言いたくなっちまう」
「熱烈だー」
「熱烈だよ。愛してるから」
「やめてよ照れるじゃん」
「だから、結婚してくれないか」


熱烈なラブコールを受けてくすぐったくて嬉しくて幸せな気持ちになってたら、焦凍は結婚してくれないかと言ってポケットから小さな箱を出した。
結婚かあ、なんてぼーっと思ってると開けてくれるかと言うので、カクテルを置いてから箱を受け取る。
あ、このブランド有名なやつだなあなんて箱を開けると、綺麗な宝石の着いた指輪がそこに鎮座していた。


「きれい」
「受け取ってくれるか」
「・・・・・・・・・・・・え?結婚って言った?」
「言った。聞こえなかったなら何度でも言う。」


酔った頭で聞いてたからぽけっとしてたけど、受け取ってくれるかの言葉で一気に我に返った。結婚?
結婚って、結婚??指輪を見てから焦凍をバッと見ると、居住まいを直して真剣な顔でこちらを見た。


「俺と結婚してくれ、名前」



考えないことは無かった。お互いそれなりにいい歳で、長年付き合ってて一緒に住んでて。いつか結婚とかするのかなって。性格的な相性もいいし、喧嘩もたまにするけどすぐに仲直りだってする。だって喧嘩してる時って寂しいもん。それに一緒に暮らすってなった時に決めたよね、喧嘩した日も同じベッドで寝ようって。毎日挨拶を大切にして、ありがとうとごめんねをちゃんと伝えようねって。そして時々でいいから好きって言ってって。でも焦凍はちっとも時々じゃなくて、毎日のように言う。むしろ恥ずかしがって伝えてないのはわたしの方だったりした。


「・・・わたし、焦凍のお姉さんみたいに料理そんなに上手じゃないよ」
「名前の作ってくれる飯はいつも美味いよ」


焦凍はヒーローだ。誰かを救うために危険なこともする。怪我だってするし、入院した時もあった。もしかしたら死んじゃうかもなんて思って、辛くなった日だってあった。いつかわたしの知らないところで、誰かを守ってぽっくり死んじゃうなんて、ありえちゃうから。だから辛くてしんどくて、そばにいれないかもって思った日もあったけど、それでもわたしは焦凍が好きだったから。離れるなんて考えられなかった。


「めちゃくちゃ綺麗好きってわけじゃないから掃除だって適当だし」
「2人でたまにやればいいだろ」


焦凍と出会って毎日幸せだった。
ヒーローの時はすごくかっこいいのに、わたしの前では甘えんぼうでかわいくて、きっとわたしだけが知ってるんだって。


「わたし、焦凍の隣にいてもいいの?」


甘えんぼうで、意外とだらしなくて、サプライズが下手で、お蕎麦が何より好きで、友達思いで、かっこよくて、優しくて、少しだけずる賢い。
そんな焦凍のこと、本当に好きで、


「名前がいい。名前と、ずっと一緒にいたい」


目の前の焦凍の解像度が落ちて、瞬きする度にテーブルにパタリと何かが落ちる音がする。
目頭が熱くて、胸の奥がいっぱいで。


「受け取ってくれるか」
「・・・うん、」


わたしの手から箱をそっと持っていき、指輪を取り出すと左手を差し出されるので、その手に震える左手を乗せた。まるで誂えたようにはまる指輪を見ながら、そうか誂えたのかとぼんやりしたら頭で思った。
きらきらとライトに反射して光る宝石は、この場の何よりも輝いていて。指輪から焦凍を見上げると、いつか見たような表情をしていた。そうだ、あの時。焦凍が告白してくれて、頷いた時の、あの顔だ。


「幸せにする」
「もう、じゅうぶん幸せだったよ」
「それ以上だ。」
「ハードルあげるね・・・」
「俺が貰ってる幸せに比べたら、まだまだだ」
「大袈裟だ・・・」


ぼろぼろと零れる涙のまま笑うと、焦凍も少し泣きそうな顔をする。そう、意外と涙もろかったりもしたっけ。


「名前」
「うん」

「俺を、愛してくれてありがとう」

出会ってくれて、見つけてくれて、愛してくれて。
生まれてきて良かったって、思わせてくれて。
誰よりも、この世界の何よりも。
大切にしたいって、思わせてくれてありがとう。


「それはこっちのセリフだなあ」




いつも愛してくれるえみさんへ
Happy birthday!


Stay with me.

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