やさしい体温 | ナノ

 夜風に揺れる木々の音色は、なぜか人間の恐怖心を煽っていく。暗く、灯りが心許ない道では、その歩みすら戸惑い足がすくむほど。真夏なのに薄寒い空気は、心まで冷やしてしまいそうだ。・・・ということで合宿3日目になり、夜に肝試しが開催される運びとなった。最初の脅かし役はB組。
 わたしはというと、足元から冷気を出してひんやりぼんやりを演出していた。脅かし役というよりは雰囲気作る役みたいなものだ。一緒にいるポニーちゃんはツノでなんかこう色々浮かして驚かせたりしている。

 草葉の陰でしゃがみ、ぼーっと肝試しルートを眺める。意識しなくても冷気を垂れ流しにできるから疲れなくていい。その分集中することもないし、人が来てもやることもない。スマホは、昨日落としたところに戻ってみてもなかった。手元にないからゲームもできない。誰か拾ってくれたんだろうけど・・・。


「名前、チョーシ悪いですか?ワタシ、あなたのこともっともっと知りたいからわかります!」
「え?」


「ここ、シワよっています」と眉間をぐいぐいと押される。いつの間にか寄っていたという眉間の皺は、白くまろい指で押したり撫でたりを繰り返されなくなったのだろうか。指を離してそこを確認すると、満足げな顔で鼻を鳴らした。


「調子悪くないよ」
「じゃあ、考えごと?」
「うーん」


 何も考えてないと言えば嘘になる。考えないようにしても、考えることは山ほどあった。しゃがんでいる足元を見る。乱雑にのびた草を意識して触ると、たちまち霜が降りてその様相を白く変えた。

 昨日、夜にあった出来事が昼の訓練以上に神経を擦り減らした気がする。・・・焦凍くんが女の子を抱きしめていた。美人な隣の席の子を。そりゃあ、男の子だし高校生になったから、そういうこともあっておかしくないのだけど。焦凍くんはついこの間までそういう感じではなかったから、意外と考えもついてなかったのかもしれない。いや、考えの中にはあったのだろうけど、それが現実になるとは思ってなかったんだ。
 焦凍くんの、これからのためにたくさん練習した「よかったね」はちゃんと言えていただろうか。・・・というか。抱きしめているのをみた時になんであの場から逃げ出してしまったんだろう。その場で茶化す勢いで話しかけてもよかったはずだ。でも、それができなかった。


「・・・なんか、自分のことがよくわからなくて」
「?」
「友達と思っている人が、他の女の子を抱きしめてて・・・なんか、逃げたくなっちゃって」
「ウーン・・・shock?だった?」
「ショック・・・そう、だったのかな」


 ショックだった。そう言われると、そうかもしれない。立ち尽くして、心臓が変な音を立てていて。焦凍くんが声をかけたからその場から逃げたくて。いつかはこういう日が来ると思ってたのに、それが思ったより早くて、ショックだった。でもなんでショックなの?


「なんでショックなんか」
「Best friendがとられたと思ったのでは?」
「とられた・・・」

 焦凍くんをとられてショックだった。でもとられるって、別にわたしの焦凍くんじゃないし。

「別にわたしのじゃないし・・・」
「でもイヤだったと思いましタ?」
「いやって・・・」
「名前にとって、その人はどのような人ですか?thinking!」


 立っていたポニーちゃんが、隣にそっとしゃがみこんだ。肝試しをいう日本の遊びに、彼女は楽しく真剣に取り組んでいるので、視線は前を向いたままだ。それに倣って、わたしも前を向いた。まだ回ってくる生徒はいない。

 わたしにとっての焦凍くん。小さい頃はわたしの後をついて回っていた幼馴染。大きくなるにつれて昔みたいな満面の笑みはなくなって。わたしにしかわからないような笑顔を見せてくれる人。わたしのためにクーラーをつけてくれたり、アイスを買ってくれたり、甘やかしてくれる。いつの間にか、背も、靴の大きさも、手のひらも。全てがわたしより大きくなっていて、わたしが気づかないうちに、男の子になっていた。
 焦凍くんが近かったり、前みたいに触れられると心臓が早く動くようになった。なんとなく見られるのが気になって、朝鏡を見る時間が増えた。焦凍くんを変えるのは自分でありたかった。危険が伴う時も、そばで背中を守りたかった。他の人よりわたしを優先しようとしてくれるのが本当は嬉しかった。クラスメイトたちと焦凍くんが一緒にいるのを見るより、女の子と一緒にいるのを見る方がなんだか居心地が悪くなった。抱きしめているのを見るのが辛かった。どろどろとしたものが溢れ出てきて、どうしたらいいかわからなかった。
 あの子はこれから焦凍くんと色々な時間を過ごしていく。わたしが過ごしてきた時間よりも長くなるかもしれない。手をつないだり、抱きしめあったり、出かけたり。焦凍くんのあの部屋で、勉強をしたり、お昼寝をしたり。もうあの場所がわたしの居ていい場所じゃなくなっていく。


 そんなの、そんなのすごく嫌。焦凍くんの部屋でお昼寝するのも、勉強するのも、わたしでありたい。前みたいに手を繋ぎたい。抱きしめられたい。あの、やさしい体温を感じていたい。幼馴染じゃなくなっても、1番そばにいたい。
 わたし、

