やさしい体温 | ナノ

いつか、焦凍くんは左の個性を使うと思っていた。でもそれはほんとうにいつかで、こんなにすぐとは思ってなくて。彼とお父さんとの間にあったことは、大きくなってから彼の口から聞かされていたから。
なんとなくその時にはわたしがそばにいれたらと思っていた。
小さい頃から共にすごしてきたわたしがそばにいる時だと、自負していたんだ。

でも実際は違ったらしい。わたしから程遠いところで鮮烈で暖かい炎を灯している焦凍くんの近くにいるのは、高校生になってから少し同じクラスにいただけのクラスメイトで。
でも焦凍くんにとってはそうじゃないのかもしれない。彼との間に何かあったのかもしれない。焦凍くんのどろどろしたものを飽和する何かが。


「苗字、どうしたんだい?らしくない顔をしてる」
「・・・なんでもない」
「顔色が悪いようだよ」
「ちょっと熱かっただけ」
「君は雪女だから?まさか溶けるって言うのかい?」
「・・・溶けるかもね」


隣に座っている物間が珍しく心配したような顔をしているくらいには、わたしの顔色は悪いようだ。ただ勝手に思っていたことが、思っていたようにならなかっただけ。自己嫌悪してるだけ。体調も悪くないしいくら雪女でも溶けたりしないよ。


「ちょっと席外す」
「必要であればちゃんとリカバリーガールのところにいくといい」
「・・・ありがと」


重たい体に鞭を打って立ち上がる。未だに熱い炎は視界を占領していて。こめかみを汗が伝う気配がして、乱雑に拭いながら観覧席を後にした。




控え室の並ぶ廊下は涼しい。誰もいないことをいいことに壁に背中を預けて体の力を抜いた。遠くの方で轟音や歓声が響いている。勝負が着いたらしい。焦凍くんは勝ったのだろうか。相手の子も捨て身ではあったけど強かったな。まあ焦凍くんが負けるはずないか。
手を持ち上げて無意味に開いたり握ったりしてみる。


「悪いことじゃないじゃん、いいことだよ・・・」


焦凍くんが左の個性を使えるようになったのはいい事だ。少なからず焦凍くんが家族と向き合うきっかけになる。彼はきっと前に進むのだ。
だからこんな子供みたいな感情で、それを邪魔してはいけない。焦凍くんが個性のことを私に話してくれる時に、よかったねと笑っていなきゃいけない。そうしたらきっと、何も変わらずにそばに居続けることが出来るはずだ。


「戻ろう」


席に戻って観戦を続けよう。焦凍くんが勝ち進んでいたらまだ出番はあるんだから応援しなくちゃ。
壁から重心を前に持ってきて背中を離し、来た時よりもゆっくりとした足取りで歩き出す。大丈夫、わたしも進める。進んでいく焦凍くんについていける。
進むきっかけが、わたしじゃなかっただけ。そんなことで勝手に傷ついてるだけ。

壁にかけられた鏡にふと自分の顔が映った。寄りかかって乱れてしまった髪を手櫛で整える。

「酷い顔」
置いていかれた子供みたいな顔がそこに映っていた。




体育祭が終わって、反省会を教室でしたあと、下校せずそのまま教室に残っていた。いじっていたスマホには母から騎馬戦惜しかったねとの励ましのメッセージが飛んできていたので、来年は頑張るねと返す。
反省会ではブラドキング先生が、来年こそはB組で表彰台を埋めると意気込んで声を張り上げていた。それに鉄哲が呼応してうるさかったっけ。
トークアプリのトーク画面が並ぶページで、母の次に焦凍くんのトークがあり指で触る。「少し遅くなるかもしれないから先に帰ってても大丈夫だ」との返事に、デフォルメされたうさぎが待ってますの旗を振っている。


「名前、待たせた」
「焦凍くん」


トークアプリを閉じたところで、教室のドアが開き制服に着替えた焦凍くんが顔を出した。
座っていた椅子から立ち上がり大きめの机にしまって、机の上に置いていた鞄を持って焦凍くんの所へ向かい2人で帰路についた。


「トーナメント戦、どれも凄かったね!手に汗握っちゃった」
「そうか」
「わたしも騎馬戦もう少し頑張ればなあー」
「名前の騎馬も惜しかったな」
「6位だもん、そうでもないよ」


わたしの騎馬は6位で、トーナメントへの参加は辞退の生徒がでても叶わなかった。来年は騎馬戦って訳じゃないと思うけど、体育祭頑張って最後のトーナメントまでいきたいと、みんなの試合をみて思う。


「来年はトーナメントで待ってるよ!」
「それ、普通は俺が待つんじゃないのか?」
「まあまあ」

靴を履き替えてから校舎を出て、いつもの帰り道を歩く。少し遅くなってしまったから、共に帰路を行く生徒は疎らだった。


「名前」
「ん?」
「・・・今度の日曜に、お母さんに会いに行く」

その言葉に、自分の喉がヒュっと小さく鳴った。
隣を見上げると、焦凍くんは前を向いたままだった。
焦凍くんがお母さんに会いにいく。小さい頃からずっと会うことを拒んできた焦凍くんが。

わたしが何度か会いに行こうと言っても、その心は動かなかったのに。
「そっか」と呟いた声は震えていなかっただろうか。わたしは笑ってるだろうか。


「・・・それで、名前がよかったら一緒に来てくれねえか」
1人だと緊張しちまいそうで、とこちらを振り向きながらそういう焦凍くんに、その日は用事があって、と嘘をついた。

「大丈夫、お母さんも焦凍くんのこと待ってるよ。2人でゆっくりお話してきて」
「・・・あぁ」

焦凍くんのお母さんとは、わたしのお母さんがお見舞いに行く時にたまに一緒について行ってお話をしていた。焦凍くんが会いに来れない分、焦凍くんのことを伝えたくて色々話をした。その中で、焦凍くんのお母さんにわたしは「焦凍をよろしくね」と頼まれたのをまだ鮮明に覚えている。
それにはいと、いつか一緒にお見舞いに来ると返事をしたのに。
焦凍くんがお見舞いに行くと心を決めたのは、動かしたのはわたしじゃなくて。頼まれてたのに、焦凍くんのことを。

何が、はい、だ。どの面下げてで焦凍くんの隣に立てるんだ。
こんなわたしに、一緒にお見舞いに行く資格なんてない。


「結構、日が落ちてきたな」

焦凍くんの言葉に、視線を前に向ける。日が落ち始めていて、赤やオレンジに煌めく光が瞳の中に飛び込んできて視界を遮る。
眩しくて少し立ち止まっている間に焦凍くんは少し前を歩いていく。
進んでいく。わたしを置いて。
動けなくなっていた足を叱咤して、焦凍くんに追いつこうと歩き出す。ついて行かなきゃ。大丈夫。


焦凍くんがわたしを必要とする限り、前を歩き始めた焦凍くんに、わたしはついていける。


▼ かじかむ指先

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