俺もお前も頭がおかしい | ナノ

それおかしくなるからやめろ

「はいまた俺の勝ちー」
「んもおーー!!名前強すぎね?もーいっかい!」
「何回でも相手してやるよ」


携帯から軽快な音が鳴り響いて、ほとんどブロックのない画面にはWINの文字が浮かび上がる。それとは真逆に灰色のブロックが下から押し寄せカラーブロックが天井までついた上鳴の画面にはLOSTの文字。かれこれ3回目くらいの勝負は全てこちらの勝ちで、それに負けじと上鳴が追いすがり再三勝負を申し込まれる。次もまた勝つだろう。上鳴は慌てると簡単にミスをするのだ。落ち着いてやれば勝てるかもしれないのに勿体ない。

休日昼間のハイツアライアンスは各々が自由に過ごしている。出かけている者もいれば昼過ぎまで惰眠をむさぼる者もいる。そして共有スペースでテレビを見たりティータイムを過ごしたり、こうやってソファーでだらだら何かしらをして過ごしたり。
普段はゲーセンに行ったり街に繰り出したりして過ごすことが多いけど、窓の外を雨がうちつける日はこうやってだらだらするのがお決まりになっていた。


隣で躍起になって指先を動かす上鳴を横目で見ながら自分の画面を操作して数種類のブロックの向きを変えては下に落とし、まとめて4列消す。そうすると隣で悲鳴が上がり肩を竦めてわたわたとする。これは今回も俺の勝ちだ。数分もしないうちに先程と同じ画面が出て無事に4回目の勝利を飾った。


「あれー弱いですねぇでんぴぃ」
「なんで勝てねーんだよ!名前ズルしてるだろ!」
「ハンデなんてつけてねーけど!むしろお前に付けてやるわ」
「言ったな?!」


左隣に座っている上鳴の頭に自分の頭を乗っけてぐりぐりと頬を押し付けると上鳴の意外と柔らかい髪が少しぐちゃっとなった。ワックスで髪型を決めててもしょっちゅう俺にぐちゃぐちゃにされるから上鳴はすぐ「もー!」と怒って手ぐしでその髪を撫で付ける。休みの日くらい適当にしとけばいいのに。
かく言う俺は馴染んだピンクを朝適当に洗って自然乾燥、いわゆる無造作ヘアと言うやつだ。誰がなんと言おうと無造作ヘア。自然乾燥してそのままなだけじゃんなんて言わせん。
最初20秒動かないハンデをやってまた始めたゲームは、少しだけ苦戦したけど慌てた上鳴のミスで無事にまた勝利を飾った。弱いなあ
ぐぬぬと画面を睨みつける上鳴を尻目に窓の外を見る。先程まで小雨だったのに気がついたら大粒の雨が叩きつけるように降っていた。小雨のままだったり少し良くなったら出かけようと思ってたのに、これじゃあ今日出かけるのは無理そうだ。1日だらだら過ごすしかなさそうだなあ


「なあ」
「あ?」
「もー宿題やった?」
「んなもん金曜日のうちに終わらせてるわ」
「はえぇ!じゃあさ、」
「見せん」
「いや返事はや!いや見せなくていいから教えてくんね?」
「答えを?」
「解き方?今やってる所ちょっと難しくて解けねーんだ」
「そりゃ寝てたらわかんねーわ」


うわあああ、と携帯を投げ出して俺の膝にべしゃあとうつ伏せに寝っ転がってきた上鳴を気にしないで外を見続けてたら宿題のことを聞かれた。そんなもん金曜日に帰ってきてすぐやってるわ。残しとく方がだりぃじゃんやんなきゃ・・・って気持ちになって。やってあるのを聞いた上鳴は人様の膝の上で寝返りを打ってキラキラした目でこっちを見てきた。これは写させろって意味か。誰がさせるか。定期的に見せてるけどその度に奢ってたら破産するぞ。
先手を打って見せないと言えば難しくてわかんないから教えてと言うけど、そりゃ授業中寝てたらわけねーわな。俺の席からガッツリ寝てるの見えるからね上鳴くん。俺もピンク頭にピアスジャラジャラしてこんなナリしてるけど授業はきっちり受けてますから。優等生ですからね。こんなだけど。頭の出来や強さに見た目は関係ねーから。爆豪見たらわかんだろ?・・・ウッ寒気が。ここにいないのに睨まれてる気がする


