「あ、アイスない」
お風呂上がりに適当に髪を拭いて首にタオルをかけながら、あ、今日アイス食べよう。って不意に思い浮かんで、少し濡れた髪のままパタパタと足音を立てながらキッチンに移動した。先を見越して買った冷蔵庫は結構大きいのに、中身がすごく充実したことは無い。下の方の冷凍庫を開けてお目当てのものを探すも、パッと見た感じめぼしいものはない。上の方の冷凍食品をどけてもなかった。あれ?食べたっけ。
「ねぇ焦凍、冷凍庫のアイス食べた?」
「アイス?食ってねぇけど、どんなやつだ?」
「ピノだよ」
「お前昨日食ってたぞ」
「えっ、記憶が・・・えっ?」
「すげー疲れた顔でぼーっとしながら食ってた」
「まじか・・・」
リビングでテレビを見てる紅白頭に声をかけると、こっちを向いてから話の内容について思い返す素振りをして、自らの無罪を主張した。そしてさらに昨日わたしは食べていたというのだ。たしかに、昨日めちゃくちゃ、それはもう本当に疲れてて帰ってからの記憶が朧気だった。夕飯を食べたのか、アイスを食べたのか、お風呂に入ったのか・・・。たぶん力を振り絞ってお風呂には入ったんだと思う。そのあとソファーに倒れ込んだと思う。だって焦凍に運ばれた気がするもん。
そうか、わたしは昨日亡霊のようになりながらアイスを食べていたのか・・・。なんか記憶がないからめちゃくちゃ損した気分。
はあ、とため息を着くと焦凍の声が耳に届いた。
「最近大丈夫か?」
「大丈夫か大丈夫じゃないかで言えば大丈夫じゃないかもしれない」
「記憶ないくらいだもんな。明日休みだよな?」
「たぶん・・・」
「・・・少し働きすぎだろ」
「仕方ないの・・・繁盛期なの・・・」
最近のわたしの生活は目に余るらしい。そりゃそうだ。焦凍より早く起きて仕事に行って、焦凍より遅く帰ってきて死んだように眠っての繰り返し。朝ごはんは野菜ジュースを10秒チャージして、お昼は寝起きの焦凍が握ったおにぎりを持っていく。夕飯は当社比で早めに帰ってこれたら焦凍が用意した夕飯を一緒に食べて、遅かったらラップされた夕飯を温める。
あれ、焦凍にお世話になりすぎてないか・・・?わたし女なのに何にもしてなくない?とくに料理。
焦凍は気にしてないというか、おにぎりとか夕飯とかも積極的にやってくれてる。用意しないとわたしが何も食べないかもしれないと疑っているらしい。まあ半分くらい当たってる。食べる時間あるなら寝たいというのが本音。でもそれじゃあ元気も出ないもんね。
「でも今日は早めに帰って来られたよ!」
「9時が?」
「うん・・・」
「まあ遅いと終電だもんな」
ありえねぇけど。そういう焦凍は少し機嫌が悪そうだ。そりゃ一緒に暮らしてる恋人が仕事ばっかで家のことやらなかったら機嫌も悪くなるわ。申し訳ない空気を全身で醸しだして、焦凍が座ってるソファーに腰を下ろした。同棲当初2人で奮発したソファーは柔らかくて座り心地が最高。
「ごめんね、いつも・・・」
「何に怒ってるかわかってるか?」
「わたしが家事しないから・・・」
「ちげぇ」
「え」
「心配してんだ。いつ倒れるかと思うと気が気じゃねぇ」
ごめんねをすると焦凍はこっちを向いてなんで怒ってるか聞いてくる。聞く必要ある?と思って答えたら違ってて。わたしの想像とは180度反対の答えだった。
家事をしないダメ女に呆れてると思ったら、わたしの体の心配をしてくれていたなんて。ちょっと目からウロコだったくらいには、わたしは自分を顧みないらしい。
