俺もお前も頭がおかしい | ナノ

引き続き頭がおかしい

「苗字、助かった」
「別にへでもねーわこんなん」
「ああ?!いい度胸だなピアス!!殺す!!」
「やだーかっちゃんこわぁい」


ヒーロー基礎学の戦闘訓練で、相手チームの爆豪の攻撃を受けそうになった同じチームの轟を庇っていなすと、爆豪のかっちゃんはメラッメラになった。こわぁい名前くん泣いちゃうよお。なんて冗談はさておいていつでも本気で向かってくる爆豪の相手をしなければ。轟はもう1人の方に行ってもらえばいい。そっちの方が相性いいし。あーかっちゃん手加減してくんねーかなー、傷だらけにはなりたくない風呂で染みたくないから。一日の疲れを癒す風呂が地獄なんて生きててなんも楽しくねーよ。いやまあ女の子とイチャつければ楽しいかな。
フィンガーレスグローブを整えて向かってくる爆豪を見据える。髪がちりちりの陰毛ヘアにならないように頑張りたい。




結果として陰毛ヘアは免れた。でも顔から何から擦り傷だらけで控えめに言ってボロっとしている。夜の風呂が恐怖だ。擦り傷くらいでリカバリーガールの手を借りる訳にはいかないが、この後のことを考えると治してくれという気持ちがないわけない。むしろありよりのあり。でも行けませんが。俺よりボロボロになったクラスメイト達が行くべきだ。緑谷が毎回骨折ってた時が懐かしい。真性のどMかよと少し戦慄した。いやかなり引いた。俺は俺が大事なのでああいうのは真似出来ない。いや女の子の為なら骨の1本や2本や3本くらいなら折ってもいいかもしれない。でも折ったらちゃんと治るまで癒してくれないと色んな意味でさ。


「苗字」
「お、とどろきー」
「さっきは助かった」
「律儀だなお前も」
「そうか?」


授業が終わって更衣室でちんたら着替えてたらいつの間にか轟が隣に立ってた。緑谷たちと話してたのが聞こえてたけどいいんかこっち来て。と思ったらもう大体着替え終わってぞろぞろ更衣室を出始めている。俺はかっちゃんにやられた節々が痛てーので動きがルーズだ。いやパキパキ動けるくらいだけどちょっと痛いのがダリィじゃん。もう次の授業もないし、残るはHRだけどまだ時間的な余裕もある。だからだらだら着替えてもなんら問題はないということだ。


「俺って頼りになんだろ」
「ああ」
「マジレス乙」
「?」
「・・・」


ジャケットを羽織ってシャツの襟を直しながら冗談交じりに言えば普通に肯定が返ってくるから、マジレス乙って言っても天然轟は首を傾げるだけだった。マジレスも乙も通じないこの男は本当に箱入り息子だな。くそ真面目で天然かと思えば、皆が楽しいことは楽しもうとする姿勢も最初こそなかったけど体育祭以降ちょろちょろと見えるようになってきた。それでも根っからの真面目さは変わらないけれど。


「ネクタイ曲がってる」
「あ?」


トゲトゲした初期ロキくんが懐かしいなー絶対仲良くなれねぇと入学して直ぐに思ったっけ。ロッカーを閉めて轟に向き直る頃には更衣室には俺たち2人以外誰も残ってなかった。みんなお着替えが早いことで。着替えで乱れた髪を適当に手櫛で直してたら、適当に結んだネクタイが曲がっていたらしい。轟は口を開いたと思ったらその手をこっちに伸ばしてきて、ネクタイに触れた。

ネクタイなんて女の子にしか直してもらったことなかったのに、というか男同士でネクタイは直さねぇわ。手を動かしている轟の顔を見下ろすと、思ったより長いまつ毛が目に入る。左右で色の違うまつ毛はその辺の女の子より長い。その下にある切れ長な瞳やスっと通った鼻筋、小さく収まる唇全てが轟を美人、イケメンと称するに値する。世の中間違ってんな、ブスにも少し轟の美しさをわけてやれよ。
2色のつむじも見たところで、髪が少し跳ねていることに気づいた。人のネクタイは気にするのに、自分の髪の跳ねは気にならないのか、はたまたま気づかないのか。こいつ朝起きてきた時も寝癖全開で洗面所に降りてくる所あるし、気にしてないんだろう。
跳ねてると言えば良いだけなのに、無意識のうちに手が動いて気がついたら轟の髪を直していた。無言でやったから轟もびっくりしてぱちくりしてるし、これじゃ撫でただけみたいになってしまう。


