これが不義なら何を恋と呼ぶ 2

教室で待っていたあの日から、時間が合えば共に下校するようになった。教室や体育館などでもたまに目が合うようになって、その度に照れくさそうに笑うその顔から目が離せない。
もしかしたら、もしかするのかもしれないと思う自分がどこかにいて何となく浮き足立ってしまう。
恋というものをしてから、俺は本当にらしくない。


「爆豪くん、もう帰る?」
「おー」


今日も今日とて何かと理由を付けて教室に残り野暮用を済ませる苗字を待った。ドアを開けて自分を見つけると、嬉しそうに笑って近づいてくる。いつかの想像した、どこの誰かも分からない相手に向ける笑顔かもしれないと思うと気分がいい。





「寒くなってきたね」
「ちと冷えんな」


冷えた風が頬を撫でる。最近肌寒くなってきたからそろそろ防寒具もクローゼットの奥から引っ張り出してこないと。寮までの短い距離だがないに越したことはない。
歩幅を考えながら隣を歩く横顔を盗み見る。一瞬にして赤くなった鼻がこどもみたいだ。
温い息を口元にかざした手に吹きかける様をぼんやりとみて、制服のポケットに突っ込んだ手に思いを馳せた。


「えっ、ちょ、爆豪くん?」
「んだよ」


冷えた手は想像していたより小さくて、自分では感じることの出来ない柔らかさをしていた。握ったそのままにポケットにしまい込むと驚いたのかポケットと顔を交互に見ては困ったような顔をするから。


「少しはマシだろ」
「あ、いや、でも・・・ダメだよ、こういうこと」
「あ?」
「だって、爆豪くん、彼女いるじゃん」


そうして放たれた言葉に瞠目して、あとから居心地の悪さが湧いて出てくる。あの女の吹聴は耳に入っていたらしい。否定しておけばよかった。面倒くさがって否定しなかった自分を爆破してやりたい。


「彼女じゃねェ」
「でも、」
「嫌なら振り解けンだろ」


今更否定しても無駄だろうが、目の前のこいつにはそう思って欲しくなくて口に出す。口ごもる苗字に手の感触を確かめるように少し力を込めた後、少しだけ解く。そうして告げた言葉とともに隣を見遣った。


「ダメっつーんなら、ンな顔すんなや」


振り解けばいい。もう力なんて入れてないのだから。
隣を歩く苗字はすこし俯きながら困ったように、そしてやや潤んだ目でこっちをみる。
さっきまで透き通るようだった頬が染まっている。寒さのせいでは、ない気がした。
期待してしまう。期待したかった。
ポケットの中で絡めるように握った手を、振り解かれないことに。

そして頭に浮かぶ"彼女"とのことにケリを付ける必要があると、溜まったいきを吐き出した。







「あれ?名前いなくない?今日一緒に帰ろって言ってたのに。またなんか頼まれ事してた?」
「いや先生と話してるのは見てねーけど」


ふと話題に上がった名前が耳に残る。教室を見渡して、確かにいないと視認した。自分も頼まれ事をしているのは見ていないし、ついさっきまで教室にいたはずだったが。トイレにでも行っているのではないかと思ったが、一抹の不安が頭を過る。


「苗字ならたぶん普通科の女子と話して、移動するのを見たぞ」


話を聞いていたのか轟が不意に話題に飛び込んできた。それに「そうなの?じゃあ待ってたらいいかな」と告げているのを聞きながら乱雑に席をたちぼんやりしている野郎の元へ歩みを進める。嫌な予感がしてやまない。


「オイ」
「お」
「どんなやつだった」
「普通科の女子か?このくらいの髪で、」


挙げられた特徴に見覚えしかなくて最後まで聞かずにその肩を退けて教室の外に出た。どこに行ったかなんて皆目見当もつかないから虱潰しに当たるしかない。漏れ出る舌打ちが廊下に響いた。



苗字との距離が縮まっていることを知っていたらしい。意外と激情に駆られやすい。何をしてもおかしくない。最近は誘われても断っていたし頭のキレる女だ。そこに何があるかなんて分からないわけない。
早々にケリを付けるつもりだったのにあっちの動きの方が早かった。なんて、言い訳に過ぎないのかもしれないが。


「なんなの?」

意外と近くの空き教室から聞き覚えのある声がして足を止める。ドアガラスから中を覗くと案の定探していた2人だった。

「ふざけないでよ、」

振り上げられた手を視認した瞬間に中に飛び込んだ。ふたりの間に体を滑り込ませたあと、鮮烈な衝撃が頬を走る。口の中が切れたらしい。滲むなんとも言えない味を吐き出さずに飲み込んだ。
間に飛び込んできたことも、簡単に殴られたことにも驚いたのだろう。手を振り下ろした格好のまま瞠目して、口を震わせている。

「か、かつき」
「殴る相手間違えんな。どう考えても俺だろうが」


その言葉にまた目を見開いて、振り下ろしたままだった手を強く握った。

「・・・教室戻ってろ」
「で、でも」
「これは俺の問題だ。・・・後でちゃんと話す」

それを横目に見ながら後ろにいる苗字に声だけかける。納得しきれない声色ではあったが、小さく肯定を返した後にドアの開閉音がしたから大人しく戻ってくれたんだろう。巻き込んだことにやるせなさを覚えながら目の前を見やる。