膝の上に置いてた手をぎゅっと握られて、苦しそうな顔をした焦凍がこっちを見る。焦凍が心配してくれたことに不謹慎ながら嬉しさを感じつつも、その表情に、わたしはきっと酷いことをしているんだと突きつけられるようだった。
仕事ももう少し楽になればいいのだけど、それが出来ているのならとっくにしている。なぜ辞めないとかと言われればこれといって辞める大層な理由もないからだ。お金は稼ぐに越したことはない。でも、焦凍をこんな顔にさせてまで稼ぐ意味って何なのだろう。
「ごめん、」
「責めてんじゃねぇんだ。謝んな。ただ知っててくれ。俺はいつだって名前を心配してるってこと」
「・・・うん」
「俺がやれることは全部やる。だからお前は自分の体を大事にしてくれ」
「・・・うん、ありがと」
真剣に見つめられてそう言われて、伝わらないものなんてない。焦凍が大事にしてるわたしを、誰よりわたし自身が大事に出来てない。わたしは焦凍にこんな顔させたくて一緒に暮らしたんじゃないのに。
すぐには難しいかもしれないけど、なるべく自分を大事にできるように頑張ろう。仕事ももっと要領よくやったり、無駄を省けばもう少し楽になるかもしれない。恥ずかしがらず周りに助けを求めるべきかもしれない。そうしたらもっと、焦凍と夕飯を食べられるような気がするから。
「アイス」
「え?」
「買いに行ってくる」
「いまから?」
「食べてぇんだろ」
「でも、」
「名前は休んでろ、すぐ帰ってくるから」
色々変えていかなきゃと考えていたら焦凍が急に立ち上がってアイスを買いに行くと言い始めた。アイスはそりゃ食べたかったけどないなら我慢できるし何より焦凍に買いに行かせるのは全然ちがう。そんな焦凍に買いに行ってもらってまで食べたいと思わないし、行くならわたしが行けばいいことだし。まごつくわたしに焦凍はサッと上着を羽織って玄関に足を進めた。近くのコンビニに行くのだろう
「まって焦凍」
「、待ってろって。買ってくっから」
「一緒に行きたいよ」
「湯冷めするし髪も乾いてねぇやつがなに言ってんだ」
「か、髪は乾かすから!だから待って」
「名前、」
「焦凍といたいの。」
「・・・」
「焦凍と一緒にいたいの、お願い」
わたしの言葉に少しだけ目を見開いてから、焦凍は小さくため息をついた。はたから見たら大層なことを話しているように思えるが、これはコンビニにアイスを誰が買いに行くかという話だ。
そんな事だけど、わたしたちにとっては重要な話で。私の食べるアイスをわざわざ焦凍に買いに行かせたくないのと、一緒にいられる時は焦凍と一緒にいたいのと。焦凍がアイスを買いに行くと曲がらないなら、わたしがついて行けばいい。焦凍にとっては本末転倒になってるのかもしれないけど。
「髪乾かしてこい」
「、」
「行くんだろ、一緒に」
「・・・うん!」
パタパタと髪を乾かすために脱衣所のドライヤーの所へかけていく。鏡に映るわたしの顔はくまが酷い。こりゃ焦凍は休ませたくなるよ。わたしも焦凍がこうなら絶対寝かせる。でもきっと焦凍に同じように一緒に行きたいと言われたら、同じようにため息をついてから、少し嬉しそうにして髪が乾くのを待つのだろう。わたしは焦凍に一緒にいたいと言われたら嬉しい。
「おまたせ」
「ああ」
「アイス何個まで?」
「何個でも」
「太っ腹!」
「でも食べたらすぐ寝ろよ」
「焦凍も寝る?」
「寝る。お前を抱きしめながら」
「それは、早く寝ないと。」
だから焦凍も、少しでも一緒にいたいと思ってるからそういう風に笑ってくれるんでしょう?