やさしい体温 | ナノ

 浸かったお湯が少し熱くて、すぐに体が温まる。お風呂は好きな方だけど、個性がら長湯ができないのが残念だ。湯船の縁に頭を預けて上を見ると、お月様が眩しいぐらいに輝いていた。
 みんなで作ったカレーは相乗効果があってかかなり美味しく感じた。普段食べている量より食べられた気がする。口の端にカレーがついてしまったのを物間に見られて笑われたのは少し癪だったが。


「・・・」
 食べ終わって片付けをして、みんなでお風呂に入る前に携帯を見ると焦凍くんからメッセージが。メッセージ自体久しぶりで少しびっくりしてトーク画面を開くと「後で話がしたい」と一言だけ。焦凍くんらしい。もしかしたらさっき話したいことがあって来てくれていたのかな。意外と時も場所も選ばない人だからなあ。
 でも話すことってなんだろう。最近のわたしのことかな。あからさまに避けすぎている自覚はあった。でもしょうがないよ、そうしないと色々ダメだったから。もっと友達といてほしいし、わたしも変に意識しすぎるのをやめたかったし。
 結局、近くにきて名前を呼ばれるだけでドキドキしてしまったから、距離を置く意味はなかったのかもしれないけれど。でも切奈たちが好きとか恋とかいうから余計意識しちゃった気がする。
 焦凍くんには、お風呂上がりは時間あるよと返すとすぐに既読がついた。普段あんまり携帯見ないのに、たまたま開いていたのかな・・・。待ち合わせ時間や場所を決めてトーク画面を閉じた。

 
「わたしもう上がるね」とみんなに告げて一足先に湯船を出て、脱衣所でスキンケア等行い寝巻きにしている部屋着に着替えた。時計を見ると待ち合わせまで少し時間があるが、スマホをいじりながら脱衣所を後にする。待ち合わせにしている場所はもう目と鼻の先。ソファにでも座って、なんの話がきてもいいように心構えをしておかなきゃ。そう思って、スマホをポケットにしまおうとしながら顔を上げた。


「え・・・」
 

 顔を上げた先、10メートルも距離のない場所に、焦凍くんがいる。後ろ姿だけどあんなおめでたカラーの頭は彼以外にこの合宿所にはいない。焦凍くんだけならすぐにでも向かうのに、全く足が動かない。
 焦凍くんの前に、誰かいる。誰かなんてわかってる。クラスの隣の席のあの女の子だ。何か話しているようだけど遠くてよく聞こえない。でも女の子の顔が少し赤いのはわかる。そんな顔になるような話をしているんだろうか。心臓が変な音を立てて早くなっていく。もう待ち合わせの時間になるんだから行かなきゃ。そうしてぎゅっと瞼を閉じて、開けたことを後悔した。
 
 焦凍くんが、あの女の子を抱きしめていた。手の力が抜ける。頭から冷水を思いっきり被せられたように感じて、立ち尽くしてしまう。なんで、そんなところで、そんなことしてるの。
 
 スマホが音をたてて廊下に落ちたことで、初めて離してしまっていたことを理解した。それと同時に、その音に気づいた焦凍くんが振り返る。驚いているその二つの瞳には、わたしはさぞ顔色が悪く見えただろう。

「名前、」

 話があるって、そういうことなのかな。でも、わざわざ見せなくてもいいじゃん。なんか、変に心構えしてたわたしが馬鹿みたいじゃん。


 焦凍くんと女の子に見られているのが居た堪れなくて、焦凍くんが呼んでいるのを無視して、急いで踵を返す。もたれる足を叱咤してなんとか進むけど、いったいどこに行けばいいんだろう。脱衣所にでも戻ればいいかな。

「名前!」


 というかなんでわたしあの場所から逃げてるんだっけ。なんでこんなに辛いって思うんだろう。胸の苦しさは、息切れから来る物じゃない気がした。
 気がついたら脱衣所は通り過ぎていたみたいで、もうとりあえずまっすぐ進もうと思ったのに、ひんやりとした手がわたしの左手を掴んだせいで身動きが取れなくなる。


「名前」
「・・・しょ、とくん」

 振り返れない。自分がひどい顔をしているのをわかっているから。

「急に走り出して、びっくりした。どうし」
「なんで、追いかけてきたの」
「は?なんでって」
「あの子のところにいてあげなよ・・・置いてっちゃったら、勘違いされちゃうよ」
「あの子って、八百万のことか。勘違いってなんだ、俺はお前に話が」
「ダメだよ、・・・・好きな子放っておいて、他の女子追いかけたら」
「・・・何言ってるんだ、八百万はそんなんじゃ」


 八百万、八百万ってその名前を聞くたびにどろどろとしたものが溢れてきて、吐いてしまいそう。なんでこんな思いしてるんだろう。わたしなんで、こんな、

 よかったねって、言わなきゃ。赤い顔してたんだからきっと両思いだねって。いや、抱き合ってたんだからもう、そいういう関係なのか。振り返って、笑顔で、言わなきゃ。よかったね、焦凍くん。よかったね、よかったね


「よかっ、」
 振り返ったのに、視界がぼやけて焦凍くんがよく見えないや。なんか声も引きつってうまく言えない。わたしちゃんと笑ってるかな。

「名前、」
 焦凍くん、なんでそんな顔してるの?



「おいおい、女の子を泣かせるとかA組も落ちるところまで落ちたな」

 その声とともに、わたしの手を掴んでいた焦凍くんの手が払われて、誰かがわたしと焦凍くんの間に入ってきた。瞬きをして視界が少し良くなったところで見上げると、今日よく見た横顔がそこにはあった。


▼ 練習した笑顔で

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