やさしい体温 | ナノ


 どうか夢であってくれと強く抱きしめることしかできない




「名前!!」


 一層冷えた場所で倒れ込んでいる背中に駆け寄る。そばで膝をついてよく見ても名前以外の誰でもなかった。全身に霜が降りていて、その伸ばされた右手からはいまだに個性が発動され続けている。うつ伏せの名前を膝の上に抱き寄せても反応はなく、その瞼は固く閉ざされたまま。

「轟、こっちのB組の生徒はおそらくガスを吸って倒れたようだ」

 名前が守るように折り重なって倒れていたB組の生徒は目立った外傷もないが名前同様目を覚さない。障子の声かけで見ていたB組の生徒から視線を名前に戻す。自分の体が震える。目の前の名前を信じたくなくて。

 体は今までにない以上、恐ろしく冷たい。本当に人間の体温なのか。頭からの出血の痕が、その傷の酷さを物語る。それに筋肉が硬直しているのか、腕や足が伸ばされたまま動かない。呼吸が、弱い。震える手で首に触れるが、その指先が脈を感じ取ることはできない。
 自分の呼吸が速くなって、息苦しい。大丈夫、小さいけど息があるから、大丈夫だ。そう言い聞かせてそっと胸のあたりに耳を寄せる。自分の息遣いがうるさくて煩わしい。今までにないくらい全神経を耳に集中させた。・・・小さく、弱く、ひどくゆっくりな音が微かに鼓膜を揺らした。


「・・・障子、急いで先生か救急隊員を呼んできてくれ」
「ああ、急ぐ。」

 声かけに障子はB組の生徒を木の幹に寄り掛からせる。名前を一旦地面に寝かせて、上着を脱いだ。少しでも、温めなければ。

「轟」
「なんだ」
「すぐに連れてくる。・・・大丈夫だ」

 そう言って走り出した障子の背中を見つめた。大丈夫。そうだ、きっと、大丈夫だ。
上着でくるんだ名前をもう一度抱き上げ、左の個性を使って自分の体温を上げた。いつかの小さい名前に言われた言葉がふと頭の隅に浮かぶ。今の名前は、あの時の子猫より小さく感じた。
 個性を発動し続けている右手を、左手でそっと握る。額に頬を寄せて口を開いた。

「名前、もう大丈夫だ。」
火事も鎮火して、クラスメイトも無事
俺も、名前が守ってくれたから無事だった
敵もいなくなった

「だから、もうやめていい。もう大丈夫だから」

 どうか届いて。これ以上やると、本当に取り返しがつかなくなるかもしれないから。もう大丈夫だから。もう守り切れたから。


「名前・・・、いつも、守ってくれてありがとな」
 擦り寄る額が氷のように冷たい。鼻の奥がツンとして、目頭が熱くなる。
幼稚園のいじめっ子から、小学校の時の好奇の眼差しから、孤独から、親との確執から。名前はいつだってずっとそばで、心も体も守り続けてくれている。今この瞬間もずっと。
 守られ続けてばっかりでごめん。弱くて、意気地なしで、頼りないかもしれない。でもこれからは、

「俺が名前のことも名前が守りたいものも守るから・・・。そばにいられなくてもいい。生きていてくれれば、何も望まないから」


 偶像の神様はいなかった。信じたことすらない。神様がいるなら、お母さんは苦しまなかった。小さい頃の自分だってあんなに辛くなかった。だからいないし信じていない。
 でも、
 
 今にも消えそうな呼吸も、止まりそうな心臓も。俺にはどうすることもできないから。ただひたすらに、素敵だと言ってくれた温度を伝えるしかできないから。だからどうか。


「名前、」


 神様、いるならどうか。腕の中のこの温度を、




 何十分、何時間にも感じられた時間は、ものの数分だったらしい。障子は相澤先生と救急隊員を連れてきてくれた。温度の戻らない腕の中の名前は救急隊員に引き取られ、医療機器がどんどんつけられていく。そのうち始まる心肺蘇生。名前の個性はいつの間にか止まっていた。相澤先生が消したんだろうか。運ばれていく名前をぼうっと見つめる。血の気の失せた頬は白すぎていっそ人形のようで、これは夢なんじゃないかとどこかで思う自分がいた。

 ガスによる昏倒15名、重軽傷者11名、無傷13名、拉致1名。名前はどれにも当てはまらない、唯一の心肺停止だった。



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