本棚 | ナノ

※何でも大丈夫な方向け※




大体の社会人が退勤する時間帯の駅のホームは様々な人でごった返している。反対側の電車が来ることを伝えるアナウンスや足音、電話をしている人や学生同士楽しげに話している声。それらが波のようにざわざわと鼓膜を刺激するが、頭痛が酷かったのでその喧騒もどこか遠くに感じた。
不意に近くで電車のアナウンスが聞こえて、それが自分が使う電車だとぼんやりと頭の隅っこで理解する。
行かなければ。
痛み止めはどこだったか。自分の家なのに普段自分で管理していないからこういう時に困る。
迎えに行ったら聞かないと。
電車が来るのを横目で認識して、足を踏み出した。

「焦凍くん」

透き通った声が後頭部に投げかけられて、踏み出した足が止まる。喧騒が消えて、何も聞こえないような世界のなか、もう一度その声は自分を呼んだ。

「・・・名前?」

緩慢に振り返ると大勢の人混みの中、雑踏に紛れるように名前はいた。今しがた、迎えに行こうとしていた名前だ。

「・・・いま、迎えに行こうと」
「そうだったの?はやく仕事が終わったから、さっき反対側の電車で来たんだ。」

そうしたら反対のホームに焦凍くんの目立つ頭が見えたから。
そうにっこり笑う名前に、つられて口元が緩んだ。

「さ、かえろう」

カバンを持っていない方の手をこちらに差し出す。電車も来ていて、ここで立ち止まっていては他の利用客に迷惑だ。
名前のいるホームの中心の方に足を動かして、伸ばされている手を握った。一回り小さくて、ヒーローの自分とは違う柔らかな手。
名前に先導される様にホームの階段を上がっていく。階段だと手を繋いでいると危ないし人も多いから離した方がいいのだけれど、いつも離したことは無かった。階段の端を邪魔にならないように登っていく。

「名前、痛み止めどこにあったか」
「痛み止め?どこか痛いの?」
「少し頭痛がな。でも大したことない。飲めば直ぐに治まりそうだ」
「そっか。無理しないでね。お家に着いたら教えるよ」

自分の家のことを分からなくても名前は呆れず答えてくれる。
繋がれている手をぼんやりと見つめながら、やっぱり名前のことが好きだなと思った。




名前との出会いは雄英高校1年の頃。文化祭の準備のため演出チームとして色々工夫しており、機材や物品の貸出や注文のために職員室へ向かった。その時に、貸し出しを担当している先生に先に話しかけていたのが名前だった。名前は自分の用事が終わると、次に俺が待っていたことに気づいて小さく頭を下げてその場を去っていった。それを何となく目で追ってから自分の仕事を思い出して先生に要件を伝える。打ち合わせも煮詰まって押しているから早く戻ってこいと催促されていたので何となく急ぎ足になってしまう。
貸し出しも注文も滞りなく申請でき、その書類を受け取って見た時に先生が声を上げたのでそれに顔を上げた。

「苗字さんの書類返さなきゃいけないのあったんだ・・・。あ、轟くんちょっとだけ頼まれてくれる?普通科のD組の苗字さん。さっき君の前に私に申請に来てた子なんだけど、返しそびれた書類があって。クラスに帰るついでにお願いしてもいいかな?」
「はあ・・・。わかりました。」

何となくさっき会釈をした女子の顔がぼんやりと浮かんだ。たしかこんな見た目だった気がする。
クラスへの帰り道だし、特に問題はない。書類を渡してすぐにクラスに戻ればいいのだから。
二つ返事で了承して、渡す書類を受け取ると踵を返す。
苗字、苗字。
苗字を頭の中で繰り返して間違えないように。クラスにいなくても間違えても他の生徒に渡せばいいのに、何故かちゃんと本人に渡さないとと、頭の片隅で強く思っていた。

「苗字さん、いますか」

目的のクラスに到着してドアから中に向けて声を発する。一部の生徒から何故だか悲鳴のような声が上がったが、なにか怖いものでもあったのだろうか。
奥の方に座って文化祭の準備をしていたであろう1人の生徒がこちらを振り向く。
あ、と口の中でこぼした。
先程あった、苗字だ。
苗字は周りにひと声かけると真っ直ぐにこちらに向かってきた。俺の目の前に立って、首を傾げる。

「轟くん、わたしに何かご用事ですか?」

すらっと伸びた髪がさらさらと揺れる。まあるい瞳に、すっと通った鼻筋。その下にちょこんとある唇が俺の名前を告げた。
俺の事、知ってたのか。

「あ、これ。先生から。さっき返しそびれたって」
「あっ!本当だ。ありがとう轟くん」

手渡した書類をまじまじと見てから、顔を上げてその瞳に俺を映す。そうしてすぐに三日月のように欠けて、小さな唇もやさしく形を変える。

「いや、大したことねぇ。クラスに帰りがてらだったから」
「そっか。でもありがとう」
「・・・俺のこと、知ってたのか」
「え?逆に、この学校に轟くんのこと知らない人いるかなあ?」

