やさしい体温 | ナノ

 一部が波乱の職場体験を終え、学生とは切っても切り離せない期末試験の期間がやってきた。
普段から授業はしっかり聞いて勉強もしていたので今焦る必要もなく、いつも通りに試験の勉強も進めていく。
そう、いつも通りなので、わたしは焦凍くんと焦凍の部屋で試験勉強をしていた。
部屋にはペンを動かす音とページを捲る音だけが響いていて、ちょっと前なら全然気にならないのに、今のわたしには少しだけ居心地が悪かった。
 
 教科書を見ているふりをして、ちらりと向かいに座る焦凍くんを盗み見る。問題を解いているせいで少し下向きになっているせいか、前髪が目にかかっている。体が揺れるとさらさらの前髪の隙間から切長の目が垣間見えた。かっこいいなあ。

 いつまでも見ていると焦凍くんに気付かれそうなので、問題集に視線を落としてみる。数学は少し苦手だ。公式を覚えればいいって言うけど、そうもいかない気がするんだけど。


 最近はなんだか心がごちゃごちゃしていて、その所為かぼうっとすることがおおくなった。実技の授業中でも心ここに在らずだと一佳に少し怒られた。まあわたしのせいで負けたから仕方ないんだけど。
 体育祭の後から、わたしはわたしの心に振り回されている。焦凍くんのしがらみを解いたのが自分じゃなくて、こう言ったら悪い言い方なんだけどぽっと出の同級生だったり、そばにいて支えたり一緒に戦いたいと思った時もそこにいたのはその同級生で。

 わたしは焦凍くんの1番そばにいるつもりだった。幼馴染だから必然とそう思っていた。でも、そうじゃなかったようだ。そばにはいたのかもしれないけど、焦凍くんに変化をもたらすようなことはできなかった。良くも悪くも、わたしはわたしのまま、焦凍くんは焦凍くんのままでいることしかできなかった。それが悔しかった。
 傲慢な心は、わたしじゃない誰かに変えられてしまった焦凍くんに勝手に苛ついて、どうにもならない。


「名前」
「えっ、な、なに?」
「手が止まってる。分からないところでもあったか」
「あ、えと、この問題が」


 ペンでトントンとノートを叩いていたところを見られていて、それが問題に行き詰まっていると思ったらしい。焦凍くんはわざわざ席を立ってわたしのすぐ隣に移動してきて、問題集を覗き込む。ノートに書いて丁寧に教えてくれているのに、わたしの心はそれどころではなかった。
隣にいる焦凍くんの腕も肩もガッツリくっついている。今までそうだったからおかしいことはないんだけど。
 一緒に帰って、いつもと違う手の繋ぎ方をして、見つめられてしまってから、わたしはおかしくなってしまった。焦凍くんが近いと無駄に心臓がばくばくする。ひんやりした腕が気持ちいいのに、体は逆に熱くなってしまう。今までこの距離感でいたのかな?ほんとに?過去のわたし返事して。
急に離れると変だろうから離れるに離れられなくて。まっったく問題が頭に入ってこない。せっかく教えてくれてるのにごめんね。でもこの問題が分からなくて止まってたわけじゃないから大丈夫なんだよ。
 そんなことをぐるぐると考えていたら、急に左手がひんやりとしたものに包み込まれた。焦凍くんの手だ。


「えっ・・・しょ、焦凍くん?」
「あぁ」
「手、どうしたのかなって・・・」
「特に意味はない。問題解けそうか?」
「あ、うん、説明ありがと。えっと、問題解くから手を」
「?左手は使わないだろ」
「そうですね・・・」


 このまま解けってこと・・・?今までの勉強中もそうだったか思い出してるけど、手を繋いで問題解いたことはないと思う。脳内で検索かけてもヒットしないし。
手を離して欲しいなーと視線を送っても全く伝わってないのか逆に目尻を下げて微笑まれたらそのまま問題を解くしかなくて。
 手を繋ぐなんてよくしてることじゃんと思いながら問題に意識を集中させてペンを走らせていく。元々わかってる問題だから集中したらすぐに解けるし解けたら席に戻ってもら・・・お・・・!?

「しょ、焦凍くん」
「なんだ」

 握られていた手が解かれたと思ったら、するすると指を撫でられ、そのまま絡まっていく。優しく握られたまま、焦凍くんの親指がわたしの親指を何度も撫でる。心臓がより早く動いて、もう問題なんて解いてる余裕がないくらい思考回路がしっちゃかめっちゃかだ。


「と、トイレいく」
「おう」

 焦凍くんの手を解いて忙しなく立ち上がる。このままここにいたら本格的に頭がおかしくなりそうだ。なんかこの前から焦凍くん距離感おかしい気がする。近い気がする。というか振り返ってみても今までのわたしたちの距離感近かったのでは?それを普通にしてたのに、なんで今は普通でいることが出来ないんだろう。
 わたしの心は傲慢に苛立ったり、焦凍くんといると心臓が速くなったり忙しすぎる。どうしたいんだわたし。気持ちがジェットコースターに乗ってるみたいでしんどい。前のわたしに戻りたい。


焦凍くんの部屋を足早に出ていくわたしを、焦凍くんが見つめていたことなど気づきもしなかった。


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