「寝てねーし!てか名前授業中俺の事見てんのー?授業聞かねーと」
「キモ」
「照れんなって名前っぴ!」
「お前の目は節穴か?でんぴ」


キャー、と照れた風に両手を頬に当てる上鳴に鳥肌が立った。ふつーにキモイ。女の子が言うなら別だけど。上鳴に言われても鳥肌しか立たない。くねくねする上鳴の鼻をつまみ上げて引っ張るとギエー!と声が上がった。鼻の穴に充電器ぶち込んでやろうか。
鼻を引っ張りながら壁掛け時計を見ると時計の短針は3に近づいていた。道理で小腹がすくわけだ。簡単にホットケーキでも焼いて食べるか、スナック菓子を貪るか・・・悩みどころだ。


「はなせよお」
「ほい」
「いてて・・・なー何考えてんの?時計みて。」
「ホットケーキ焼くかキャラメルコーン食うか」
「ホットケーキ?!ホットケーキがいい!」
「お前の分あると思ってんのか?」
「そこはあるだろ!」


膝の上からホットケーキに1票入った。誰もお前の分もあるなんて言ってないのに既に「メープルシロップあっかな?」とホットケーキに思いを馳せている。まあ材料があれば作ってやらんこともねーけど。いつも何かしら作る時俺の分俺の分とぴーぴーうるせーから、結局上鳴の分だけでなく切島や瀬呂や爆豪の分も作ったりしている。爆豪が作った方がうめーだろ絶対。そしてそれをわかってるかのように「俺が作った方がうめーわ」って言いながら食うのやめろ。じゃあお前が作れ。


「そーいえば名前が見てぇって言ってた映画の第3段レンタル開始してた」
「あーあれ?映画館に見に行く時間なかったもんなあん時。もーレンタルか、はえーな」
「それでさ、1も2もレンタルしてまとめて見ねぇ?その方がおもしれぇだろ絶対!」
「それはある」


去年は何だかんだ映画を見に行くタイミングがなくて見に行けなかったあの映画か。アクションバリバリのカーチェイスしたりなんだりラジバンダリの。動画配信サービスでレンタルが開始されたのならまとめてみるのは面白いかもしれない。それならキャラメルコーンはやっぱり映画を見るときに取っておかなくては。あとコーラ。映画にはコーラだよなあ。2Lのやつ冷蔵庫にはいってたか確認しねぇと。


「だからさ名前、今日の夜宿題やったあとに、」
「苗字」


あとスナック菓子なんかあったかなーと部屋にあるお菓子コーナーの中身を思い浮かべていると上鳴の声とは違う、少し低い声が俺を読んだ。その声にぱちくりと瞬きをしてから声の方へ顔を向けるとそこには最近見なれた紅白頭がさらりとその髪を揺らした。
切れ長の目をこちらに向けた轟は、膝の上に転がっている上鳴を一瞥してまたこちらを見る。


「おー轟、何?」
「これ、この前借りた参考書」
「あ、もーいいの?」
「ああ。わかりやすかったから買うことにする。助かった」


轟が目の前に差し出してきた参考書は、ついこの間貸したものだった。ベッドで微睡んでいる時に何故か勉強の話になって、この参考書がわかりやすいと何冊か素っ裸で紹介しそれのひとつを素っ裸の轟が借りたいと申し出たのが始まりだ。そう、素っ裸で。そしてそのやり取りが終わってからまた2人でベッドに戻って、ぽつぽつと取り留めのない会話をしながら目が合っては唇を押し付けて、結局もう一回した。