その人はきっとモグリだな。と腕を組みながら面白おかしく笑って、それに、と続けてまたふんわり笑った。

「轟くんとってもかっこいいから。体育祭の時から応援してたよ」

その顔から、なぜか目が離せなくなって。
じゃあありがとう、とクラスの中に戻ろうとする苗字の手を咄嗟に掴んだ。
掴んでから、あ、と思って、どうしよう、と頭に浮かぶ。

「轟くん?」
「あ・・・いや・・・。その、」

こういう時はどうするんだ。クラスの連中だったら、緑谷だったら、そう思いながら言葉を紡いだ。

「友達に、なって欲しいんだ」

ぱちくり。そういう効果音がつきそうなほど目を瞬いた。驚いた顔。そうか、驚くとこんな顔になるのか。なんて思いながら、今自分は何て言ったんだっけ、と思い出して急に冷や汗が出そうになった。
今日いま初めて話した男に友達になれなんて言われて、頷く奴がいるか?俺だったら見ず知らずの女子にそんな事言われてもすぐに頷けない。
でも咄嗟に掴んだ手はなぜか離せなくて。数秒が数分にも感じられた。そうしてやっと、苗字が口を開く。

「うん!もちろん!」

そうにっこり笑う顔から、また目が離せなくなった。






「痛み止めここだよ。この棚のね、2番目。」
「覚えとく」
「ほんとに?」

じっとりとした視線を送られて、ちょっとだけあっちを向いた。

「たぶん」
「焦凍くん、意外とズボラだもんね。服も脱ぎっぱなしの時あるし、靴下は1個どっか行っちゃうし」
「・・・」
「お薬のことも、すぐ忘れそう」
「・・・」

ズバズバと覚えのあることを言われて頭が痛い。いや、頭は本当に痛いのだけれども。
この前も靴下1つ離れ離れにしてしまってもう!と言われたばかりだ。

「・・・嫌いになるか?」
「まさか」

ズボラなのはもうずっと前から。寮生活の時から知られている。出会いから10年。俺と名前は友達になって。恋人になるのも遅くはなかった。卒業してからも交際は続いて、プロ4年目になってから同棲をスタートした。そこから、もう3年。お互いの知らないところはなかった。

「そんなところも含めて、焦凍くんのこと大好き。」

嬉しそうに、幸せそうに笑う名前の左薬指には、ひとつの宝石が輝く指輪。
同棲をスタートしてから3年になる時、俺はプロポーズをして。名前は、俺の大好きな笑顔でにっこりと頷いた。






「焦凍くんはプロヒーローになるんだもんね」

わたしはどうしようかなあ。
俺の部屋で鉛筆を口と鼻の間に挟みながら名前はそう言った。高校3年にもなると、学生は進路1色になる。ヒーロー科は紛うことなくヒーローへの道。どこかの事務所に所属してサイドキックとしてスタートするのが大半だ。
一方普通科やサポート、経営科は大学進学や就職など。沢山ある進路を自分で選んで決めなければならない。もちろん、普通科の名前もそうだ。

「名前は何かやりたいことあるのか」
「うーん。普通にOL?」
「おーえる」
「うん。雄英高校入ったのも、学校のブランドでいいところ就職できるかなって。」

頭は幸い悪くなかったので、と、にやりとこちらを見る。もちろん、推薦入学の俺だって頭は悪くないさ。授業を聞いていれば赤点なんてありえないのだから。

「雄英高校から推薦で大学行こうかなーって」
「ブランドで就職じゃないのか」
「ブランドで推薦入学!そしてブランド大学でブランド企業に就職!」

ブランドがゲシュタルト崩壊を起こしそうだった。
よし、そうと決まれば、勉強だ!
ガッツポーズを鉛筆を挟んだまま決めて、エイエイオー!と高く腕をあげる。
それにつられておー、と腕を上げると、名前は嬉しそうに笑った。あ、鉛筆落ちた。

「焦凍くんも、応援しててね。」
「ああ」
「わたしも、だーいすきなヒーローショートのこと、応援してるから」

すすっと隣によってきて、またにっこり笑う。それに1度瞬きをしてから、つられて笑った。

俺の守りたいもの。ヒーローとして守る大勢、そして何よりも。今隣で笑う、俺の1番大好きな笑顔。







「焦凍くん、今日はもう寝ようか」
「早くねぇか」
「頭痛い人が何を言ってるの?」
「薬飲んだら良くなったぞ」
「でも寝不足でしょ?」
「そうだったか」

風呂上がりに名前に背中を押されて洗面所へ連れ戻される。歯磨きを渡されて、ご丁寧に歯磨き粉まで出してくれた。しゃこしゃこと磨きながらそう言えば寝不足だったような気がしたなとぼんやり思う。
寝つきが悪くて、眠れてなかったかもしれない。だから頭が痛かったのか。点と点が繋がって線になる。
隣に目をやると名前もしゃこしゃこと歯を磨いていた。でも名前も俺を横目で見ていたので、バッチリ目があった。
にっこり。
満月が三日月になる。それにつられて、俺も目を細めた。

