やさしい体温 | ナノ

 ゆっくり夢から覚めるように、意識が浮上した。二回瞬きをするとぼやけていた視界が鮮明になる。右手がよく知っている愛しい温度に包まれていて、そこに少しにやけて頬を寄せている焦凍くんがいた。
 なんだか長い夢を見ていた気がする。でもあったかくてやさしい夢。

「しょうとくん」

 わたしの声にちょっと遅れてから色違いの瞳がこっちを見てくれた。夕日で髪がきらきら光ってる。綺麗だなあ


「名前・・・?」
「うん、名前だよ」
「目、覚め・・・、っどこか痛いところは!あ、ナースコール・・・!」
「ちょっと待って」


 起きたことに気づいて慌てて立ち上がるから、座っていた椅子が倒れそうになった。枕元のナースコールに伸ばす手を言葉で制止する。口からでる言葉は寝起きの声みたいに、少し掠れている。あ、寝起きだった。バキバキに固まっている体を起こすと余計心配そうにする。頭が少し痛いだけで大丈夫だよ。
 座るように促すと焦凍くんは心配な視線をこっちに向けながらも座ってくれた。さっきまで繋いでくれていた手が離れているのがなんだか寂しく感じる。最近はずっと繋いでなかったのに。


「しょうとくん、手握ってて」
「・・・いいのか、でも」
「握っててほしいの」

 そういうと、焦凍くんは目元をきゅっと細めた。それからまるで壊れものみたいにそっと手を握るからなんだかおかしくなって握り返しながら笑う。つられた焦凍くんも口元を緩めて笑ってくれた。やっぱり懐かしい。もうずっとこうしていなかった。でもずっと、こうしたかった。

「みんな無事?」
「あぁ、名前がみんなを救けた。火事も鎮火して、誰一人かけてなんていない」
「そっかあ、よかった」
「俺も、救けられた。・・・俺はいつも、本当に守ってもらってばかりで情けねぇな」
「そんなことないよ。ねぇ覚えてる?小さい頃にヒーローになるって話したこと」

 そっと握られていた手に力が込められる。忘れるなんてできねぇと力強く言ってくれる焦凍くんが眩しい。

「わたしがヒーローになりたかったのは、焦凍くんを辛いこととか苦しいことから守るためだよ。だから、ちゃんと救けられてよかった。」
「名前・・・俺、」
「焦凍くん」
 今までひどいことしててごめんね。

 少し目を見開いて、またきゅっと目を細める。焦凍くんの表情よりわかりやすい人なんていない気がする。何か言いたそうな焦凍くんを遮って口を開いた。

「ごめんね、避けてて。自分でもどうしたらいいかわかんなかったの。でも、理由もわからないで避けられるのって辛いよね。わたし、本当にひどいことしてた。」
「そんなこと、ない」
「あるよ。あのね・・・、焦凍くんが左側を使った時にね、悔しかったの。わたしがきっかけになりたかったって、思ってた。ずっと一緒にいたから」

 だからしんどかった。あの時からわたしはずっとただの幼馴染でいることができなかった。

「焦凍くんの交友関係が広がると思って、離れてたんだ。・・・ずっと二人だけじゃダメだと思ったから・・・。ちゃんと友達も作って、わたしばっかりじゃなくてって・・・」

 ヒーローを目指す一人として、横のつながりは大切だと思うし、今までできなかった分友達と遊んだりできた方が焦凍くんには大事だと思った。
 静かに聞いてくれている焦凍くんの方を見ることができなくて、繋がれている手を見る。わたしの冷たい右手を握っている焦凍くんの左手はあったかい。

「でもね、」
「・・・」
「でも、本当は寂しかった。自分でしたことだったのに。わたしも友達といたけど、いつも焦凍くんのことばっかり考えてた。幼馴染をやめて、その他大勢の友達にならなきゃって思ってたけど、気持ち、ごちゃごちゃして・・・」
「名前・・・」