轟とは、髪を混ぜたあの夜に何だかもう少し距離が近くなった気がする。いや言い方がキモいわ俺。何距離が近くなるって。
困るって言われてなんか燃え上がるものもないはずなのに冷めそうになったら意味が違って。ここにいたいとかこうしてたいとか言うから。なんつーか俺も何だかんだ絆されてる感あるからここにいろとか言っちゃったし。意味わかんねーわ本当。でもあの後嫌ってくらいキスして最後までして、くったりする轟を綺麗にしてから腕に抱いて寝た時は謎に満たされた感あった。謎。
そういえば、初めて朝まで過ごしたのもその日が初めてだった。それまではお互いの部屋でことに及んでも、終わったらじゃーおやすみーして部屋に帰ってたから。そんなもんだ恋人でもないしと思ってたけど、実際一緒に寝てみたら悪くなかった。いや悪くないって何。
轟もそう?思ったのか、ベッドでの会話が起因かはわかんねーけどそれを機にセックスしてもお互い帰らないで朝まで一緒に寝るようになりました。だからか2回戦するようになったり。いやお互い体力は腐るほどあるから元々出来るんだろうけど遠慮して、いや遠慮はちげーわ多分。1回戦して間を置いてから2回戦することもあるし、続けてもう一回と頼んだこともあった。肩で息をしながら顔を染めて、涙を浮かべた瞳で頷く轟に俺の息子は・・・いや思い出すのはやめようここで誤作動を起こしたら大変なことになる。
とにかく、よく分からない関係のまま何故か少し前進してしまったということだけ報告する。俺の個性事故の後遺症はいつ無くなるんだほんと。無くなったら轟に勃たなくなんのか。キスしてぇって思わなくなんのか。
その時は、この曖昧すぎる関係はきれいさっぱり終わるんだろうか。


「まあ損はしねーよ。このシリーズはオススメ」
「そうか。・・・もう明日の予習したか、してねぇなら夜に一緒に、」
「いやダメだってダメ!」


帰ってきた参考書をぱらぱらと捲って思い出しそうになった轟の痴態を忘れようとしていると、膝の上にいた上鳴が突然大きな声をだしてがばりと起き上がった。何?突然ビックリするんだけど。何がダメ?え?今轟何言ってたっけ?・・・予習のお誘い?だったか。忘れようとしててあんまり聞いてなかったけどそんな感じだった気がする。そしてそれを上鳴がダメって言った?お前が断んのか


「急に起き上がんなあぶねぇだろ」
「悪ぃ!でも名前は夜俺と映画見っから、夜はダメだ。あ、宿題も見てもらうからその前もな!」
「宿題見んのは決定かよ」


急に起き上がって頭と顎がキスしたらどうすんだ。下手したら舌噛むじゃねぇか怖ぇわ。さっきまで話してた宿題と映画の話を掘り返して必死に喋る上鳴に何こいつ必死になってんだと疑問符が頭に浮かんだ。な?とこっちを見る上鳴を見てから轟の方に視線を移すと、先程と同じように上鳴を一瞥して、ゆっくり視線がかち合った。


「・・・そうなのか」
「え?、ああ、まあ、うん」
「そうか」


宿題を見てやるかは別の話になっけど。何故か轟の視線がじっとりとしててよくわかんねぇけどいたたまれない気持ちになった。何でだ。過去にもそういった目線を元カノから貰ったことがある。あれはいつだったか、なんの時だったか。うーん。