寝室までまた背中を押されながら移動して、広いベッドに入る。名前がもっと奥へいけと言わんばかりにぐいぐい入ってきたのでずるずると体をスライドさせた。
2人で住んでいるのとマンションには、一応和室はある。そこには冬は炬燵を置いてみかんを楽しむ名前曰く、スペシャルスペースになっていた。
実家も寮も和室で布団で寝ていたけど、名前はベッド派だった。こっそりとお互い寮に泊まる時、名前の部屋の方が多かった。ベッドに寝るのは最初は違和感が凄かったが、豪に入らば郷に従え、住めば都。そんな感じで慣れればどうということは無かった。じゃあ、あの必死の改装は一体・・・と思いを馳せた時もあった気がする。

寮を出てから、今のマンションに住んでいて、そこに名前が転がり込んできた。元々、転がり込むつもりだったらしい。だからマンションを一緒に見に行くとか、家具を一緒に見に行くとかやけに俺の事なのに張り切ってるなと思っていた。まあ俺も、いつかそうなればいいなと思っていたから、一緒に選ぶのは嬉しかったし、楽しそうにしている名前の横顔は見ていて何も飽きない。
寝室は洋室でベッドにすると言った名前は俺をじっと見つめる。きっと反対すると思ったんだろう。和室の布団。寮の部屋はそうだから。
じっと見つめられる中あっさりと賛成した俺に、名前はぱちくりと瞬いた。いいの?とほぼ決定!みたいなニュアンスで言ってきたのに今更不安になっている。そんなところがかわいい。
肯定を返すと引き返せないからね!!と再三確認して、不動産に伝えている。
名前の選んだ候補の部屋はどれも、和室があって。洋室第1な女なのに。そんなところが、やっぱり好きだと思った。

「名前」
「ん?」

横に寝転んでいる名前の方へ体ごと振り向く。呼ばれた名前も、最初は顔だけこっちを向いて、それから体も向きを変えた。

「明日は?仕事か?」
「明日はおやすみだよ。」
「そうか」
「焦凍くんは?」
「仕事」

せっかく名前が休みなのに。こんなことを思ってはいけないけど、行きたくないなと思わずにはいられない。
名前と過ごしたいと思った。

「仕事かあ。よしよし。頑張ってね」

ご飯作って待ってるからね。そういいながらその柔らかい手でやさしく頭を撫でてくれる。それが心地よくて。寝不足が祟ってか、すぐにうとうとしてきた。
今日は眠れそうだ。やっと、眠れる。

「名前・・・」
「ここにいるよ。焦凍くんが眠るまで名前作の子守唄でも歌ってあげようか」
「それはいい・・・」

名前は音痴だから、子守唄がデスメタルになってしまう。それは、眠れないかもしれない。
わたしの親切心を!と憤慨している名前を閉じかけた瞳で見つめた。
また優しく撫でて、やわらかく、笑った。

「おやすみ、焦凍くん」
「おやすみ・・・」

撫でられて眠った夜、とっても幸せな夢を見た。







「轟くん!」
「緑谷か。お前も来てたんだな」
「ちょうど周辺をパトロールしてて。」

敵出現に際して、出動要請があったのでその場に向かうと思ったより大人数の敵が大胆に暴れていた。人数が居ればどうにかなると思ったのだろうか。
ある程度確保して一息ついていると、緑谷が声をかけてきた。どうやら向こうでドンパチしていたのは緑谷だったらしい。他のヒーローも来ていた。せっかく大人数で来たのに、ヒーローも大人数とは。運がなかったな・・・。と伸びている敵をちらっと見た。運があっても俺に捕まるのだけど。
緑谷はこちらの顔色を伺ったあと、おずおずと口を開く。

「あの、轟くん、さ」
「ああ」
「・・・大丈夫、かなって」
「?なにがだ・・・頭痛は大丈夫だ」

大丈夫と聞かれるような怪我も事件もなかった気がする。寝不足で頭痛がしていたくらい。それのことだろうか。緑谷はなんでも分かってるんだな。

「いや、苗字さんの、事なんだけど」
「名前?名前がどうかしたか」

学生のころから付き合っていたから名前は俺を通して緑谷とも交流があった。仲良くしているのを見るのはいやだったが、楽しそうに笑う顔を見るのは好きだった。でも、名前がどうかしただろうか。緑谷になにか連絡でもしたのだろうか。
俺の返答に緑谷はサッと顔色を変える。