「・・・悪かった」
「・・・謝んないでよ」


口から出た謝罪に込められた意味が、不貞を働いた男としてのものとは違うといやでも気づけてしまうのだろう。謝罪と同時に下げた頭をあげると、いっそ切なくなるくらいに口元を歪めているから。

「謝んないでよ・・・なんで、わたしじゃダメだったの・・・?」


今だからこそわかる数々がある。苗字を想っている今だからこそ。目の前の、やけに小さく見えるこの女が、俺を本当に好きだったということ。
軽々しく声をかけてきた時最初も、何度となく交わされた情事の最中も、そして今も。
その顔に、その視線に。嫌という程込められているから。


「ひでぇことしてきたと思ってる」
「やめてってば!わたしが、惨めみたいでしょ・・・!私は幸せだったの!勝己がいう、ひどい事でも!!酷いなんて思ったことなかった!ただ、きっとそのうち、好きになってくれるって、」

思ってたから、

尻すぼみになる言葉と共に切れ長の目が俯いた。目尻を赤く染めて、手をこれでもかと握りしめて。
怒られた子どものように縮こまる姿に、大丈夫だと抱きしめてやれたら良かったのだろう。でもそれをするほど自分も馬鹿じゃない。目の前の女をこれ以上傷付けるほど、馬鹿じゃない。


「だから、嫌でもわかっちゃうの、勝己があの子を見る目が、私に向けて欲しかった目だったって、」
「・・・」


好きになれていたらなんて思わないこともなかった。ただ理屈じゃなかっただけ。人を好きになるということが。お前がこんな俺を好きだったように。

一筋零れる涙をそのままに、鋭い視線をこちらに向けた。


「勝己が私を振ったんじゃなくて、私が勝己に愛想をつかして振るんだから。だからどこへでも行けばいいよ。そしてこっぴどく振られてきちゃえばいいんだ」
「・・・そうだな」
「さっさと目の前から消えてよ!振られて戻ってきたって慰めてなんてやらないから。俺を好きだったからなんて自惚れないでよ・・・!」
「わかってる」


捨てるように吐き出された言葉を落とさないように掬って握り込む。
この場に留まり続けても、それは誰のためにもならないから。
踵を返してドアに歩みを進める。手をかけた取手の温度が指先に伝わって溶ける。
この手に力を入れて開ければ、何かが終わって、もしかしたら何かが始まるかもしれない。始まらないかもしれない。それでも。
それでも開ける以外に、選択肢は残されてはいない。


「・・・お前に救われてた時間は確かにあった。・・・ありがとな」


重いドアを一思いに開けて迷いなく足を踏み出す。
捨てるものは何も無い。自分の犯した過ちも、向けられていた思いも。全部もって、進むしかないのだ。







気がつけば結構な時間が経っていた。誰も残っていないだろうと教室のドアを開けて中を覗くと見知った後ろ姿があって瞠目する。
ドアの開閉音に気づいた苗字はこちらを見て、ハッとした顔をしてから下唇を噛みこちらに歩み寄ってきた。

「ごめん、痛かったよね、」

そこまでいって頬に伸ばされかけた手が触れる直前で止まる。下ろされようとするのを横目で見てから、下りきる前に握りこんだ。触れた瞬間に一寸飛び跳ねるようにふるえてから、水分を多く含んだ瞳がこちらを見る。


「ケジメをつけてきた」
「、」
「殴られて当然のことをしてきた。んで、こっぴどく振られた」
「・・・うん」


潤む瞳に映る自分の顔を見る。苗字を見るその双眸が、やはり俺を見ていたあいつと同じ目をしていた。


「お前が好きだ」

息を飲む音だけが静かな教室に響くような錯覚。数多の生徒の喧騒も酷く遠い


「そういう態度だけを取って、複雑な気持ちにさせちまって悪かった」
「、」
「返事はすぐじゃなくていい。俺は、この手を握り返してくれるように、これからやってくだけだ」




誰かが誰かを想っても、それが返ってくる可能性は高くない。それでも馬鹿みたいに恋をする。落ちていくように。恋に落ちるとは、言い得て妙だ。



離そうと手から力を抜こうとして息を飲む。柔く小さな手が、ゆるりと俺の手を握り返していた。
目の前の顔をもう一度見る。その顔に浮かぶ表情を、俺はよく知っていた。


「わたし、もう爆豪くんのこと、」




Request by 桜様
桜様、リクエストありがとうございました!
長らくお待たせしてしまい申し訳ありませんでした・・・!
爆豪くんの心変わりというのが自分の中でむずかしくて、恋人という設定がこんな感じになってしまいました・・・。
恋人の女の子には切ない思いをさせてしまいましたが、恋に落ちるというのは理屈じゃないので、どうにもならないこともありますよね・・・。爆豪くんは恋をするとずっと一途な人だと思いました。あの信念の強さがそう思わせてくれるのかな?

本当に長らくお待たせしてしまい申し訳ありませんでした。
少しでもこの小説を楽しんで頂けたら幸いです!
リクエストありがとうございました!

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