やさしい体温 | ナノ

部屋に置いてある勉強机に、体を丸めて頬を付け目を閉じる。ひんやりした温度が肌に伝わってきて気持ちがいい。
はぁ、と息を吐いて目を開けると、ベッドの隅に置いてあるブサイクなぬいぐるみが「あんた何ため息なんかついてんのよ」と目で語り掛けてくる。
別にため息なんてついてないし、と思って机を見ると少し氷っていたので、やっぱりため息をついてたみたい。

「あーー、こまった…」
机におでこをぐりぐりしたら少し痛かった。





焦凍くんはお母さんのお見舞いに無事に行けたようだった。学校の帰りにお母さんと話したことを少し嬉しそうに話している焦凍くんはかわいかった。


「名前、ずっとお見舞い行ってくれてたんだってな」
「え?あ、うん。焦凍くんを何度か誘った時以外にも行ってたかなあ。わたし焦凍くんのお母さん好きだから」
「そうか。・・・お母さんが俺のことよく知ってて、何でだろうって思ってたら、名前がお見舞いに来てくれてたってお母さんが言ってて」


そう言いながらわたしに顔だけ振り返る焦凍くんは、中学校のときや高校入学の時よりもずっと優しい顔をしていた。
お母さんと仲直り?なのか?できて良かったなあとその顔をみて思う。わたしはこれを望んでいた。
焦凍くんと焦凍くんのお母さんが昔みたいに、同じ笑顔で話している所をそばで見るのを、ずっと望んでいた。出来れば、一緒にお見舞いに行きたかったけど。

今まで、お見舞いに行って焦凍くんのことを話していたことは無駄じゃなかったんだ。
なんだかほっとして、背中のリュックのショルダーベルトを握り背負い直した。目の前の横断歩道の信号が赤に変わったから、2人で足を止める。並んだ靴のサイズが見るからに違くて、何となく違和感があった。


「俺のためか?」
「え?」
「俺のために、俺の代わりに、お見舞い行ってくれてたのか?」


焦凍くんの言葉に顔を上げると、色違いの目がこっちを見ていた。

焦凍くんは目で語る人だと思う。言葉は主語がなかったり、冗談を真面目に受け取ったり。表情もそんなに変わらない。言葉が少なくて、何を思ってるのかわからないっていう人が多いけど、そんなことは無いのだ。
今だってほら、焦凍くんの色違いの目が雄弁に語っている。その視線に、胸が熱くなる。


「・・・うん」
わたしが会いたいっていうのも、あったけど・・・

その視線から逃れたくて、わたしはまた靴を見た。リュックのショルダーベルトをぎゅっと握っていると、左手にひんやりとしたものが触れた。焦凍くんの手だ。力任せに握っていたわたしの指を解いて、腕を下ろしてくれる。手は、焦凍くんの手に握られたままだった。


「・・・ありがとな」
「・・・うん」
「名前はいつも、俺のために何かしてくれてるな」
「そんなこと、ないよ」
「そんなことある」


焦凍くんに握られた手が熱い。見られてる左側が熱い。
握られた手が少し離れて、ほっとしていたら指を絡めてまた握られる。あれ?こんな手の繋ぎ方したことあったかな。心臓が速くなって、なんだがくすぐったい。
並んでいる靴を見つめて気づいた。もう小さな頃みたいに同じサイズじゃない。手も身長も私より大きくて。


なんで気づかなかったんだろう。
どうして今気づいちゃったんだろう。
焦凍くんは、男の子なんだ。





そんなことがあって、何となく焦凍くんとの距離を測りかねていた頃、職場体験なるものが始まった。
焦凍くんと同じところに行きたいようで行きたくなかったわたしは、焦凍くんの職場体験先を聞いてほっとしていた。
エンデヴァーの事務所は炎熱系のヒーローが多いからわたしには合わない。一緒が良かったけどごめんねって謝りながら心の中で一息ついた。
焦凍くんもわたしが溶けてしまったら困るから元々わたしに職場体験のオファーが来てても断るように言うつもりだったようだ。だから溶けないってば。