「わりぃな轟!」
「いや大丈夫だ。」
「名前も勉強はほどぼどにして俺と遊ばねーとな!」
「いやお前は勉強しろワースト1位」
「だから宿題みてって頼んでんだろ!」


上鳴はいつも遊んでいる気がする。だから成績が万年ビリなんだよ勉強しろ勉強。とりあえず授業中寝るな。そこから始めろ。一応留年してねぇけどそのうち相澤先生もブチッといくぞ、堪忍袋の緒的なところがな。ヒーロー科にいて学科で留年とかぜってぇ恥ずかしいだろ。しそうになったらスパルタで見てやるしかない。いまの宿題からスパルタでいった方が本人のためになるかもしれん。いやなんで俺が見てやんなきゃならんの?自分で勉強しろアホ


「名前」


勉強のことで上鳴とぎゃーぎゃー言ってたら不意に名前を呼ばれて、たっぷり3秒固まってから声のした方、轟を見た。呼ばれたから見たんだけど、今なんて呼ばれたんだ。え?名前?普段なんて呼ばれてたっけ。普段もセックス中も苗字だった気がしたけど。今聞き間違えじゃなかった名前だったか。
びっくりしたのは上鳴も同じだったようで、ピシリと固まったまま同じように轟をみていた。


「う、うん?」
「俺もいい参考書があったら貸しに行くな」
「お、おー」
「じゃあ。」


何もありませんみたいな顔で話をして去っていく轟に軽く手を挙げてその背中を見送る。なんだったんだ今の。いやただ単に名前を呼ばれただけなんだけど。いやでも急に名前を呼ばれたらびっくりするよな。てか轟俺の名前知ってたんか。いや知ってるだろクラスメイトやってんだから。なに自問自答してんだ。


「・・・最近急に仲良くね?轟と名前」
「え?いや別にふつーだろ」
「んなことねーよたまに一緒に帰ったり話したり遊んだりしてんじゃん、前はそんな事全然なかった」
「あー、勉強友達みたいな?」


裸でぶつかり稽古してますなんて言えるか馬鹿野郎。いやまあ勉強したりしてんのはあってるから勉強友達と言っても過言ではない。友達ではないけど。勉強した後にセックスしたりしちゃってるし。俺と轟じゃ趣味も合わねーだろうし友達としているのは周りから見たらおかしいんだろう。いや、轟の趣味自体知らんわ。あいつ何が好きなんだ、蕎麦以外で。
そして上鳴はなんでそんな不機嫌な顔でトゲトゲした言い方すんの?


「名前!」
「んだよ」
「俺が1番だよな?」
「は?キモ・・・なに急に」
「俺が1番の友達だろ?な?」
「あーじゃあそういう事にしといてー」
「面倒くさそうに言うなよー!」


トゲトゲしてたと思ったら急に手を握ってきて顔を近づけてくるから何・・・?!と思ったらどうやら最近轟と仲がいいから1番の友達枠が取られるのではないかと心配しているらしい。いや1番の友達枠とか初めて聞いたわ。俺の1番の友達枠お前だったんか。いや確かにクラスメイトの中では話す1番つるむのは上鳴だろうけど。んな拘るとこか?わけわからんと適当に返事をした。








「はーい」
「よ」
「よお」


昨日は上鳴にスパルタで宿題を教えたあとアクション映画を1から3までぶっ通しで見た。21時から見始めて見終わったのが3時前。学校あるから7時には最低でも起きなきゃいけないのに3時?と時計を疑った。映画がめちゃくちゃ面白いのが悪い。同じ階だけど部屋に戻るのが面倒くさくなったからそのまま上鳴のベッドで寝て、朝起きたらアホが腹にくっついてヨダレ垂らしてたからチョップを食らわしてから眠気の残る頭で自分の部屋に戻った。
授業もくそ眠かったけど何とか乗り切り、寝そうになってる上鳴を鬼の形相で睨んでおいた。震え上がって起きていたので寝たら殺すのメッセージは届いていたらしい。これをやらなくてもいいようになって欲しい、ほんと。