「あ、いや・・・」
「名前からなにか連絡あったか?」
「連絡って・・・。・・・轟くん、苗字さんは」

真っ青な顔のまま、でも言わなければという強い意志を宿した目をこちらに向ける。なんだろう。
でも緑谷がこの目をしている時は、大事な話のときだった。名前がどうかしたんだろうか。
その次を聞こうとしたら、端末に通信が入った。別の地区での出動要請だ。

「悪ぃ、呼ばれた。また後で聞かせてくれ」
「あ、轟くん・・・!」

すぐに次の場所へ向かおうと踵を返した。緑谷の呼び掛けがあったが、振り向いていられない。
また、頭がズキズキと痛くなる感じがした。







「おかえり!」
「ただいま」

仕事を終えてマンションに帰ると、玄関先で名前が手を広げて待っていた。エプロンにお玉を持っている。鍵が空いた音で駆けつけたのだろう。
その姿がかわいくて、靴を脱いでから腕の中に閉じ込めた。名前の匂いに交じってカレーの匂いがする。

「カレーか」
「うん!バターチキンカレーなのです!力作!」
「たのしみだな」

腕の中で得意げにしている名前をそのままにずるずると2人でリビングへ移動する。リビングについたらパッと離れて行ってしまったので、それに寂しさを感じながらカバンを置いて上着を脱いだ。

「さきにお風呂どうぞ!」

あったまってますゆえ!と鍋をくるくるとかき混ぜたまま言う名前に、じゃあお先に、と風呂場へ向かった。服を脱いでいると風呂場のドアが目に入った。正確には、ドアに貼り付けられたメモ用紙。
目を凝らして見ると「今日は草津の湯」、と名前の字とデフォルメされたうさぎ。
草津か、今度の休みをあわせて名前とのんびり行ってもいいなと考えて風呂場に入って湯船に浸かる。

「あー・・・」

久しぶりの湯船に、思わず声が漏れる。
名前はお風呂に浸かるのが好きだから、シャワーで済ますことはほとんどない。
俺も湯船に浸かるのが好きだった。名前と入るのはもっと好きだ。
明日は、一緒に入ろうと誘ったら入ってくれるだろうか。
照れながら、焦凍くんの頭で芸術的なヘアスタイルを作る!と喋る名前が簡単に頭に浮かんで笑った。






「焦凍」
「なんだ」

今日は仕事だから、と寝ている俺に行ってきますをした名前を寂しく見送って、2度寝をはかったとき。携帯がけたたましくなったと思ったら親父からの着信だった。メッセージだと既読すらつけないからそれを見越した電話だろう。無視しても、永遠にかけ続けるという悪質な対応をされるので渋々出た。
親父も休みだったらしい。実家に顔を出せとの事だった。すこぶるめんどくさい。頭も少し痛いのに。
でもおかあさんも会いたがっていると言われれば行かない訳にもいかなくて。布団が俺を離したくないと行っているのに、涙を飲んでお別れをした。
そして実家に来たと思ったらリビングではなく父親の部屋に呼び出される。ここまで来たのだからリビングに出てこいと少しイラついた。

「・・・やっと、落ち着いたようだな」
「なんのことだ」

俺の返事にピクリと眉毛を動かす。そうして親父にしては小さく口を開いた。

「・・・名前さんのことだ」
「名前がどうした」

なんとなく、デジャヴを感じた。頭も朝よりズキズキとする。
あ、そうだ。緑谷だった。あの時も名前がどうとか言っていた。
なんだ、みんなして、名前がなんなんだ。

「・・・まあ、いい。今日はこれを渡そうと思ってお前を呼んだ」

そういってテーブルの端に置いてあった白い冊子を中央へ動かす。
名前がなんなんだという苛立ちと疑問符を浮かべながらそれを手に取って開いた。

「・・・どういうことだ」
「お前にいいと思ってな」

中身は、女性の写真だった。これはいわゆる、お見合いと言うやつだろう。冊子を持つ手に力が入る。頭が痛くて、名前のことを暗に認めないという意志が酷く苛立たしくて。

「名前と結婚すると言ったはずだ」
「お前、まだそんなことを」
「まだ?挨拶だって済ませただろうが。なのになんだ?急に手のひら返しやがって」
「焦凍!!俺はお前のためを思って、」
「だまれ」

頭が痛い。なんでこんなに痛いんだ。頻度も高い。
名前、名前に会いたい。今日は早く帰ってくるんだろうか。名前がいつ帰ってきてもいいように風呂を沸かさないと。夕飯の蕎麦を準備しないと。
話しても無駄だと踵を返す。冊子はその辺にぶん投げた。何かにあたって、なにかが割れる音がしたがこんなものを寄越す親父がどう考えても悪い。

「焦凍!!いい加減現実を見ろ!!!」

後ろから怒号が飛んでくる。現実とはなんだ。名前といるこの日常が現実だろうが。それともまた個性婚と言うのだろうか。呆れてものも言えない。クソ親父はクソ親父のままだ。