「跳ねてたから」
「そうか」


さらさらと手触りのいい髪を撫で付ける。跳ねはもう直ったのに、その質感が心地よくてなかなか手が離れない。何やってんだと思いつつ嫌がらない轟も轟だと思う。


「・・・苗字」


呼ばれた名前の色に聞き覚えがあった。軽く引かれるネクタイに導かれるように頭を下げれば、少し上を向いた轟の顔が近づいてきて。至近距離で交わった視線と閉じられる瞼に、やっぱり睫毛長いなと思いながらその唇に自分のを合わせた。


轟とは結局、よく分からない関係が続いている。あの個性事故のあとから後遺症のように女の子への反応は薄くて、かといって男に性的興奮を感じるでもなく。目の前の轟も普通に接してる分には何とも思わないのに、いざ2人きりになってそういう雰囲気になると、嫌じゃないどころか確実にそういう相手として認識している自分がいてなんとも言えない気持ちになる。
まあ超えちゃいけない一線を確実に2人でよいしょー!と超えてしまったので戻るに戻れないというか。いやセックスまでして元の関係は戻れねぇだろ。もちろん最初は個性を解くための一回コッキリって思ってたのにまだ轟はそういう目で見れちゃうし、轟も轟で嫌じゃないらしいし。
友達と言うには深く、恋人と言うには浅いような。セックスフレンドのように身体だけというには気持ちが無さすぎるわけでもない。
よくわからないこの関係は、いつか必ず終わるだろう。多分思春期特有の、何かだから。


「・・・髪、染めたんだな」
「いいしょピンク、かわいくね」
「似合ってる」
「お前も混ぜたら同じ色になるかもな」
「・・・混ぜてみるか」


くっつけていた口を離して、お互いの息が交わる。ネクタイを掴んでいた片手がおもむろに俺の髪を撫で付けた。つい昨日染めた髪は、金髪からいちごミルクみたいなピンク色へ変貌を遂げていた。髪の色は気分で変えたくなるから定期的に色が変わる。そのせいで少しだけ軋んでいるけど、お高いトリートメントを使っているからそこまで痛まない。雄英高校は自由な校風だから髪を染めたところで頭ごなしに怒られなくていい。というかこの個性社会で髪の色なんて取るに足らないものでしかない。

髪を染めた後に鏡で見て、いいじゃんかっこいいしかわいいじゃん。やっぱりこういうのも似合うなと自画自賛して、女の子ウケも悪くなさそうだと頷いた。そして頭の片隅にぽやんと轟の顔が出てきて、轟はどう思うだろうかと考えてからハッとする。轟がどう思おうがどうだっていいだろう。俺は元々女の子が好きなんだし、今でさえ轟とちょっとアレな関係だけど、女の子で無事に興奮するようになれば女の子に戻るのだから。轟だって嫌じゃないからこうして俺の捻じ曲げられて少しばかり戻らない性癖に付き合ってくれてるだけで、俺が戻れば轟だって女の子とのほうがいいに違いない。
そこまで考えてから、髪の色がまるで轟の色を混ぜたみたいだとぼんやり思った。


混ぜてみるかと、ふれあいそうな距離で唇が囁く。その瞳に映り込む熱に色んな意味でため息が出そうだった。始まりこそ個性を解くためだけだったのに、数回夜を重ねたら意外と気に入ってしまったらしい。性欲がない轟はどこへ行ったんだ?まあ帰ってこなくてもいいけど。


「後でな」


とりあえず、HRまでまだ時間はあるからとその舌の覗く口に噛み付いた。







「でさ、名前もどーよ!今晩暇だろ?」
「え?何?聞いてなかったわ」
「もー聞いてろよ!」
「油淋鶏がうめぇから真剣に食ってんだよ」
「何気に食い意地張ってるよな名前・・・。すげぇ食うのに太んねーし」
「筋トレとか体動かしてたら太らんだろ」


