やさしい体温 | ナノ

2021.12 拍手お礼小説


やさしい体温 番外編 中学2年生設定


「んーー」

渾身の力を振り絞って、お目当ての場所に背伸びをする。つま先がプルプルと震えるのを感じながら、指先は新しめのハードカバーへ。あと1歩という所で届かない。

背伸びに限界を感じて、一旦体勢を立て直す。止めていた息を吐き出して背伸びをしたせいでスカートから上がってしまったシャツを少し正した。

「というかなんでこんな高いところに新刊を入れたかなあ」

お目当ての本は、わたしのすこし届かない位置で堂々とその背表紙を見せびらかしていた。



事の発端は、夏休みが始まった所まで遡る。
学生の長期休暇と言えば、宿題は付き物である。国語数学英語その他もろもろ。テキストやプリントが山のように配布され(というかプリントに関しては、並べてあるものを端から重ねていき最後にホチキスで留めて、自分で冊子を作らされるというものだった)、学生は楽しみにしていた夏休みをこの宿題たちとどう共存していくか、それぞれの力量が試される。もちろんプリントのみに飽き足らず、自由研究や読書感想文など鬼門の課題も多々。

わたしはといえば、勉強はそこまで嫌いではなかったのでプリント冊子やテキスト等は中学は違うが幼馴染の焦凍くんと夏休み開始早々に終わらせた次第であった。
そんなわたしに残されたのが自由研究と読書感想文である。

自由研究はまあおいおいやるとして、読書感想文はさっさと仕上げたいと思っていたところに、近くの図書館でわたしの読みたい本の新刊が入ったとの情報をゲットし、早速その図書館に赴いたわけであった。が

「・・・」

その例の新刊は、何冊かは図書館の入口の新刊コーナーにあったようだが、それは全部借りられていた。諦めきれずに図書検索の機械で検索をかけると、同じ作者のコーナーに新刊を置いているという情報が目に入りそこに来た訳だが、そのコーナーはわたしの身長からは少し高く、手を伸ばしてもギリギリ届かない場所であった。
生憎脚立は全て他の利用者が使っており、すぐに借りられそうもなく。

ため息をついて、もう一度気合を入れて背を伸ばすことにした。これでダメならほかの本を読みながら脚立が空くのを大人しく待とう。

「ふんっ」

深呼吸した後にめいいっぱい背を伸ばしてつま先で立つ。指先が本の背表紙にあと少しで触れそうだ!








名前が読書感想文のために図書館に行くとメッセージアプリで連絡があり、それに習って俺も図書館に行くことにした。
学校の先生である姉は色んな本を持っていて、読書感想文には持ってこいの題材があるが、あえて図書館に行こうと思う。

姉がおすすめの本があると何冊か提供してくれても、中学校が違う俺たちが一日中一緒にいれる夏休みを一日たりとも逃したくないというのが俺の本音なので、その本は丁重に断り名前を追いかけて図書館に来た次第だった。


図書館のカウンターに会釈をして、名前を探す。新刊コーナーにいなかったので本を読むためのテーブルが並んでいる所まで見に行くが、そこにも姿はなく。
まだ本棚の所にいるのだろうと片っ端から覗いて歩いた。


本棚をいくつか覗いたところで、見慣れた横顔を見つける。夏休みなのに図書館に来るために制服を着ているのがそれらしかった。
一生懸命背伸びをして、ギリギリ届かない棚の本の背表紙触ったり掴もうとしたりしている。

そうやって頑張っているところが可愛くてつい眺めていたくなるが、そんなことをしていたらバランスを崩した名前がいつ倒れてしまうか分からないので、後ろからその本を取るためにそっと近づいた。


「これか」


中学になってから少しずつ伸びた背は、名前をとうに追い越している。
上から包み込むように本を取れば、口元に名前の髪が近づいて、俺の好きな匂いがふわりと香った。

「?・・・焦凍くん!もう来たんだねえ。本ありがとう!」

脚立が空いてなくて全然届かなかったの


振り向いて俺を確認すると、その小さな顔一面に笑顔を浮かべる。大きな目が俺を写した後に三日月のように欠ける。
小さな口が、図書館ということで音量を抑えながら言葉を紡ぐ様子に釘漬けになった。


大きかった名前はいつの間にか小さくなっていた。それを思い返す度に思う。この俺のただ1人の小さな幼馴染を、俺が守らなければ。

可愛らしくて、愛おしくて。


「焦凍くん?」

右手でその冷たい頬を撫でると、気持ちよさそうに擦り寄ってくる。
こういうことをするのは、後にも先にも俺だけであって欲しいと強く思う。


俺だけ。俺だけの小さな冷たいその温度。


▼ 夏の調べ

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