やさしい体温 | ナノ


「名前、今日は」
「ごめんね焦凍くん。今日も一佳たちと訓練してから帰るから、先にクラスの人たちと帰ってて!」
「・・・わかった。あんまり無理すんなよ」
「うん、ありがとう」
「・・・」


 焦凍くんに嘘をついてお昼を食べなかったあの日から、わたしは焦凍くんといる時間を意図的に減らした。せっかく友達ができてきているのに、わたしばっかりにかまっていたら交友も深められないし。
 登校は一緒にして、昼休みや下校はなるべく一緒にならないようにするのは意外と大変だ。焦凍くんもわたしが避けているのにはなんとなく気づいてるっぽいけど、何度も何度も一緒にいてくれようと声をかけてくれる姿に、胸が痛まないはずがない。それと同時に、必要とされているんだと、他の人より優先されているんだと錯覚しそうになる。
 わたしはその他大勢のうちの一人にすぎないのに。


 今日も訓練があるからとここ最近の謳い文句で断ると、焦凍くんは目尻をきゅっと細める。これは言いたいことがある時の顔だ。意外となんでも考える前に話してしまう焦凍くん。それを言わせないようにしているわたしは、ずるくてひどい人間だ。


「・・・最近、家に来ないから姉さんが会いたがってる」
「あー・・・最近訓練してるから疲れてそのまま帰って寝ちゃうことも多いしね。また今度行くね」
「顔見せに来るくらい、いいだろ。眠いなら俺の部屋で寝ればいい」

 前みたいに。焦凍くんの声は話しているうちに尻すぼみになった。
下校を一緒にしていないので、必然的に轟家には行かなくなった。一緒に帰ってないからというのを理由にすると、でも中学の時は別だったのにきてたじゃんと矛盾してしまうのでこれは使えない。今のところは訓練で疲れて家で寝てしまうのが1番怪しくない。まあすでに避け続けているのがバレかけているので怪しいも何もないんだけど。
 

 焦凍くんの部屋に二人きりでいるのが、わたしにはもうなんだかしんどい。あの部屋に入ってしまえば、戸を閉めてしまえばもう逃げることができない。距離感のおかしい焦凍くんに心臓が早鐘を打って、わたしがわたしじゃいられない。
 フラストレーションの溜まっている焦凍くんと二人きりになることは、わたしたちの関係を良くも悪くもするだろう。


「なんかそれは悪いよ」
「俺は気にしねぇ」
「わたしが気にするよ。夜だって遅くなったら焦凍くん送ってくれるから迷惑になっちゃう」
「俺が送りたくてしてるんだ。迷惑なんて言ってねぇだろ」
「・・・」
「・・・なぁ、俺なんかしたのか。情けねぇ話だが自分では気づけねぇところで名前に何かしちまったんじゃねぇのか。謝るから教えてくれ」

 
 ねぇ焦凍くん。そんなに傷ついた顔しないでよ。わたしだってそんな顔させたくないんだよ。

 力なく喋ってそっとわたしの手を握ってくる手は、いつもよりひんやりしているのに汗ばんでて。少し前のわたしであれば、その手をきつく握り返しただろう。


「焦凍くんなんにもしてないよ。考えすぎ!本当に訓練で疲れちゃうだけだって!ほら、雄英生だし、最近物騒だからわたしもちゃんと鍛えないと。ね?」
「・・・お前は俺が守るから、無理しなくていい」
「守られるだけじゃダメだよ!わたしも焦凍くんに背中を預けてもらえるようにしたいもん」
「もう十分預けられる。だから」
「ダメ。今のままじゃダメなの。」


 強さも、気持ちも、この関係も。今のままじゃ全然だめ。わたしは心も身体も強くなって、あなたとの距離を測り間違えないようにしなきゃいけないんだから。


「じゃあ待たせてるからもう行くね。みんなと気をつけて帰ってね」そう言って握られている手を解いて踵を返す。一佳たちが待っているのは本当だから急がなきゃ。わたしが急に一緒に昼食を取るようになったり、訓練に誘ったりしても何も聞かないで一緒にいてくれる。とってもいいクラスメイトを持った。わたしもちゃんと友達と交流を図らないと。他に目を向けないと。
 いつか焦凍くんの隣に誰かが並んでも、笑顔でいられるように。


「名前」
「・・・なぁに」

 背中に投げかけられる声に、振り向かずに返事をした。

「今度お母さんの見舞いに一緒に行って欲しい。名前の時間のある時でいいから」
「・・・うん、今度行こうね」


ー焦凍くん、お母さんのお見舞い行こう?
ー・・・今度な。
いつかの逆になっていることに、少し苦笑いが漏れた。



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