エンデヴァーの所に行くのも、きっとあの体育祭がきっかけになったんだろうなとぼうっと考える。焦凍くんが家族と向き合うきっかけを作ってくれたあのA組の子は、あんなに体を張って焦凍くんと向き合っていた。焦凍くんを救けようとしていた。焦凍くん自身のしがらみから。
わたしもあんな風にできたら良かったのかなとか思ったりしたけど、考えるのはやめた。
考えるだけ無駄な気がしたのだ。



さてさて、職場体験ではわたしはオファーの来た中から、無難に自分の個性と合うところに行くことにした。雪山などの救助も気になったが、とりあえずヴィランと戦ったりする都市部の事務所に申請を出してみた。

職場体験に行ってからはパトロールや、ヒーローがヴィランと戦ってるところを目の当たりにして、実際にヴィランと戦うということはどういうことなのかを肌で感じた。相性の悪い相手だとこうも防戦一方になったり怪我をおったりするのか。
そして焦凍くんたちがUSJで戦っていた時のことを思い出してゾッとした。相澤先生でもボロボロになる相手がまだ何人も居ると思うと、焦凍くんもわたしもこの先ずっと五体満足で生きていられる保証なんてないのだ。


自分のヒーローへの姿勢を考え直す必要があると思っていた時、ヒーロー殺しのことがあちこちで報道される。ヒーロー殺しやヴィランが沢山でたところは、焦凍くんがメッセージで行くといっていた保須市で。
高校生がヒーロー殺しに遭遇してエンデヴァーが救けたと行っていたから、その高校生はきっと焦凍くんだ。


「もしもし、焦凍くん?大丈夫?怪我は?」
『大丈夫だ』
「ニュースみて、焦凍くんかもって思って、連絡したら入院してるって言うから・・・わたし・・・」
『心配かけた』
「ホントだよ・・・USJといい今回といい、なんで学生なのに危ない目に・・・」
『名前?泣いてんのか?』

泣いてないよと言っても鼻がぐすぐす鳴ってしまうので、焦凍くんにはきっとバレてしまっている。
焦凍くんが心配だったり無事で安心したりなんでそばにわたしがいないんだろう、出来ないとわかっててもわたしも一緒に戦いたかった、というごちゃまぜの感情が目から溢れ出てしまっている。


『泣くな』
「泣いてないよ」
『泣くなら俺の前で泣いてくれ』
「、え?」
『俺のいない所で泣いてると思うと辛い』


それってどういう意味?と口から出かけて、スマートフォンから聞こえてくる焦凍くんの声に口が動かなくなる。
焦凍くんは電話の向こうで誰かと話している。焦凍くんの口から出た相手の名前に、酷く聞き覚えがあった。

「・・・焦凍くん、他にも一緒に巻き込まれた人がいたんだね」
『お?ああ、緑谷と飯田が先にいて加勢した』

それ言っちゃダメだって!と慌てた声が向こう側から聞こえる。そうだった、忘れてくれと焦凍くんらしい言葉に乾いた笑いが漏れた。

「・・・とりあえず無事でよかった、A組の人たちも」
『ああ。名前は体験先で怪我とか大丈夫か?』
「うん、大丈夫。もう時間だから切るね。また連絡する」
『名前も気をつけろよ』
「うん、ありがとう。じゃあね」


耳から離して、轟焦凍と繋がっている電話の赤いボタンをタップする。すぐにホーム画面に設定した焦凍くんと推薦合格の時に撮ったツーショットが表示された。

まただ。またあのA組の緑谷くん。
わたしがしたかったことを簡単にやっている。
きっと偶然が重なってその場で共闘したんだろうけど、モヤモヤしたら気持ちは止まらない。
緑谷くんがいなかったらわたしがそこにいた訳でもないのに、理不尽に嫌な気持ちになっている。
わたしの場所が、焦凍くんの隣が取られると思って。


「・・・というか、わたしの場所って、」
おこがましいにも程があるでしょ、わたし。


ツーショットのホーム画面は省エネモードで暗くなったあと、完全に沈黙した。


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