本棚 | ナノ




「ねえ勝己くん!いい加減うんって言って!!」
「うっせぇな」
「うっさいじゃない!死活問題だよ?!」
「俺は死なねぇ」
「わたしは死ぬかもしれないの!かわいい彼女が死んでもいいの?!」
「あ?どこにいんだかわいい彼女」
「ムキーッ!」


寄りかかっているベッドの上でじたばたと子供みたいに駄々をこねる姿を見るのはもう何度目かわからない。若干の呆れと共に小さく吐いた溜息が聞こえたら泣きかねないので最小限に留めた。
やだやだと人の枕に顔を埋めて唸ってはたまに期待するようにこちらを覗き見てるのを知っているから、絶対にうんとは言わない。こいつの策略になど断固として乗らないと決めている。たとえかわいい彼女でも。


「やだぁ、卒業したら一緒に住むぅ・・・。離れ離れなんてやだぁ・・・」
「住まねぇつっとんだろ。いい加減分かれや」
「わかんないわかんない!勝己くんと住むもん!」
「ガキみてぇに駄々こねんなてめぇいくつだよ」
「18だよ!!もう勝己くんのお嫁さんになれる!」
「ンなガキな嫁は要らん」
「はァー!!こっちだってこんな理解のない旦那なぞいらん!!」


時期は既に高3の秋。学年の粗方は進路が決定しそれに準じて準備を進めている。もちろんそれはA組も例外ではなく、全員が所属する事務所が決定し既に働き始めている奴もいる。
もちろん自分も、目の前の駄々をこねる名前もそれぞれ事務所は決定しあとは卒業を待つだけとなっていた。
卒業するとなると、今住んでいる寮からは必然的に出ることになる。実家はそれぞれ事務所からはアクセスが悪すぎるので、卒業を機に一人暮らしをすることとなるのだが。
ギャーギャー怒って布団に潜り込んで行った名前は、卒業してから同棲するといってきかなかった。

自分と名前は1年の時からクラスメイトで、紆余曲折を経て1年の終わり頃に恋人という関係に発展した。誰にでもにこにこして最初はその胡散臭い笑顔が鼻についたが、自分とは真逆に、不器用なりに対人関係を構築しようとしている姿には何も思わないこともなかった。ただ肩に力が入りすぎてて空回るから、それを見兼ねて一言も二言もぶつけたらぼろぼろと泣き始めるから、流石にやってしまったとその場に立ちつくした記憶も古くない。
生憎女の泣き止ませ方なんぞ学校では習わなかったし、泣き止ませる必要も自分にはないと思っていたから逆に何も出来ない自分に無駄に苛立ちを覚えて、もういっその事勝手に泣いてるこいつが悪いと自分が言ったことを棚に上げた。でも実際おかしなことは言ってないし、事実を述べたまでだ。多少、口調は悪かったかもしれないが。


「おい」
「・・・なに」
「何もずっと同棲しねぇって言ってるわけじゃねぇだろ」
「・・・」


あーもういっその事こいつをここに置いていこう泣いてるなんて俺は知らんと開き直って踵を返そうとした時に、泣き声にも似た小さな声が自分を呼んで足を止める。ぶっきらぼうに返事をしたあとに、下を向いて手で涙を拭っていた顔を上げたのでそれを視界に入れて、息が止まった。
「ありがとう」と泣きながら、それでも嬉しそうに笑った顔から目が離せなくなって。胡散臭い笑顔とは違う、ちゃんと心から笑ってる顔になんで笑ってんだと思いつつも憎まれ口すら叩けない。たしかこいつはいま自分のせいで泣いたと思ったのに何故礼を言われているのか。心底おかしいこいつと我に返っていたら、詰まった鼻でちゃんと伝えてくれて嬉しかったと必死に告げるから。
他人にはいつも湾曲して伝わる己の言葉を、こいつはちゃんと受け取ったらしかった。意図せず感謝されたことにむず痒さを覚えつつ、ポケットに入れていたハンカチを顔面にぶつけて足を鳴らしながらその場を立ち去る。背中に告げられる感謝に尚更肌が痒かった。


「俺たちは何目指してんだよ。トップヒーローだろうが」
「それは勝己くんだけだよ」
「こいつ・・・。いいか、卒業してプロになってもそんなん会社で言う新入社員だ」
「勝己くんが・・・新入社員・・・。すぐにクビだ」
「黙れ。そんな状況で同棲なんざ出来るわけねぇだろ。まずは自分の足で立つ。俺も、お前も」
「・・・」