ひたっすらに眠たい授業を終えて寮に帰り例のごとく宿題を終わらせて伸びをしてから携帯を見ると、画面にメッセージの受信を告げるバナーが表示されていて確認すると轟だった。何やらオススメの参考書を貸してくれるらしい。そしてそれを持って後で部屋に来てくれるそうだ。ふーん、つまり、そういうこと?いや、全くそういう意味無いかもしれないけど部屋に来るってなるとつい考えてしまう、健全な男子高校生なんでね。いや健全な男子高校生は男に興奮しないとは思うけど。今はなんというかおかしいから。若気の至り、思春期特有のアレ。


「参考書持ってきた。予習もやるか?」
「勉強熱心だなお前。まあやるけどよ」
「苗字も熱心だと思う」
「まあ予習しねーと授業のスピードはえーしな。ほらどーぞ」
「ああ。・・・」
「?」


そして夜になって風呂も済ませてから予習するかあとノートを開いたところでノックの音が聞こえて、十中八九轟だろうなとドアを開けるとやっぱり風呂上がりの轟だった。片手に参考書やら教科書やら何冊か持ってるから予習もすんのかなと思ったらやっぱりそのつもりらしい。まあ一緒に勉強すんのに轟は静かだしわかんねーところ教え合えるから悪くない。というかそういうこと?とか考えてたのが少し恥ずかしい。しっかり勉強だ勉強。いやその後に何かあるかもしれないけど、いやないかも。

どーぞとドアの取っ手を持ったまま部屋に下がって中に入るよう促すも、轟はすぐに入ってこなかった。というのも、何故か廊下の左側をじっと見ている。何?なんかあった?おばけとかはやめろよ。いやまだ早い時間だし電気もガッツリついてるからいないと思うけど。


「轟?」
「、なんでもねぇ。邪魔するな」
「おー」


マジで何?と思って廊下を見ようとしたら轟がすぐにこちらに振り返って部屋に足を進めるので結局廊下は見れなかった。築2年だからおばけではないはずだけど。よくある猫のあれ?なんにもない所じーっと見るやつ。轟は猫なの?まあネコか。
ドアを閉めて部屋を見ると、定位置になりつつあるローテーブルのベッド側に轟は座って勉強道具を広げていた。昨日あんま寝てないから眠気もあるし、さっさと予習を終わらせて寝よう。


教科書や参考書を捲る音とノートにペンを走らせる音だけが部屋に響いている。キリのいいところに差し掛かったので1度ペンを置いて時計を見た。予習を初めてかれこれ1時間。轟との勉強は捗っていい。爆豪もそうだけどほか3人がいるとうるさいし捗らない。教えなきゃいけないことばっかりで復習にはなるけど予習には程遠い。悲しき哉。


「なあ」
「あー?」
「上鳴と仲良いよな」
「は?あー、うん。なんだかんだな」


予習もう大丈夫かなーとぼーっと時計を見てたら轟が話しかけてきて、その内容が上鳴の事だったので何?と振り返ると轟もちょうどキリが良かったのか教科書達を整えていた。
というかなんで上鳴?まあ入学してから爆豪派閥という謎の括りで纏められてるくらいにはその辺とは仲がいい。その中でも上鳴は懐いて?くれてるし普通に友達やってて楽しいし。
むしろこうやって轟と勉強してるってのが前の俺からしたら青天の霹靂というか。友達というには難しい、クラスメイトという括りでたまに話したりすればいい方だった。と、思っていたけど。まあ今は紆余曲折を経て曖昧で不健全な関係になっている。なんだそれは。個性事故の前の俺が聞いたら泡吹いて倒れるわ。


「1番の友達って言ってた」
「聞いてたんか。なんかそう思ってるらしい」
「苗字もそう思ってるのか」
「まあ、クラスの中ではそうなんじゃねーの」


轟がいなくなったあとの会話だったと思ったけど、轟は聞いていたらしい。案外近くにいたんだろうか。ローテーブルに頬杖をついて頭の中で上鳴を思い浮かべる。「名前ー!」と走ってくる姿はまるで犬だ。一緒にグラビア鑑賞してたときは猿みてぇな顔してたけど。まあそんな上鳴は派閥というかクラスの括りでみても多分仲がいい。上鳴の称した1番の友達的なやつ?あんま拘ったことねーけど。


