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ふと意識が浮上して、重たい瞼を緩慢に持ち上げる。床で寝ていたらしい。体が凝り固まっていて音がなりそうだった。視界で揺れるカーテンの向こうは少しだけ空が白んできたようで、ぼんやりとした明るさがそこにはある。
昨日は、何をしてたっけ。なんで床で寝てるんだ。
横を向いていた体をゆっくりと仰向けにする。首だけで当たりを見渡すと、見慣れないソファーに飯田が寝てて、緑谷が向こうの床で倒れてて。麗日も奥のソファーで寝てる。そして、俺の横に、苗字が眠ってる。

そうだ、ここは飯田の部屋だ。久々に飲まないかと誘われて集まって飲んで、二次会で飯田の家に来たんだった。みんなそのまま寝てしまったらしい。今日は非番なんだろうか。俺は、たしか非番だったはず。


横に寝ている苗字の方に、そっと顔を向けた。静かな寝息をたてて、小さく肩が揺れている。長い睫毛に隠された切れ長のアーモンドアイが今はなりを潜めて、その瞳に映ることが出来ない。そうしてそのまま、少しずつ視線を下げる。すっと通った鼻筋の下、小さく色付いている唇。

こんなに近くで顔を見るのは初めてだ。もちろん寝顔も。苗字はこんなに、こどものようにあどけない顔で眠るのか。


なんとなく少し手を動かしたらなにかに触れた。あったかくて、柔らかい。たぶん、苗字の手。そう認識してから、何も考えずにそっと握りこんだ。細い指の隙間に自分の指を絡めて、その温度を確かめるように。



苗字が好きだった。高校の時からずっと。でも終ぞその想いを口に出すことも、態度に出すこともできなくて。ただひたすらにその後ろ姿を追っていた。歩く度に揺れる髪に。楽しそうに話すその表情に。いつも心を奪われては、噛み締めた下唇が痛かった。ずっと追っていたから、分かってしまっていた。
苗字が嬉しそうに笑ったり、見つめるその先。苗字の髪をぐしゃぐしゃと撫でる爆豪がいた。


好きだと気付いて、姿を追うようになってからすぐの失恋。初めて浮ついた心は無様にも相手に届けるまでもなく地面に落ちて汚れる。諦められたら良かった。失恋したから、じゃあ終わりって出来たら良かった。
でも苗字が笑いかけてくれたり、話をしたりするたびに地面に転がった心は何度も起き上がり、どんどん大きくなっていく。自分で制御しきれないくらいに大きくなっても、渡すことなんて出来ないのに。



背後からカーテンを揺らした風が、苗字の前髪も少し揺らす。触れたことはないけれど、柔らかいのだろうその髪はふわりとその向きを変えた。無意識に少しだけ顔を動かす。そうしてさっきよりも近くなった、その恋焦がれてやまない顔をまた見つめた。



爆豪と苗字は付き合って居なかったらしい。高校の時には、あの距離感では付き合っていると思っていたのにそうじゃなかった。麗日が苗字から聞いたと言っていたから確かだ。苗字の片想い。俺と同じ。
爆豪も満更でもなかったはずなのに、どちらも距離を詰めることなく、そのまま。俺が知ってるのはそこまで。卒業してからどうなったかは、分からない。
でもまだ指輪もしてないし、男のいる飲み会に顔を出すくらいだから、たぶん、付き合ってない。
あくまで妄想の話だけれども。
卒業してから苗字とも爆豪とも現場が重なることはあったけど、そういった話はしないから。周りからも聞かないから、きっと。


そうして昨日の飲み会で久々に見た苗字に、地面に転がった心が忙しなく動き出して。久しぶりと微笑まれて、何気ない話をして。
間違いなく、ここ最近で1番幸せな時間だったと言える。飯田の家に来てからも、俺もみんなも結構酔ってて。バカ騒ぎするメンツじゃないから盛り上がりのレベルはそれほどではなかったのかもしれないけど、楽しく飲んでいた。隣に座る苗字に浮かれた。そして、多分そのままみんな寝た。今の状況から、そうだろうと思う。



目と鼻の先の寝顔が恋しい。心が好きだと叫んでやまない。恋とは、こんなに苦しくて切ないものなのだろうか。それしかないなら、知らなくてよかったのに。
苗字はまだ爆豪が好きなんだろうか。爆豪の話が出ても顔色一つ変えなかった。もしかしてもう、好きじゃなくなったんだろうか。爆豪に向けていたあの愛おしげな眼差しを俺は忘れることなんて出来ないのに。
ずっと、俺に向けて欲しいと思っていたのだから。


どうして俺は、こんなに好きなんだろう。ずっと会っていなくても、なんで忘れられないんだろう。たまに会うだけで、どうして折れかけた気持ちが持ち直してしまうんだろう。
苗字が結婚でもしない限り、諦められないのだろうか。でも、もしかしたら結婚しても。
他の女性に目を向けてみたこともあった。でもどれもダメだった。いつも苗字がちらついて、相手と比べて、やっぱり苗字が好きなんだと再認識させられるだけ。ただひたすらに、愛してしまっていることを。


「・・・名前、」


心の中で何度も何度も呼んだ名前をそっと声にだす。小さすぎて吐息と混じって消える様。目の前の苗字に、届いて欲しくて、届かないで欲しくて。起きて笑いかけて欲しくて、でも起きないでこのままの距離でいたくて。
朝が来れば、また元の日常に戻る。距離がずっと遠くなって、たまに会う苗字に恋焦がれる日々に。


ゆっくり顔を持ち上げて、少し傾ける。そうしてそのまま少し前に動かして、目を閉じながらその小さな唇に自分の唇で触れた。
少しだけくっつけて、すぐ離れる。また頭を寝かせて、前髪がふれあいそうな距離でそのかんばせを見つめた。


この想いが唇から伝わればいいのに。寝ている時に勝手にしておきながら、そんなことを考える。


そうして、ゆっくり開かれたアーモンドアイに、俺の顔が映りこんで、



この恋の行方は

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