Kiss me before I rise. | ナノ

「わわ、かっちゃんすごいすごい!!」


目の前の明るい透明な箱の中。銀色のアームはちゃらちゃらと軽快な音を立てて動く。左右に開いた後にウィーンといいながら降りた先には、おねだりをしたくまのぬいぐるみが鎮座していた。




握っていた手をきゅっと引いて、かっちゃんの視線をこっちに集める。かけ声と手にちらりとこちらをみたかっちゃんは、その後にわたしが欲しいと言ったぬいぐるみをみた。


「似たようなのあんだろ、家に」
「違うよ、これは違うかわいさだもん、ねえおねがい」
「・・・」


かっちゃんの頭のなかには、きっと家の中の色んなところにあるぬいぐるみが浮かんでいる。それらと照らし合わせて、同じやつだと思っているらしい。
でも全然違うのだ。あのソファーに置いてあるくまのぬいぐるみとは、全くもって違うのだ!違いのわからないかっちゃんにのんのん、と首を振りもう一度見つめる。
まあるい伊達メガネ越しの、かっちゃんの宝石みたいな瞳と視線がかち合った。名前渾身のおねがいを込めて見つめ続けると、じっと見つめあっていたかっちゃんはふん、と小さく息を吐く。そうしてその後に、上着のポッケに入っていたもう片方の手を取りだして、おしりのポッケに入れていた財布を引っ張りだした。
やった!渾身のおねがいが、届いたのだ!!


「何回くらいで取れるかな?お金はわたしが出すから、やれるだけやってくれ!」
「馬鹿言え」


本当は離したくないけど、邪魔になってはならぬ!と握っていた手をそっと離す。そうして準備を始めたかっちゃんの少しだけ後ろに移動して、ショルダーバックの中にあるオレンジの財布を取り出した。パチンとがま口部分を開いて軍資金のチェック。よし500円はある。野口さんも何人も控えているから、大丈夫。きょろりと見渡すと、両替機も「任せとけよ」と言わんばかりに近くにあった。
ヒーローかっちゃんに、小銭に、野口さんに、両替機。最強の布陣だ!
かっちゃんがだいすきなわたしの応援もある、これはいけるぞ!

かっちゃん軍資金は任せてね!と胸を張って言うと、自分のお財布から100円を取りだして投入口に入れるかっちゃんは、マスクを下げた後にふふんと得意げに笑った。




「おら」
「かっちゃん・・・、かっちゃん、すごい!ありがとう・・・ありがとうー!」
「朝飯前だわ」
「夕飯前だよ・・・!」


UFOキャッチャーがジャジャーン!と賑やかな音を立てて、その功績を褒めたたえた。

かっちゃんに操作されたアームは、たぶんかっちゃんの狙いと寸分の狂いもなく降りていってふわふわのぬいぐるみをがっしりと掴む。
そのままゆらゆらと持ち上げて、ゆっくりゆっくり取り出し口のある方へと動いていった。ああ、そんなに揺れたら落ちてしまう・・・!という気持ちと、かっちゃんすごい、取れちゃうの?!という気持ちが交差して、あわあわとしながらその動向を見守った。
UFOキャッチャーは何十回かに一回くらい、しっかり掴むなんて噂を耳にしたことがある。しっかり課金させるための、策略だとか。でも、そんなものもかっちゃんの前には、無いのと同じものみたいだ。
かっちゃんは、その一回すらも逃さず掴み取る男なのだ。


無事に取り出し口に落ちてきたくまのぬいぐるみを、かっちゃんは少ししゃがんで取り出した。ぽんぽんと軽く払ってから、ふわふわなそれをわたしの前にひょいっと差し出す。
びっくりした余韻のままに何とか受けとって、ふわふわなぬいぐるみと目を合わせた。かわいい、わたしが欲しかったやつ。本当に取れちゃったんだ、かっちゃんすごい、すごすぎる!!
ぎゅうっと抱きしめて、にこにこを隠さないままにかっちゃんに精一杯の賛辞を送った。わたしのボキャブラリーは少ないので、すごい・かっこいい・ありがとう等しかないけれど。

まさか、一回で取れちゃうとは・・・!お財布で待機していた小銭も野口さんも、見守っていた両替機も「出番はなしか」と言っているだろう。まさかないなんて思わなかったよ!わたし1人なら確実に出番がきてるもん。

きゃあきゃあ喜ぶわたしの頭を、かっちゃんはぽんぽんと優しく撫でる。そうして満足そうに息を吐いた後に、ぬいぐるみを抱き締めているわたしの片手をとって足を動かした。
この場所に未練なんてない。

だってほしいものは、いつだってかっちゃんがくれるのだ。






「かっちゃんはー、魔法使いだねぇ」
「ヒーローだわアホ」


昨日の夜から仕込まれたビーフシチューは、美味しそうな匂いを放つ。お皿にたっぷりよそってじっと見つめると、口の中で涎の大洪水が起き始めた。
じゅるりと垂れそうになる涎を飲み込んでテーブルに置いた後、かっちゃんの分もたっぷりよそった。


かっちゃんは魔法使いだ。その傷だらけの手から、ぱちぱちと綺麗を生み出したり、美味しいご飯を作ったり、欲しいものをくれたり。
わたしに触れる手はいつだってあったかくて、優しくて。頭を、頬を撫でられるだけで、わたしはこれ以上にないくらいに幸せになる。
そんな魔法を、かっちゃんはいつもわたしにかける。


「魔法使いでヒーローなんて、公表したら凄いことになるよ」
「魔法使いじゃねんだわ」
「空だって飛べるしね・・・」
「個性でな」


幸せ魔法が得意なかっちゃんだけど、他にもたくさん使えるに違いない。そう、UFOキャッチャーが簡単に出来ちゃう魔法とかね。公表したらきっと日本中が騒ぐだろう。大爆殺神ダイナマイト、また注目を集めてしまう・・・罪な男。
うんうんとニュースなどを想像していたら、こいつアホだなと顔に書いてあるかっちゃんがサラダとドレッシングを持って食卓についた。わたしはアホじゃなくて想像力豊かなんです。決してアホでは無い、たぶん。

2人揃ったところでいただきますをして、満を持してスプーンをビーフシチューに滑り込ませる。かっちゃん特製ビーフシチューはきらきらと輝いて、口に入れるとまるで舌が蕩けるようだ。


「美味しい」
「よかったなァ」
「美味しいご飯食べて、目の前にだいすきなかっちゃんがいて、わたしほんとにしあわせ」
「そーかよ」



にへらと笑うと、目の前のかっちゃんも顔が緩む。
そのかっちゃんの顔を見て、わたしは尚更、しあわせになる。

たとえかっちゃんがヒーローじゃなくても、料理が上手じゃなくても。かっちゃんをかっちゃんたらしめる何かがなかったとしても。
そこにいて、わたしをその宝石みたいな目で見てくれるだけで、わたしは十分だと思う。


特別な何かはなくていい。かっちゃんがいればいい。
UFOキャッチャーだって出来なくていい。コンビニのおにぎりでいい。
隣にかっちゃんがいて、手を握って。それだけでわたしは何より、誰より、しあわせになれる。


かっちゃんもそうだといいな。わたしといることで、しあわせをたくさん感じてくれてたらいいな。


「たりめーだっつったろ」
「え?」
「顔に書いてあんだよ」
「・・・そっかぁ」



かっちゃんはやっぱり、魔法使いだ。きっとわたし限定の。

拝啓 わたしの魔法使いさま



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