 わたし、焦凍くんのこと、好きだったんだ。

すとん、と音がした。そこにあるべき所に、収まった感じがした。焦凍くんが好き、いつの間にかそうだったらしい。気づいてみれば簡単な事だった。あの、心臓が早くなることも、どろどろとしたものが溢れることも。


 今更、気づいたところでもう遅いけど。焦凍くんはあの子のことが好きだから、この気持ちはどうにもならない。でも昨日の、焦凍くんから逃げた関係のままではいたくない。
 この気持ちが報われなくても、ちゃんと伝えよう。ちゃんと伝えて、潔く振られよう。元通りの幼馴染に戻れなくとも、せめて友達でいたい。ずっと避け続けていたことを謝りたい。焦凍くんは、少なからず傷ついた顔をしていたから。お母さんのお見舞いも、一緒にいかなきゃ。・・・物間にも、ちゃんと返事をしなきゃ。


 隣にしゃがんでいたポニーちゃんが、わたしの方にそっと寄りかかった。今日ここにいるのが彼女じゃなかったら、もしかしたら気づけなかったかもしれない。もしかしたらそんなことはないのかもしれないけど、そうであって欲しいと思う。

「・・・ポニーちゃん、わたし、その人のこと好きだったみたい。気づくの遅すぎてもうダメだけど、ちゃんと伝えようと思う。きっと困らせるだけだけど・・・。」

 金色の頭に、自分の頬を寄せた。ツノには当たらないように注意して。
「ありがとう、ポニーちゃん・・・ポニーちゃん?」

 擦り寄っても反応がない。わたしがずっと考えてたから暇になって寝ちゃった?顔を上げて確認しようと体を動かすと、ポニーちゃんの体がぐらりと揺れて目の前に倒れ込んだ。

「ポニーちゃん!どうしちゃったの!?」
 ぐったりと倒れ込むポニーちゃんを揺すっても返事はない。顔色が悪い。体調が悪かった?いつから?とりあえずクラスメイトに言って先生を呼んできてもらわなきゃ。そう思って顔を上げると、先ほどまでと空気が違うことに気づいた。おおよそ自然界の色ではない煙が、あたりを漂っている。口と鼻を覆うも防ぎきれなくて、吸い込んだ煙のせいで噎せ込んでしまった。煙の作用か、急に頭がクラクラして立っていられなくなる。見上げた空は、向こう側がやけに明るくなっていて、こことは違う別の煙が立ち上っていた。
 火事だ。どうして?火を消さなきゃ。この煙は誰かの個性?敵がいる?それとも考えづらいけど自然現象?ポニーちゃんは無事なの?みんなは?焦凍くんは?
そんなことを考えていたら、煙を吸って意識が朦朧としていたのもあってか背後から近づく気配に気づかず。頭に強い衝撃を受けて、視界が暗転した。





 熱い。熱くて溶けてしまいそう。
名前がいうとシャレになんねぇ、そう頭の中でいつかの焦凍くんが言った。
不意に意識が、海の底から上へ上がるようにゆっくり浮上する。ゆるゆるとまぶたを開くと、周りはやけに明るかった。

「火が・・・」
 どのくらい倒れていたのかわからない。でも、火がわたしたちの周りに回ってくるのには十分な時間だったようだ。隣にはポニーちゃんが倒れ込んでいる。意識はない。
 頭が痛い。ズキズキと響いて、痛みと先程の煙のせいで思考がまとまらない。
誰かに殴られたのだろうか。わたしの顔まわりはわたしのであろう血で汚れていた。やはり、敵の襲撃なのだろうか。合宿地を変えたのに、どうしてここがバレたんだろう。不自然な煙はもうほとんど残っていない。
 それよりも、みんなは大丈夫だろうか。わたしみたいに殴られたり、ポニーちゃんみたいに煙を吸って倒れている人がいるかもしれない。火もどんどん燃え広がっている。このままだと森が大火事になってしまう。みんなも、倒れていたら火を避けることはできない。焦凍くんは無事だろうか。

 覆い被さるようにポニーちゃんを抱き寄せる。わたしのそばが1番危険で1番安全だった。
投げ出されている右手に、意識を集中する。この辺一帯に行き渡らせるように。でも人は、仲間には行かないように。

「よかった・・・」

 右手の先から霜が降り始め、あたりを凍らせていく。青い炎はわたしの氷で無事に鎮火できるようだ。ポニーちゃんも凍っていない。2日だけだけど、合宿の成果が無事に出そうだった。

 意識する。遠くまで。炎が消えるように。敵の足留めができるように。みんなを守れるように。
頭からは血が流れ続けている。煙を少なからず吸っているせいで、意識ももう途切れ途切れだ。でも、一度目が覚めてよかった。わたしにしかできないことが、できる。
 吐く息は白くなって、寒さで体が震え始める。手先からどんどん霜が降り始めていく。寒いと思ったのは、これが人生で初めてかもしれない。でもここでやめてはいけない、守るんだ。森も、みんなも。

ーわたしがんばってヒーローになる!ヒーローになって、焦凍くんを痛いこととかつらいことから守るの

どこかで倒れてるかもしれない、怪我をしてるかもしれない、敵と戦ってるかもしれない。そんな焦凍くんを、少しでも、遠くからでも、守るんだ。

それがわたしの、オリジンなんだから。



「好きって、言いたかったな・・・」
 強烈な眠気に、瞼は抗うことができなかった。


▼ この温度を、その温度まで

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