足早に廊下を歩くと、リビングにおかあさんの姿を見た。そうだ、会いたいと言っていたでは無いか。
少し呼吸を落ち着かせて、声をかけながらリビングに入る。おかあさんは俺に気づいて駆け寄って口を開いた。

「焦凍!」
「おかあさん、元気だったか」
「こっちの台詞よ。焦凍、大丈夫なの・・・?」
「?俺は大丈夫だ」
「本当に・・・?たしかに、少し前より顔色はいいかもしれないけれど・・・」
「少し前?」

少し前とは、いつだろう。おかあさんとは、というか実家にはもうしばらく帰ってなかったから、会うのは久しぶりのはずなのに。
上から下までおかあさんは何度も俺を見て、大丈夫なのか確認している。なんだろう。
頭が痛い。

「2週間前にあった時は、もう、連れ戻そうと思ったくらい、酷かったから」
「2週間前?」
「覚えて、ないの?」

疑問符を掲げる俺に、おかあさんは涙を浮かべながらそれも、そうねとひとりごちた。
2週間前。2週間前・・・あった記憶は、ない。

「焦凍、本当に大丈夫なの?」
「だから、何が」
「名前さんのこと、」
「名前が、なんなんだ」

頭が痛い。心臓が速く脈を打っているのか、耳元で鼓動が響く。息が苦しい。
おかあさんの口が動く。
聞いちゃダメだ。聞きたくない。無意識に手を耳に当てて、塞ぎたくて、


「名前さんが亡くなってから、焦凍、ほんとうに見ていられなくて」






「結婚式は、焦凍くんは希望ある?どんなのがいいとか」
「特にねぇな。」
「そう言うと思った!」

結婚情報誌から顔を上げて聞いてきた名前に、スマホから顔を上げて返した。わたしはね、チャペルがいいなあやっぱり!とにっこり笑う名前に笑って返す。名前のウエディングドレス姿か。きっと世界一綺麗なんだろうな。

「でも、焦凍くんのおかあさんたちは和式の方がいいかな?」
「関係ねぇよ。名前のやりたいのをやろう。やりたいなら、2回あげればいい」
「2回?!結婚式は1回だよ!!これだからお金持ちは!」

ぷんぷん!と憤慨する名前に、和装もさぞ似合うだろうなと想像して顔が緩む。やっぱり2回あげればいいのでは無いだろうか。

「うーん、和装は、前撮りでやろうかな」
「前撮り?」
「うん、結婚式の前に、ドレスとか和装とかして写真撮るんだよ」
「そんなのあんのか」

ここに書いてあるよと結婚情報誌を見せてくるので、一緒になって覗いた。この結婚情報誌、金銭面のことめちゃくちゃ書いてあるな。

「前撮りは何着までいけるんだ?」
「え?そりゃ、2、3着じゃない?」
「名前はどんなドレスが着たいんだ?」
「え!えっとね!」

ドレスの話になったら途端に顔を明るくして携帯を取り出しSNSを開いてタグ検索をした。たくさんのドレスを着た女性の写真がでてきて、これとね、あとこんなのとか、あとねー、と嬉しそうに写真を見せてくる。その嬉しそうな顔が、本当に好きだ。

「全部着よう」
「・・・へ?」
「どれも見たいから、全部着よう。金は出す」

こういう時のために、こつこつヒーローやって貯めてきたお金がある。もし足りなくても、不本意だが名前にメロメロな親父にいえばぽんと出してくれるだろう。不本意だが。これも名前のドレス姿のためだ。

「焦凍くん、太っ腹・・・」
「太ってきたのなら名前の作る飯が上手いからだな」
「そうじゃなくて」








実家を文字通り飛び出してマンションを目指す。息が切れてるのは走ってるせい。心臓がうるさいのも走ってるせい。頭が痛いのもそう。
さっき俺は、何も聞いてないんだから。

「名前!」

ドアを開けて名前を呼んで、リビングへ駆け込んでも返事も姿もない。寝室にもいない。そりゃそうだ、名前は仕事に行ってるんだから。そう、仕事に行ってる。だから、帰ってくるのを待たなきゃならない。
もう少ししたら帰ってくるから。今日は定時だって、笑って言ってたから。

無心で風呂を洗ってお湯を溜める。入浴剤は、今日は別府にしよう。
キッチンに移動して冷蔵庫を開けると、昨日の残りが少し入ってた。これは、名前が詰めてたやつ。そうだ。名前がやってた。
冷蔵庫を閉めて棚の中にある蕎麦を取り出す。まだ茹でるのは早いから、準備だけ。薬味も用意しなきゃ。
また無心でネギを刻んで薬味用の容器に入れた。
あとは、帰ってくるのを待つだけ。