そこから胡散臭い笑顔はなくなって、クラスにもすぐに溶け込んだ。元々社交性はあるやつだったから、壁をとっぱらっちまえばなんてことは無い。
明るく楽しそうに過ごす傍ら、何故か自分の前でだけ少し甘えたようにする。満更でもない自分に腹が立ったがいつの間にか絆されたのかあれよあれよという間にそういう関係になった。まあ、あの泣き笑いがずっと頭から離れなかったのは墓場まで持っていくとして。
喧嘩したりもするけどここまで順調に来て、いよいよ卒業。朝から晩まで毎日あってた日々から世間一般の恋人のそれのようにたまにしか会えなくなるのは、甘えたなこいつからしたら耐え難いのだろう。
それでも、ここで頷くわけにはいかない。何よりもまず1人前になること。自分の足で立てなければ、守れるもんだって守れない。中途半端ではいられない。


「同棲は自分の足で立てるようになってからだ」
「・・・言ってることはわかる。でも抽象的だよ、具体的にはいつから?何をもって1人前って判断するの?」
「そうだな、具体的には」


そう告げた内容に少し難色を示すが、話した内容は響いたようで枕に顔を埋めじっとりと睨みながら名前はしぶしぶ頷いた。通算15回に及ぶ同棲討論はこれでやっと幕を下ろしそうだ。いつも適当にあしらうのではなくこうやってちゃんと言えばよかった。そうしたら卒業までの短い期間に、無駄な喧嘩もなかったと言うのに。
自分だって同棲したくない訳では無い。ただする前に成すべきことがある。それにたどり着いてからでも、同棲は遅くない。


「・・・勝己くんはやく立派なプロヒになってよ」
「てめぇもな」
「連絡はちゃんとして!メッセージも返してよ!!」
「へーへー」
「他の女の子と遊ぶとか絶対ダメなんだからね!」
「ンな余裕あっかよ」
「・・・わたしのこと、忘れちゃダメだから」
「こんな手のかかる女誰が忘れるか」







『今日は』
『今日飲み会!だから遅くなる!』
『何時』
『終電までには?勝己くん来るの?』
『気が向いたら』
『遅くなるから無理しなくていいよ!』

「・・・・・・・・・っはああぁぁ・・・」


携帯の画面を落としてその場にしゃがみこみ、腹の底から深く息を吐いた。
何が気が向いたらだ。気が向くとか向かないとかの問題ではないだろう。そしてこの女はなんだ?無理しなくていいというのはこちらに気を使ってなのかもしれないが、そうじゃないだろう。別に会いたいと思わないということか?そこまで考えて持っていた携帯からミシリと嫌な音がした。知らぬ間に力を込めていたらしい。まだ購入してからそんなに経っていないから壊すなど以ての外だ。扱いには注意しないといけない。
手の中でまた携帯が震えて咄嗟に画面を見るも、表示されたバナーはただの企業のお得なメッセージだった。腹立つ。タイミングが悪すぎる。表示を消して先程のやり取りの画面を開くも、新しいメッセージはない。そりゃそうだ、こっちから返事をしていないのだから。
無駄にやり取りを遡ってから閉じると、先日会った時に撮ったツーショットが顔を出す。名前に無理やりホーム画面に設定されたやつだ。絶対に変えちゃダメだよと念を押されたが、帰ったらすぐにでもデフォルトに戻してやると意気込んでいた。画面の中で仏頂面の自分に寄り添っている名前は花が咲くような笑顔を向けている。それを親指でなぞってから、ふと我に返り鳥肌がたった。自分は今何をしていたんだ。気持ち悪いったらありゃしない!


