Kiss me before I rise. | ナノ

「ええー!かっちゃん、ヒーローになるのー?!」
「そーだよ!オールマイトみたいなヒーローになる!」
「ええええー!すごい!!!」


昼下がりの土曜日、いつもの公園でブランコから颯爽と飛び降りたかっちゃんはそう言った。
かっちゃんはひとつ上のチューリップ組。きんきらきんの髪に、この前買ってもらった宝石箱の中に入ってた、赤い宝石の着いた指輪みたいな目。手のひらがぱちぱちしてかっこいい。

かっちゃんは、ヒーローになるらしい。ヒーローって、あのテレビのなかにいるヒーロー?オールマイトみたいな、ヒーロー?それって、すっごくすっごくかっこいい!


「悪いやつやっつけるの?!」
「そーだ!俺があっという間にやってやる!」
「すごいすごい!!」


わあああ!って声を出しながらブランコを降りようとして、足がつかなかった。「名前は注意が散漫になることがあるから、気をつけるのよ」ってお母さんがよく言うけど、ちゅういがさんまんって何?よくわかんないけど、転んだ時とか走り出そうとした時によく言われるから、多分今みたいに転びそうになっている時のことを言うんだと思う。今度、ちゅういとさんまん、を調べてみよう。


「わ!あぶねーなバカ!」
「お?おお・・・かっちゃん?」
「名前はどんくせぇんだから気ぃつけろ!」


転んだ時の衝撃に備えていたけど、次の瞬間にはあったかいものにぶつかっていた。耳元でかっちゃんの声がして、閉じていた目をぱちくりと開いて体を起こすと、目の前にかっちゃんがいて、ぎゅっと背中に腕が回ってる。ぷんすか怒るかっちゃんは、どうやら転びそうになったわたしを助けてくれたらしい。


「かっちゃん助けてくれたの?」
「あ?」
「かっちゃん・・・すごい!もうヒーローだ!!名前のこと助けてくれた!」
「おっ、おお、ま、まあヒーローだからな!」
「わああかっちゃんかっこいいー!」


颯爽と助けてくれるなんて、かっちゃんはもうヒーローだ。わたしの、かっこいいヒーロー!
興奮してぎゅうぎゅう抱きつくと慌ててるような怒ってるような声が聞こえるけど、そんなの気にしない。転びそうなわたしを助けてくれたことが、嬉しい。
ヒーローかっちゃんに助けられた、第1号になれたのだ。


「えへへーかっちゃん」
「うう・・・、お、お前、名前は何になるんだよ」
「え?」
「大きくなったら、何になりてーんだ」


頬擦りをしてたら、ちょっと固まって顔が赤くなってるかっちゃんが何になりたいかを聞いてきた。
おおきくなったら、何になるか。ついこの前幼稚園で、お友達がピアノの先生になりたいって言っていたっけ。その時わたしはたしか、わたあめになりたいって言った気がする。
ふわふわして甘くておいしい。前に行った夏祭りで食べたわたあめが忘れられなくて、いつもお絵かき帳にわたあめを描いていた。あとはお花屋さんもなりたい。ケーキ屋さんにもなりたいし、水族館でイルカさんに餌をあげるかかりさんにもなりたい。ソフトクリーム屋さんにもなりたくて・・・あげるとキリがなかった。


「いっぱいあるよ!」
「ばか、ひとつだよ!」
「えー?ひとつにしかなれないの?」
「頑張ったら、なんこかなれっかもしれねーけど・・・。1番なりたいやつ!」


なりたいもの、いっぱいある!と手をぶんぶんと広げたら、かっちゃんはひとつにしかなれないって言う。
頑張ったらなれるかもしれないなら、それは頑張るしかないのかもしれない。だって、たくさんなりたいもん。その中でも、1番なりたいやつは。いま、大きくなったら1番なりたいものは、


「あっ、1番なりたいもの、ある!」
「なんだよ、教えろ!」
「かっちゃんのー、お嫁さん!」


1番なりたいもの。わたあめでも、お花屋さんでも、ケーキ屋さんでもなくて。
わたしのなかで、きらきらして、かっこよくて、いっぱい遊んでくれて、そして助けてくれる。
そんなヒーローかっちゃんの、お嫁さんになりたい。


「・・・は、はあ!?」
「えへへ、名前かっちゃんのお嫁さんになる!」


ぽかんとしてから、さっきより顔を真っ赤にしてかっちゃんは目を見開いた。背中に回ってた手がバッと離れて、わたわたと宙を舞う。時々手がぱちぱちして、かっちゃんの個性はやっぱり綺麗。


「ね、かっちゃんお嫁さんにしてー!おねがい」
「お、お嫁さ・・・、、名前、嫁に来るってのは、結婚って意味で、結婚は好きな人とするって、ババアが、」
「けっこん?結婚する!だって名前かっちゃんだいすきだもん!」


