やさしい体温 | ナノ

 ドラム缶風呂に入って温度を一定に保つのがかなりキツい。今までほぼ使ってこなかった左側の調節が思ったより難しかった。しかもずっとお湯に浸かり続けているから指先がふやけてなんだか気持ちが悪い。今夜の風呂は湯船に浸かるのはほんの少しでいいと訓練終わりに心に決めた。


 終わったらすぐに食事を食べられるわけもなく。カレーを作れと言われれば飯田だけが異様な盛り上がりを見せて、疲れを隠せない生徒全員でカレー作りが始まった。料理は今までしてきたことがない。家では冬美姉さんが主に作っているのを専ら食べる係だ。包丁の握り方さえも危ういので、カレー作りの担当は鍋に火をつけたり鍋を運んだり、皿などを洗う調理以外のチームに配属された。

 米を炊くために左側で火をつけて、疲れからかぼうっとその火を眺めてしまう。中学生の時は、夏休みに姉がいない日は名前がよく簡単な昼食を作ってくれた。使い終わった調理器具を洗うのを理由に一緒に台所に立っては横で調理をしている名前を眺めて。それをお腹が空いて待ちきれないんだねと笑った名前に曖昧に返事を返しながら、ただ傍で見ていたかっただけという理由はそっと心にしまった。名前は色々な料理を作ってくれる。レシピを見ながら一生懸命作っている姿を見るのが好きで、横文字の並んだよくわからない名前の料理も楽しみに待つことができた。失敗した時に照れ笑いをしながら、練習して上手になったらまた食べてと言われて、ああまた作ってくれるんだと嬉しくて。

 そんなことが高校でもプロになっても当たり前に続いていくとあの時は思っていた。根拠も理由もなくそばにいると信じて疑わない。もうずっと、名前は俺の一部だった。だから、離れていかれるのがこんなにも痛い。時間があれば名前のことばかり考えて。思い出に縋り付いている。自分が女々しい。



 近くで食器を洗っている音で我に帰り、固まった膝を伸ばすように立ち上がる。どこかで火を必要としている生徒がいるかもしれないと周りを見渡すと、今しがた考えていた後ろ姿が視界の端に映り込む。そばに行きたいのに、どんな顔を向けられるか不安で足がすくむ。なにも考えずに駆け寄っていた過去の自分が羨ましい。
 少し見ていると、どうやら野菜を切り終わって火をつけようとしているところみたいだ。いくなら、今しかない。すくんでいた足を叱咤して歩き出す。遠くに感じていたのに、歩いてみれば意外と近くだった。名前に声をかける前に横にしゃがみ込んで火をつける。さっきと同じことをするのに、緊張からか少し手が震えた。火をつけ終わって立ち上がると、お礼を言いかけた名前がこっちを見て口をつぐんだ。


 名前と久しぶりに目が合う。まるで何年もそばにいなかったみたいに感じる。名前の声で名前を呼ばれるのが、こんなにも幸せなことだなんて昔から知っていたら。
 火をつけた後に一言交わして、間に沈黙が横たわる。なにも喋らない空間も心地よかったのに、今になっては何か言葉を紡いだ方がいいんじゃないかと自分の中で言葉を探していたら、名前の小さい声が耳に流れ込んでくる。


「あったかくて綺麗だね。・・・体育祭の時も、そう、思ってた・・・」
少し、熱すぎたけど


 その言葉に、様々な感情が胸に押し寄せてきて息をするのすら難しくなった。目の辺りが熱くなって、胸が苦しくて。

名前。好きだ。好きなんだ。もうずっと前から。

「名前・・・。」

いつだってどんな時だって名前の言葉に救われてきた。俺も返していきたい。そばにいたい。触れたい。


「苗字、お鍋が焦げるよ」

 無意識に伸ばした手が、その声に止まる。名前の横に立つ物間はこっちを睨みながら言葉を紡ぐ。向こうで火が必要なのは本当のようだが、明らかに別の感情があるのか言葉に苛立ちを隠していない。当たり前のように隣に立つ物間に、またどろりとしたものが溢れてくる。
 このままここにいても名前と2人で話すチャンスはなさそうだから、後ろ髪を引かれるがその場を後にした。

 
 歩きながら、伸ばした手を見つめる。名前の言葉に高揚したまま触れなくてよかった。ちゃんと想いを伝えてから触れたい。それが最後になっても。


▼ 思い出すのはネバーランドのことばかり

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