「お、ダイナマイト!お疲れ様!」
「・・・ッス」
「しゃがみこんでどうした、彼女にでもドタキャンされたか?もしくは振られた?・・・おい睨むなよ!」
「違います」
「だから怖い顔すんなって!」


事務所の先輩にあたるヒーローが声をかけてきてありもしないことをペラペラ口走るので眉間の皺が増えるのを自覚する。更衣室で着替えもしないでしゃがみこんで携帯を見ていればそう見えるものなのだろうか。どちらも断じて違うが。振られることなど天と地がひっくり返ってもありえない。・・・はずだ。

卒業してはや1年が経とうとしていた。サイドキックとして事務所に入り、どの業務もそれなりにこなせるようにはなったがまだ立派と言うには拙い。日夜事件事故に要請され出動し敵が居れば制圧する。誰もいない家に帰って夕飯を作り食べて寝る。朝起きて食事をとって出勤するの繰り返しの毎日だ。
名前とは在学中に話をつけた通り、同棲せずにいた。あの後もすこし不貞腐れている様子はあったが、数日後には物件を見に行くと意気揚々と出かけて行ったので若干拍子抜けしたのを覚えている。インテリアを見に行くのも楽しみだと隣で携帯を弄りながら言っていて、誘われてねぇけどと思ったがギリギリ口からは出なかった。出てたら自爆していた。
案外、思ったよりあっさり一人暮らしの準備を始める名前にやや腹の底がムカムカしたが、それを訓練や事務所での敵制圧へのやる気の糧として、自らも卒業後への準備に勤しんだ記憶も新しい。


「彼女もヒーローだっけ?お互いヒーローだと予定全然合わねぇし大変だよな。俺なんて暫く会えないうちに愛想つかされて振られたわ」
「・・・」
「でもダイナマイトが振られるわけねぇよな。お前結構マメに連絡してるじゃん?愛されてんねぇ彼女!」
「お先っす」


卒業して新居に移り住んでから、すぐにお互いの家の披露会が名前主催で開催された。参加者はもちろん自分一人だ。名前の部屋はこぢんまりしたワンルームで、所々にそれらしい小物などが配置されて寮の部屋とさほど変わりはないように思った。まあ自分も人のことは言えないが。自分の部屋を名前が見に来た時は
キャッキャとはしゃいで寮からそのまま持ってきたベッドに転がって深呼吸をするから、変態かよという感想と共に寝そべっている隣に腰を下ろすとじっと見つめられる。そうして出てきた「一緒に住みたかったなあ。毎朝おはようのちゅーしたい」という戯言に髪をぐしゃぐしゃに掻き乱してやったあと、じゃれて笑う名前に顔を寄せた。

本格的にプロヒーローとして活動が始まってからはお互いにその忙しなさに翻弄されつつも、重なる休みを見つけては出かけたり部屋でのんびり過ごしたりとそれらしく振る舞うことに抵抗はなかった。毎日あっていたのが嘘のようにあえなくなったから、名前も最初はごねていて。会いたいと一緒にいたいと言われることに悪い気はしなかった。こんな感じで同棲まで続いていくのだろうと思っていた。
のだが。




「あれ?勝己くんだ」
「おせぇ」
「終電って言ったよー?それに無理しなくていいって言ったじゃん!返事無かったし来ないと思った」
「気が向いた」
「それで駅までお迎え?VIP待遇ですなぁ!」


頬をほんのり染めて改札から出てきた名前は、駅の壁に寄りかかっている自分を見つけてすぐに駆け寄ってきた。居酒屋の匂いがするし少し酒臭い。成人して間もないのに意外と酒豪でザルな女だから、寄ってお持ち帰りなんてことはないと思ったが、1人で帰らせるのは些か男としての矜恃が廃る。まあ腐ってもヒーローだからその辺の暴漢は返り討ちにされるだろうが。
締りない顔で笑って隣を歩き始めた名前を盗み見る。ペラペラと語られる飲み会の話は右から左へ抜けていった。



「たっだいまー!」
「草に話しかけてんのか」
「観葉植物に毎日話しかけるととっても綺麗に咲くと聞いたので!」


名前は帰ってきてすぐに、玄関脇に置かれた観葉植物に丁寧に話しかけてからキッチンと併用している廊下を歩きワンルームへと足を進めた。観葉植物はこの前なかったし、玄関の小物も増えてそれらしさを演出している。追いかけるようにワンルームへ入ると上着をかけた後に手を出してくるので、大人しく自分の上着も手渡した。
手を洗ってからいつも自分が座る場所を見ると、ちゃんと自分にと買ってあったクッションが置かれていて謎に息を吐いた。部屋を見渡すとやっぱり見覚えの無いものが増えていて、何となく近くにあったぬいぐるみを手に取った。