なんかかっちゃん、電池の切れかけの犬のぬいぐるみみたい。いずくくんにも、ちょっと似てる。
お嫁さんも結婚も、ずっと一緒にいれるって意味だよね。わたしはきらきらしてかっこいいかっちゃんが大好きだから、ずっと一緒にいたい。


「かっちゃんは?名前のことすき?」
「う、・・・っ、わかった、わかったから!」
「?なにが?」
「結婚してやる!名前と!」


かっちゃんはどうかな。わたしのこと好きかな。好きだったら嬉しいな。これからもたくさん遊んでほしいもん。
じーっとかっちゃんを見つめていたら、ちょっと大きな声でわかったと言った。何がわかったのかな?何かわからないことでもあったのかな?
なんだー?と首を傾げていたら、宙で止まっていたかっちゃんの手が降りてきて肩をがっしり掴んだ。宝石みたいな目は、じっとわたしを見つめる。まっすぐきらきらと輝いて、宝石箱の指輪より、ずっと綺麗。


「ほんと?!」
「だ、だから、ずっと好きでいろ!」
「うん!かっちゃんだいすき!」


「絶対、かっちゃんのお嫁さんにしてね!」












「ん、んんー?かっちゃん・・・?もう朝・・・?」
「おー。はよ」


額に柔らかな温もりを感じて、沈んでいた意識が緩やかに浮上する。カーテンの向こうから差し込む朝日が暖かい。
すこし重い瞼をゆるゆると開いて、ぼんやりとした視界の中で先程感じた温もりを探す。探すと言っても、右側に顔を向ければすぐにいるのだけれど。
朝日がきらきらと反射する、綺麗な金色がふわりと揺れる。その下の赤い瞳は、相変わらず宝石のよう。その眼差しは、優しくわたしに降り注ぐ。

ベッドにうつ伏せになって、頬杖をつきながらこっちをみつめるかっちゃんに、頬が緩む。
にへらと笑うと、かっちゃんも口元を緩ませて笑った。


「あんねぇ、昔の夢みてた」
「いつ」
「かっちゃんのね、お嫁さんになるって言ってる時のやつ」


あの時のかっちゃん、可愛かったなあと笑いながらかっちゃんの方に体を向けると、かっちゃんの顔が近づいて、瞼の上に唇が落とされる。さっき額に感じたものと同じだ。

かっちゃんは優しい。世間ではヒーローなのに敵顔なんて言われたり、結構暴言チックな発言をしたりするけど本当は優しい。
きっといずくくんも、世界中の誰もが、わたしといるときのかっちゃんを見たら、ひっくり返ってそのまま動かなくなっちゃうかもしれない。
ギャップ萌え、とかいう言葉があるらしいけど、かっちゃんは昔からわたしには優しかったから、ギャップというのは、よくわからない。


「覚えてる?」
「忘れた」
「うそ、その顔は覚えてる顔だ」
「どーだか」


小さい頃からずーっと一緒のかっちゃん。ひとつ上の、少しだけお兄ちゃんのかっちゃん。ずっとずっと一緒だから、かっちゃんのどんな顔もわかるよ。言葉にしなくても、わかってるよ。かっちゃんがわたしのこと、大好きなことも。


「で?なれたんか?お嫁さん」
「へへ、じゃーん」


いたずらっ子みたいに笑うかっちゃんの前に、左手を見せびらかすようにかざす。薬指には、小さい頃に持っていた宝石箱の中の、どんなものより輝く指輪が鎮座していた。
「いーもん付けてんな」と、白を切りながら指輪を見て、頬杖を着いていない手をそっと重ねてくれる。指がひとつひとつ絡まって、折り重なって、ひとつになる。

傷だらけの、かっちゃんの手。優しくてあったかくて、全部を守って。わたしを掴んで離さない、愛おしいかっちゃんの手。


「もらったんか」
「うん、で、もらわれたの」
「誰に?」
「かっちゃんに、わたしを」


ねえかっちゃん。
今度ブランコ漕ぎに行こう。かっちゃんのお休みの日に、大人2人で馬鹿みたいにはしゃごうよ。
ゲーセンにも行こう。ぬいぐるみとってほしいの。

夏になったら、夏祭りも行きたいな。かっちゃんのお母さんに、浴衣着せてもらうんだ。
夜は花火を見よう。きっと楽しいよ。
でも、わたしにはかっちゃんのぱちぱちの方が、絶対綺麗に映るんだ。

ねぇかっちゃん。
朝ごはんは、かっちゃんの作ったフレンチトーストが食べたいな。
でもその前に、わたしは寝起きが悪いから。
だからかっちゃん。


「かっちゃん、ずっとずっとだいすき」



毎朝、キスで起こしてね。

いつまでたってもあの日のままで



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