 視界がぼやけてきて、声も少し震えてしまう。力を貸して欲しくて手をちょっとだけ強く握った。

「・・・焦凍くんが、他の女の子といるのを見るのもなんか嫌だった。でも最近は近くに来られると変に意識したりドキドキもしちゃって、それで余計に避けちゃって・・・。でもね、焦凍くんが他の女の子を抱きしめてるのを見て、気づいたの」

 後悔していた。もうずっと前から好きだったのに、その気持ちに気づかないように幼馴染という関係で蓋をしようとしていた。
 ばかだよ、死ぬかもって思ってから好きって言いたかったなんて思って。



「わたし、焦凍くんがすき」

 そらしていた視線を焦凍くんに向けて、小さな声で伝えた。焦凍くんはその言葉に目を見開いている。そうだよね、好きって言われたって困るもんね。

「A組の子とお付き合いしてるから迷惑でしかないとおもうけど、ただ伝えたくて・・・」
「っ待て、待ってくれ名前」
「時間はかかるかもしれないけど、ちゃんと諦めるから、今は」
「名前!」

 身を乗り出して少し大きな声を出した焦凍くんに少しびっくりして口を閉じる。焦凍くんは変な顔をしている。わたしが喋るのをやめたのを確認して、また椅子に座り直した。繋がれたままの手が強く握られている。


「俺は八百万とは何にもねえ」
「え?だって、あの時抱きしめて」
「あれはよろけたのを受け止めただけだ。八百万のことはクラスメイトで、それ以上の気持ちはない。」
「そうなの・・・?」
「あぁ・・・名前」

 焦凍くんがじっとこっちを見る。その瞳が語る感情を、確かにどこかで見た気がした。そう、今までも、何度も。





「小さい頃から、守ってくれてて、ずっと手を引いてくれていた。俺はそれにずっと甘えていた。幼馴染でいたら、ずっとこうしてそばにいられると思って。」
 でもそれと同時にずっと思っていた。小さくてやさしい幼馴染ともっと近づきたい。ずっとずっと、そばにいたい。幼馴染としてじゃなく、愛しい人として。

「俺は、ずっと昔から名前が好きだった。他の誰にも渡したくない。離れるなんて、考えられない」

 今度は名前が目を見開く番だった。名前の言葉を聞いて、気持ちが抑えられない。ずっとずっと願っていた。名前も同じ意味で好きでいてくれたらいいのにと。
 避けられた時はもう絶望的だったのに、その理由を聞いたらむしろ逆の意味だったから正直拍子抜けした。でも同じ気持ちじゃなかったら、八百万のことなんて気にもしないだろうから。どうやら二人とも遠回りをしてきたらしい。

 体育祭の時だって、いつだって。俺を支えてくれていたのは他でもない名前なのに。後でちゃんとわかるように伝えていこう。どんな時もずっと想っていることを。失ってからじゃ遅いから。


「すき・・・?わたしを?」
「ああ。好きだ。名前、好きだよ」
「・・・じゃあ、諦めなくていいの?」
「諦められたら困る」
「ほんとに・・・?」

 何度だって言う。今まで言えなかった分、言わなかった分。もう何も誤魔化す必要なんてない。
握っていた手に力を込める。冷たくてやさしい体温が心地いい。もう、離したりなんてしない

小さくて強くて、誰よりもやさしい幼馴染。俺の、俺だけの名前。

「名前が好きだ。これからも、ずっと手を繋いでいてくれ」

 大きい瞳からぽろぽろと溢れる涙さえ愛しい。自分のせいで泣くのは二回目になってしまったけど、こっちの涙は、流れててもいい気がする。だって、あの時とは違う。
 ちゃんと、泣きながら俺の好きな笑顔でいるから


「わたしも、焦凍くんがすき。」
 もう離れたりなんかしないよ

  
 涙を右手の指で掬うとくすぐったそうに笑って。すきだと囁いてくれるその小さな唇に自分のを寄せた。短いキスをして額をくっつけたまま笑う。
 触れ合っているところから伝わる体温は、いつも何よりもやさしい。



▼ やさしい体温

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