頭が痛い。痛み止めは、どこだったっけ。そう、あの棚の、2番目。
よたよたと足を動かして棚を開けると、目当ての痛み止めが入ってた。ほら、入ってる。名前がこの前教えてくれた通りだ。
1錠取りだして、キッチンで水を汲んで一気にあおる。コップをシンクに置いたまま、またよろよろと移動してソファに倒れるように据わった。
頭が痛くて、冷や汗が酷い。寒くて暑い。
名前、早く帰ってきて。

どのくらいそうしてたかわからない。ただひたすらに目の前のローテーブルを睨んでいた。
玄関の鍵を開ける音が響いて、それに飛び跳ねる様に玄関へ向かう。
ドアが空いて、名前が入ってきた。

「あ、焦凍くん!ただいま」

にっこり笑った、名前が。
靴を脱いでいる名前を勢いよくぎゅうぎゅうと抱きしめる。焦凍くん、靴が、と言っているのも聞こえないふり。

「もう、そんなに寂しかった?」
「うん・・・、うん、名前、帰ってこなかったら、って」
「えー?心配性だなあ」

腕の中から顔を上げて、また優しく笑う。
ほら、名前はここにいる。ここに、ちゃんといるんだ。





「なんか、辛いことでもあったの?」

お風呂に入ってまたすぐにベッドに潜り込んだ。名前も一緒に連れてきて、腕の中に閉じ込める。髪から名前の匂いがする。心底、安心した。
俺の様子がおかしいことに気づいたらしい、名前は腕の中で、やさしく聞いてくる。

「みんな、変な事言うんだ」
「ふーん?」
「そんなこと、あるわけ、ないのに・・・」

そう、あるわけがない。あるわけがないのに。
痛み止めを飲んでも、ずっと頭は痛いまま。

「大丈夫」

腕の中で名前は、肩口に顔を寄せてそう呟く。

「大丈夫だよ。」
「な、にが」
「そばにいるからね」

頭が痛くて、目が熱くて、胸が苦しくて。
苦しいよ、そう笑いながら言う名前の声を聞こえないふりをして、腕の力をより一層の強めた。







「出かけよう!」
「どこかいきたいところあるのか?」
「うん!ある!」

2人揃った休日。特に用事も無いため家でごろごろしていたら名前が咄嗟にそう言って立ち上がる。それにつられて寝転んでいた上体を起こすと、名前は着替えに寝室に駆け込んで行った。どこに行くんだろうか。とりあえず出かけるなら、着替えないと。
ゆっくりと立ち上がって寝室に向かう。ドアを開けたら案の定名前の生着替えが行われていた。

「・・・えっち」

確信犯だ。


「どこいくんだ?」
「えっとね、水族館!」
「水族館」

めいいっぱいオシャレをした名前は、車の助手席で携帯をいじって目的の水族館の住所を調べている。あった!とナビに住所を入力すると、AIがナビを開始するとつらつらと話し始めた。
そしてその行先に見覚えがあって、車を運転しながら名前に口を開いた。

「昔行ったところか」
「そう!焦凍くん覚えててくれたんだ!」
「忘れるわけねえよ」
「お薬の場所はわかんないのに?」
「それとこれとは話が違うだろ」
「違くない気が・・・」

途中のコンビニでアイスコーヒーを買ってたまに飲みながら運転する。隣でちびちびカフェオレを飲む名前は水族館が楽しみなのか目を輝かせながらソワソワとしていた。

初めて行ったデートが、件の水族館だった。雄英高校の時は電車で行ったから近く感じたが、車でいくと少し遠い。まあ、マンションとの位置関係もあると思うけど。

「・・・たのしみだな」
「うん!すごく!」

頭痛は、治まりつつあった。



「やっぱり綺麗だねー!すごい、ひろい!」
「あんまはしゃぐなよ」
「もう!子供じゃないんだから」

水族館に入館してすぐ子供のようにはしゃぐ名前に顔が緩んで、今にも1人で歩き出してしまいそうだと思った。楽しいと突っ走る癖があるから。利発的に見えて、実は子供っぽい。そんなところが好きだった。

「焦凍くん」

ぼうっと名前を見ていると、いつの間にか目の前に来ていた。遠くに行ってなくてよかった。名前は俺をじっと見つめたあと、そっと手を差し出して笑う。

「焦凍くん、いこう」

やさしく笑う名前に、つられて笑って。その手を握って歩き出した。


「すごいねぇ・・・」

大きな水槽の前で感嘆を吐いて、ずっと上を見上げる。色んな魚が自由に泳いでいて、雄大で、そしてどこか神聖だった。周りが暗くて、水槽が青く光っているせいだろうか。
隣の名前をそっと見る。幸せそうに目を細めて、水槽をじっと見ていた。


朝は名前に起こしてもらって、名前の作った朝ごはんを食べる。仕事のお見送りをお互いにして、夕飯は休みか早く帰ってきた方が作る。それを二人で食べて、あ、先にお風呂に入る時もあった。そうしてだらだらと過ごして、2人で布団に入って、温もりを感じながら眠る。