「つーかさ、昼間のあれ何」
「あれってなんだ」
「いや、急に名前で呼んだからびっくりして。俺の名前知ってたんだな」
「いや知ってるだろクラスメイトだし。呼んだのは、何となく」
「何となくう?」
「上鳴が呼んでたから、俺も呼んでみたくなった」


そしてホットケーキを喜んで食べる上鳴を思い出してからそういえば昼間に轟に名前で呼ばれたんだったと不意に思い出した。あれはほんとうにびっくりした。し、心臓にも負担がかかった。なんでもないと思ってたけど後から無駄に脈が上がった。寿命縮まったわそのせいで。急になんだったんだと視線を送ると何となく上鳴が呼んでたからとぼそぼそという。いや確かに上鳴はやけに名前を連呼する節があるからな。それに感化されたのか。


「あの1回だけ?」
「呼んだ後に苗字変な顔してたから、嫌だったのかと」
「いや、急だったからびっくりしただけで別に嫌じゃねーけど」
「そうか」


そんなに変な顔していただろうか。覚えがない。びっくりして不整脈が起きそうになったことしか記憶にない。そしてその後に苗字呼びに戻ってたのに何となくガッカリなんてしてない。してねぇから。でもしてやられた感じがして悔しい。


「俺も呼んでみっかなー」
「何をだ」
「名前」
「上鳴のか」
「流れが謎、それに上鳴はもう名前で呼んでっし」
「そうか。じゃあ誰だ?」

「焦凍」


しょうと。呼んでみて口の中でも呟いてみる。そうしたらなんか小っ恥ずかしくなってあー、ってなりながら轟を見ると、目を見開いた後に少し眉を下げて、若干その目元が染まっていた。なんだよそれ


「・・・変な顔」
「、嫌じゃねぇ、びっくりしただけだ」
「ふーん」


というか名前を呼びあってお互い照れたりなんだりするとか初心かよ。いや目の前のこいつは初心か。こんなに美人でイケメンなのに年齢=恋人いない歴だもんな。まあ急に名前で呼びあってもなんかアレだし苗字でいいな。困ってないし。ふうと息を吐き出してまた時計を見た。いい子はそろそろ寝る時間だ。俺も眠い


「・・・名前」
「・・・んだよ」
「呼んだだけだ」


不意にまた名前で呼ばれて、気恥しさで居心地の悪い中視線だけ轟へ動かす。朝からずっとあった眠気が勢いを増して襲いかかってきてたはずなのに、どこか後退していく気がした。
呼んだだけとか、俺らに似合わない甘酸っぱいことすんな。


「なあ、映画見たのか」
「みたよ」
「何時まで?」
「3時」
「夜更かしだな」
「だから寝みーんだよ」


ぼそぼそと会話をしながら轟がローテーブルの向かいから何故かじわじわと動いて気がつけば真横にいた。でかくないテーブルだから移動なんて一瞬だ。
時計を見る。眠くなる。轟を見る。胡座をかいた太腿に轟の手が乗って顔がグッと近付いた。


「寝ちまうのか」
「・・・」
「俺とは夜更かししないのか、名前」


鼻先の触れる距離まで近づいて、触れ合うまで数秒もない。その間にやっぱりそういうことであってたわという謎の頷きと、眠いから寝たいという気持ちと名前を呼ばれてむず痒くてどうしようもないという気持ちが一気にせめぎ合う。1回するのに2時間もあれば足りるだろうか、1回で終わるのか、泊まっていくのか、泊まっていけばいい、なんて。
1度唇が触れてから数秒して口先だけ離れる。やけに心臓が煩いのは、これから起こることを考えてだろうか。



「するに決まってんだろ焦凍」



眠気はひとまず家出したらしい。

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