「あ、それ?それねーこの前先輩と仕事終わりにゲーセンいってとったの!なんと1発!」
「ふーん」
「あっ、このCMの映画来週見に行こうと思うんだ!」
「誰と」
「え?ひとり!誰も捕まらなくってさー」


冷蔵庫から持ってきた缶チューハイを手渡してきたので、こいつまだ飲むのかと思いつつも受け取りプルタブを捻る。カンパーイ!と缶を当てて少し煽ってから映画の話や最近あった話など取り留めなく話し出した。


名前がごねていたのは最初だけで、2ヶ月もしたら自分のいない生活に慣れたようだった。むしろ一人暮らしが有意義になるよう様々なことに挑戦したり、同期や上司と遊びに行ったりとそれはもう楽しそうで。まあいないことになれるのは出張もあるし悪いことじゃないと高を括っていたのだが。それが数ヶ月も続けば、何だか気に食わないと思う自分がいた。

こっちはちっとも楽しくない。自分で決めたことだったのに部屋に帰って誰も返事をしないことに日に日に不満を覚え、無駄にメッセージアプリを起動して消す。次に会えるのは何週間後だと確認をしては、馬鹿馬鹿しくなって筋トレをして発散した。
そうして迎えた何週間後に不本意ながら楽しい時間を過ごしていい雰囲気になったあと、「あ、明日も仕事あるしもう遅いから帰るね!」と何の後ろ髪も引かれず笑顔でタッタカターと帰っていく名前にはァ?という気持ちが抑えきれない。
ここはもっとこう、「会えなくて寂しかった」とか「もっと一緒にいたい」とか言うところだろう。そうじゃないのか?
閉まっていくドアを呆然と見つめて、それと同時にとてつもなく腹が立った。名前にも、自分にも。

有り体に言えば、寂しかったの一言に尽きるだろう。自分がこんな女々しい思考回路だとは思わなくて死ぬほど、それこそ自爆したいほど気持ちのやり場がなかった。自分から同棲しないと言った手前、構って貰えなくて寂しいなど誰が言えるか。名前が言うなら分かるが、自分が、爆豪勝己が言うにはただの冗談としか思えない。まだ上鳴のスキャンダルの方が面白い。


「明日は仕事だよね?」
「午後から」
「じゃあ朝ごはんは一緒に食べられそうだね!わたしね料理上手になったから振舞ってあげよう!」
「ハードル上げて大丈夫なんか?」
「まっかせなさい!」


正直な話今日だって3週間ぶりに会う。からもっとこう、「会いたかった」とか、「寂しかった」とか、ないのか?ないのか。あんなに一緒に暮らしたいと駄々を捏ねていた名前はどこに行ってしまったのか。意外と一人暮らししてみれば自分の存在など取るに足らなくなったのか?それは非常に腹が立つ。こちとら同棲しなかったことをやや後悔し始めているところだと言うのに。こいつが一緒に暮らしたいと言えば悩んだフリをして二つ返事で承諾する準備が整っているというのに!


「勝己くんの料理も食べたいなあー」
「・・・今度来りゃいい」
「えっ作ってくれるのー?!太っ腹!嬉しい!!」
「ンなことで大袈裟に喜ぶなや」
「だって滅多に食べられないじゃん?レアだよー!寮ではたまに作ってくれてたよねっ」


美味しかったなあ、何作ってもらおうかなあとルンルンという効果音がでそうな程喜ぶ名前をみて若干酒の回った頭はこいつかわいいなという感想しか出てこない。・・・と、いうか、この流れは行けるのでは?


「・・・別に、いつでも作ってやる」
「えっ、いいの・・・?!」


だから、一緒に暮らそうと言え。言うんだ爆豪勝己。


「・・・だから、一緒に」
「そんなこと言われたら同棲楽しみだねっ!勝己くんがめちゃくちゃ頑張ってるみたいに、わたしも目標に向かって頑張るよ!!」


やっぱり達成するまでは一緒に暮らせないもんね、自分の足でしっかり立たなきゃ!あとどのくらいかな?数年以内には暮らせるといいな!


「・・・おう、頑張れや」


※リクエスト※同棲は1人前になってから諭したのに、いざ始まったら寂しくなって一緒に暮らしたくなるけどそんなことは露知らず一人暮らしを謳歌している相手にギリギリする爆豪勝己

正直失敗したと思ってる

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