「綺麗だな」

名前と過ごしてきたこの10年間は、長かったようで短い。でもその中にたくさん思い出が詰まっていて、どれもが輝いている。喧嘩した時もあった。名前が飛び出して行った時もあった。
でも必ず、名前は帰ってきた。俺が絶対、迎えに行ったから。名前をずっと、離さないって決めていたから。

「次は、魚に生まれ変わるかなー。そうしたら、こうやって海の中自由に泳げるね」
「名前泳げねぇだろ」
「魚に生まれ変わるから泳げるんですー!」

かわいくて、綺麗で、わがままで、頭が良くて、寝癖が強くて、泳げなくて、逃げ足が早くて、

「じゃあ俺も魚になる」
「ほんと?いいの?」
「ああ」

笑顔が大好きで、真面目な横顔が大好きで、驚いた顔が大好きで、泣いてる顔も大好きで、涎が垂れてる寝顔が心底、愛おしくて

「じゃあ、来世もずっと、一緒だね」

名前。俺の名前。
来世も、その次も。ずっと一緒だ。








「ただいま」
「焦凍くんおかえり!!」

仕事を終えてドアを開けると、いつも通り名前がエプロンを付けて箸を持って待っていた。
靴を脱いでから抱きしめると、名前の匂いがふんわりと香る。

「名前ちゃん、会いたかったなー!」
「俺も会いたかった。」

ぐりぐりと肩口に顔を擦り付けて来る名前を抱きしめたまま引きずりながらリビングに移動する。そうすると名前はさっとキッチンに戻ってしまう。いつももう少し、イチャイチャしてもいいと思っている。実は。
カバンを置いて上着を脱いで掛ける。洗面所で手を洗って戻ってくると、いい匂いが充満していた。

「夕飯なんだ?」
「名前ちゃんお手製のビーフシチュー!朝から煮込んでた」
「すげぇな。」
「先お風呂入ってくる?」
「いや、待ってる。食器出すか」
「んーん!座ってて!」

ダイニングテーブルについている椅子を引いて腰を下ろした。肘ついて手に顎を乗せながら名前の後ろ姿を眺める。何かを切っているのだろう。包丁の音がリズム良く刻まれている。

「名前」
「んー?」
「もう、大丈夫だ」

リズム良く刻んでいた包丁の音が不意に止まる。
鍋の上の換気扇の音だけがごうごうと響いて、それ以外は驚くほど静かだった。

「・・・大丈夫?」
「ああ、大丈夫だよ」

名前は包丁をまな板の上に置いて、1度深く息を吐いた。そっかあ。そうぽつりと零す。






苗字名前は半年前、仕事から帰ってくる最中に敵に襲われて命を落とした。即死だった。
何も知らない俺は、風呂を沸かして蕎麦を準備して、のうのうと雑誌を見ながら帰りを待っていた。付箋の沢山貼られた旅行雑誌と結婚情報誌。名前が付箋のところを読んでおくこと!と仕事に行ったので、ちゃんと言いつけを守っていたのだ。

「・・・もしもし」
『もしもし。轟焦凍さんの携帯でしょうか。』
「はい、そうですが・・・」
『こちら〇〇総合病院の、』
「・・・え?」

読み終わっても、帰ってこない名前に何度か連絡を入れるも返事はかえってこない。おかしいと思っていたら知らない番号から電話が来て、病院だと言って、名前が、





「焦凍くん、おバカだよ」
「そうかもな」
「ちゃんと食べないし、寝ないし、風呂は溜める癖に入らないし」
「わりぃ」

以前、名前は向こうを向いたままぼそぼそと言葉を紡ぐ。その後ろ姿も焼き付けるように見つめる。瞬きすらもしたくない。

「・・・死のうと、するから、思わず、来ちゃったじゃん。」


あの日。名前とホームであった日。俺は確かに、死のうとしていた。無意識だった。
名前が死んだのが受け入れられなくて、毎日が地獄のようで。
迎えに行こうと思った。あの日、迎えに行けば名前は死ななかったのかもしれないという思いがずっとずっとあって。
だから、迎えに行かなければいけないと強く思っていた。
電車がくるアナウンス。横目で電車が来るのを確認して、足を踏み出そうとした。


「後悔してた。迎えに行かなかったこと」
「仕方ないよ」
「そう思えたら、飛び込もうなんて思わねぇよ」
「・・・」


名前は来てくれた。家に帰ろうと、手を引いてくれた。
名前が死んだのが信じられなかったから、名前が帰ってきてくれた事を疑問に思わなかった。
でも、どこかでわかってたのかもしれない。
名前といる時、親しい人とはついぞ会わなかった。きっと、そういうことだった。


「1番大切なやつ1人守れないで、なにがヒーローだ」


反吐が出る。あんなに誓ったのに。高校の時から、ずっと。
この笑顔を守るって、胸に深く刻んだのに。
自分が許せなくて、腹立たしくて。無意識に手に力が篭もる。この手はなんのためにあるんだ。