夕飯の油淋鶏をモリモリ食べてたら横で上鳴が話しかけてたらしい。てっきり切島と瀬呂と話してると思ったから普通に聞いてなかった。実践訓練のあとは腹減るし油淋鶏美味すぎる。寮生活、ランチラッシュの飯が夜も食べられるの感動する。朝はパンとかご飯とか、自分たちで用意出来る範囲のものや材料が支給されてるから当番決めやってるけど、早起きしなきゃならないのが少しネック。当番の日は寝坊出来ない。相方に迷惑かけるし下手したら朝飯食いっぱぐれるから。あー、将来は可愛い恋人か奥さんが「おはよう、朝ごはん出来てるよ」ってキスして起こしてくんねーかな。いや、イチャイチャライフのためには1人に絞るのは勿体ない?いや、いや、いやー・・・


「なあ名前ってば!」
「あ?ああ、何?」
「また聞いてねーし!」
「将来ハーレムか一筋か考えてたんだよ」
「そりゃハーレム・・・いや、一筋・・・」
「な?悩むだろ」
「男ならやっぱ一筋だろ!」
「ハーレムが出来そうな顔だからいいけど、峰田が聞いたら恨みで襲いかかってきそう」


また上鳴が聞いてきてたらしいけど俺はハーレムか一筋かで真剣に悩んでんだよ。こちとら女の子とのイチャイチャライフの為にヒーロー目指してたようなもんだけど、かんわいい恋人ができたらそれは蔑ろにしたくないからハーレムはやめるだろ、でもそうすると本末転倒・・・いや・・・。と上鳴と悩み始めると切島は男らしく一筋と唱えた。そりゃお前はそうだろうよお前がハーレムとか言ったらそれこそ頭打ったのか?ってなるし。
俺も一筋かななんて言う瀬呂は、近くで峰田が聞いてないか見渡してからハーレムねぇ、と頬杖をついた。


「でもなんだかんだ苗字はさあ」
「あ?」
「好きな子ができたらめちゃくちゃ大事にしそう」
「好きな子ねぇ」
「そうだな、苗字は男らしいし気が利くしな!」
「こんなんだけどな」
「こんなんってなんだこんなんって、え?」
「いたたた、やめろよ名前!」


上鳴の頭をギリギリと掴みながら瀬呂の言った言葉を咀嚼する。好きな子ねえ。今仲良くしてる可愛い子たちがにこにこして頭に浮かんで、やっぱり理解のある子達を両手に侍らすのも悪くない、うん悪くない。そうしたらその後ろからしばらく付き合ってた元カノがひょっこり顔を出してこっちにあっかんべーした。それなりに仲良くやってたけど「名前からの愛を感じない」とか言って振られた。俺なりに大事にしてたつもりだったけど、どうやら本当につもりだった、というところか。デートとか色んなとこ連れてったのになー。女心はわかんねーわ。


「で、何だったけ?お前は俺に何聞いてたの」
「頭離してくんね?!」
「おら」
「てて・・・、今日の夜集まってゲームしよって話!」
「なんの?」
「最近でたばっかのスポーツのやつ!瀬呂が買ったんだってよ!」


名前もやりたいって言ってたもんな!と隣でニカッと笑う上鳴にあーあれかと最後の油淋鶏を掴んで口に放り込んだ。つーか瀬呂が買ったのにお前が自慢げにすんのかい。たしかにやりたいって言っていたゲームだし、いつもの事ながら俺のゲームの上手さをわからせてやるのもいい。本当のスポーツじゃなくて、ゲームの中でやるからあの機能性が楽しいんだよ。現実でもそこそこ動けるほうだとは思うけど。
うーんと思っていた時に近くで椅子の引く音がして、おもむろにそちらを見ると、トイレを持った紅白頭が席を立ち上がってキッチンの方へ足を進めている。育ちのいい轟は、蕎麦以外もちゃんと残さず食べている。


「今日はパス」
「は?!なんで?!」
「予定あっから」
「朝は一日暇って言ってたじゃん!」
「朝の時点で誘わねーお前が悪い」
「サプライズだよ!」
「瀬呂のゲームなのになんでお前がサプライズすんだよ」
「俺はどーでもいいけどね」