「わたしのヒーローのこと、悪くいうのは焦凍くんでも許さないよ」


いつの間にか横に来ていた名前が、強く握っていた手に触れた。そっと指を開いて、静かに重ねる。
名前の手はあったかい。やさしくて、あったかかった。

「焦凍くんはわたしのスーパーヒーローなんだから」


あーあ!上を向いて大きなため息とともに名前はそう声を上げた。座ったままの位置からじゃ、名前の顔は見えない。


「焦凍くんと結婚式あげたかったなあ」

二人で毎月買って読み込んだ。内容が同じようなとこ多いね、と笑ったな。

「新婚旅行もさ、海外も国内も計画してたのに」

旅行雑誌も引くほど付箋貼ったもんな。国内の温泉巡り、したかったな。

「子供はね、3人欲しかった!焦凍くん似の男の子と女の子と、わたし似の子」

俺は、あんな家庭環境だったから正直家族を持つのは怖かった。でも、名前となら。名前となら、きっと大丈夫だって。そう、思わせてくれてた。

「中年になったダンディな焦凍くんも見たかった。エンデヴァーに似てたら、ちょっと、困るけど・・・」

俺が中年ということは、名前も中年ということだ。きっと優しい顔をしている。今みたいに、にっこり笑う皺が、少し増えてるかもしれない。

「おじいちゃんになった焦凍くんと、お散歩したかった。家で猫飼って、縁側でお膝に乗せて、二人でお茶飲むの。」

洋室一択だったのに、家には縁側を作ってお茶も飲むのか。カフェオレは、流石に歳とるときついか。

「最期はね、焦凍くんの手を握って、焦凍くんより後に死ぬんだ。」

わたしの笑ってる顔みながら、目を閉じたらきっと幸せだよね。だって焦凍くん、わたしの笑顔好きでしょう?


それを聞いた瞬間、椅子を倒しながら立ち上がり名前を抱きしめた。強く強く、確かめるように。

「くるしいよ、」
「うん、好きだ、好きだよ、」

目頭が熱くなって、鼻の奥がつんとして。視界がどんどん悪くなったと思ったら、ぼろぼろと零れる。

「焦凍くん、やっと泣いた。実は泣き虫なのに、わたしがいなくなってからずーっと泣かなかったもんね」

よしよし、そう言いながら腕の中から手を伸ばしやさしく頭を撫でてくれる。それでまた涙が溢れる。

「名前、名前、ごめん、ごめんな」
「謝ることなんて何も無いよ」
「おれが、おれがあのとき」
「たらればは、もうやめようね」

名前を迎えに行ってたら。名前が仕事じゃなかったら。敵を別のところで捕まえていたら。
ずっと考えている。何回も何回も、堂々巡りを繰り返して。
でももう、やめるよ。名前が、そういうから。

「焦凍くん、もう死のうとしちゃダメだよ」
「うん、うん・・・」
「次は、来てあげられないからね。死んでも、わたしにあえないからね」
「わかった、わかったよ名前」

抱きしめている名前が、少し意地悪そうに笑った。視界が滲んでて、はっきりと見えないけど。
イタズラをした時の顔だ。

「本当は、こういう時は、わたしのことは忘れて幸せになってって言うんだろうけど。」
「うん」
「焦凍くん、わたしのこと忘れないでね」

名前の声を、匂いを、表情を。どれひとつも忘れることないように。
どんな顔もどんな仕草も、何が好きで何が嫌いかも。寝癖のついた寝起きの笑顔も。

少し体を離して、額をくっつけ合う。名前のまんまるの瞳にはぐしゃぐしゃの顔の俺が映る。


「焦凍くんが、ちゃんとご飯食べてちゃんと寝て、あ、家族も作っていいよ。それでね、ダンディなおじさんになって、かわいいおじいちゃんになって。その時がきたら」

名前はにっこり笑う。俺の、大好きな笑顔で。

「また会おうね。待ってるから、迎えに来て」
だから、笑って。

止まらない涙に濡れた顔のまま、名前の笑顔を見つめる。
そうして、なんとか、つられるように笑った。

「えへへ、焦凍くんの笑顔、わたしだいすき」

にっこり笑いながら、ぽろぽろと、名前の瞳から涙がこぼれ落ちる。

「ちょっとの間だけ、遠距離恋愛だね」
「、そうだな。名前は向こうで、結婚式のドレス、選んどけよ」

俺の歪な笑顔を見ながら、名前はぱちくりと目を瞬いて、また幸せそうににっこり笑った。


「前撮りの分も沢山選びすぎて、その金額にびっくりしないでよ」




きっと明日目が覚めたら、名前はもういないんだろう。でも、大丈夫だ。
名前と過ごした毎日は、きっと世界中の幸せを集めても、足りないくらいに、幸せだ。
だから、その時が来るまで。俺はずっと、この幸せと生きていける。


世界中の幸せを集めても足りない

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