なんでなんでとギャースカする金髪に1発チョップを入れてから椅子を引いて立ち上がる。トレイを持って、じゃあそういう事だからお前らで楽しくやっといてー俺はまた今度参戦するわと残してキッチンに行き、軽く流してから食洗機にぶち込んだ。業務用の食洗機はクラス全員の皿が入っても問題なく洗えるから、最後に皿を入れた人がボタンを押す仕組みだ。食洗機本当に助かる。将来的には家に欲しい。
すぐにキッチンを出るとエレベーターホールの前に轟が居て、エレベーターが降りてくるのをぼーっと待っていた。ぼーっとしてても間抜けな顔にならないのは美人の特権か。


「轟」
「、お、苗字」
「今から風呂?」
「ああ」


話しかけるとさらりと髪が揺れてその前髪の隙間から2色の瞳がこっちを見上げた。その色は思ったより、怒りを孕んではいない。それに少し胸を撫で下ろして、開いたドアの中に2人で足を進めた。



「・・・」
「お?上鳴どうした?」
「別に、なんでもねぇけど」
「不貞腐れてますねこれは」
「は?不貞腐れてねーし!」
「不貞腐れる?なんでだ?」
「まあ切島にはわかんないかもね。」






「あのさ」
「ん?」
「いや、最初から断るつもりだったから」
「?何の話だ?」
「ゲーム」
「そうか」


静かなエレベーターの中でちらりと横にいる轟を見下ろしながら口の中でまごついた言葉を吐き出す。怒っていないのはさっきの視線でわかったけれど、自分の思いを言っておくに越したことはない。相手は些細なことで簡単に怒ったり拗ねたりするものだ。今までそうだったし、そういった場面では必ずこうやって機嫌をとった。が


「・・・そんだけ?」
「?」
「いや、約束してたから悩んでんの見たら腹立つと思って」
「約束?」
「・・・は?」
「?」


轟はそうかの一言で済ませた。そうか?、いやそうか。ゲームの話を断ったのに対してそうかと言った。いや、それだけ?そうかで済む??先約があるのに悩んでいる仕草をみた女の子たちは決まって腹を立てて拗ねたりするのに。轟はきょとんとしてこちらを見上げ、約束?とその形のいい唇を窄めた。は?


「いやしただろ、後でなって、」
「・・・ああ、あれ約束だったのか」
「はあ?!」
「別にいつでも良かったから、気にしてなかった」
「・・・」


俺の中では確実に夜の約束だったんだけれど。轟の中ではそうじゃなかったらしい。え?じゃああの時立ち上がったのもたまたま?たまたまあのタイミングで飯が終わったの?俺が悩んでるのが腹たって立ち上がったんじゃないの?だから追いかけてきて弁明しようと、いやなんで弁明なんかしてんだ俺は。轟は恋人じゃねーし、女の子でもねーし、クラスメイト・・・というには関係がおかしすぎるか。やっぱりセフレ?男の?いや頭がおかしいわ。というかキスだけしたりすることもあるからやっぱりセフレではない?もう考えんのダルいわ俺と轟の関係って何教えてエロイ人


「いつでもいいって、」
「明日でも、いつでも。苗字の都合のいい時で」
「お前んな都合のいい男になってどうすんだよ」
「悪いか?」
「いや・・・、」


シャワーの時といい個性を解く時といい、轟は如何せん都合のいい男に成り下がりすぎてる。いくら俺に謎の借りがありまくるからってそこまでする必要は本当にないのに。つーか轟こそ都合のいい女を侍らすべきだろ普通。なんでお前が俺の都合のいい男になってんだよ勿体な。
はー理解できねーとこめかみを押さえていたら、垂れ下がっていた指に何かがそっと重なる。ひんやりとした指が、指をするりと撫でて軽く握った。


「苗字の、好きにしたらいい」


その声色がじんわりと耳に染み込んでいく。押さえていたら指を外した隙間から見下ろすと、更衣室でみた熱がその瞳に滲んでいる。
ため息が出そうだ。本当にいつでも良さそうな轟にも、誘われていると感じて反応する身体にも。


「今でも?」
「・・・今でも。髪、混ぜるんだろ」


吸い込まれるように額をすり合わせれば、鼻先が触れそうな距離で口を開く。ベッドに散らばる轟の髪を想像して、混ざったところで同じ色にはならないだろうとわかっていながら、その少し弧を描いた唇に自分のを押し付けた。

エレベーターが開いて誰かいたらなんと言い訳しよう。目にゴミが入ったのを見ていたとでも言おうか。



×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -