これが不義なら何を恋と呼ぶ

※爆豪が他の女性と関係を持っている表現があります。※



「爆豪くん。さっきの授業のプリント、もう出来たかな?」
「あ?・・・おー。」
「ありがとう」

手元の用紙を細く白い指が攫っていくのを目で追って、自分の名前を告げた声を耳の中で繰り返す。去っていく後ろ姿は歩く度にふわりと髪が揺れて、その毛先ひとつひとつに言い難い何かを感じながら目を閉じた。



恋愛というものに興味はなかった。ヒーローになるための毎日に必要なものとは到底思えない。女の機嫌を取って何かを与えたり出かけたりする事にメリットを感じない。むしろ邪魔でしかない。
傍若無人に振舞ってきた自覚がある。幼い頃からなんでも出来た、個性が発現してからは強さにも拍車がかかった。それらが自分の自尊心を底上げし高すぎるプライドを築き上げたといえる。
気に入らないやつは歳上だろうが蹴散らして、誰も俺の前を歩かせたりなんかしない。横にも要らない。俺は俺一人でこの開幕の頂点に君臨して、他の追随など許さないで生きていく。

高一までの自分は、そんな考えばかりのガキだった。自分が勝てないかもしれないという相手と出会って、今まで石ころだと思っていたやつが急に力をつけていく。正しく中学までの天下が崩れ落ちるような感覚。自分が思ってたより世界は広く強いやつや力をつけるやつがいた。自分の世界は狭かった、ただそれだけだった。



「勝己遅い」
「忙しーんだよこっちは」
「でも他のヒーロー科の人達はそんなでもなさそうだけど?」
「うっせぇ。んな事しか言えねぇなら帰る。時間の無駄」
「うそうそ、ごめんね。」

腕に纒わり付くのを適当にあしらって踵を返そうとすると慌てたように言葉を繋いで擦り寄ってくる。不意に香る香水のような匂いはもう1年も変わっていないはずなのに、最近は少し不快に思えた。

「ね、帰らないでよ」
「黙ってんならな」
「酷い!ま、別にいいけど」

ほら、こっち。擦り寄っていた体が離れ手を引かれて部屋の隅に鎮座しているベッドへ歩みを進める。雪崩込むように倒れた女が自分の手を握っていたので自然と体を屈める体勢になりやわらかい寝具の上に手を着いた。

「ね、いい加減キスしてよ」
「黙ってるつったろうが」
「えーいいじゃん。もう長い付き合いなんだからそろそろキスくらいしてみてよ。案外いいかもよ?」
「潔癖症だから無理」
「つれないなぁ」

ぐだぐだ全く建設的でないことをしゃべり続けるのを無視して服の中に手を入れると急に嬉しそうに黙り出すから、そのままことをすすめていって悶える度に乱れる髪を眺めた。

目の前の女は自らを爆豪勝己の彼女だと吹聴しているのを知っている。彼女だと伝えた覚えもなければ、会ってすることはセックスだけ。セフレと言った方がまだわかる。それでも彼女だと言い続けるのは、1種のプライドのようなものだろう。容姿はそれなりに整っていて人望もある。親に蝶よ花よと育てられてきたまんまの性格をしているとさえ思う。
そんな女と関係を持ったのは、高校に入って直ぐだった。荒れに荒れていた時期だったと記憶している。そんな時にふらりと言い寄ってきて簡単に体を差し出してくるから、流れに任せてそのまま関係を持った。何でも良かった。誰でもよかった。やり場の無い気持ちの捌け口になるのなら。
彼女というのを否定してないのはただ単に面倒くさいだけ。否定して逆上されるのが面倒くさいし、セフレだの手酷くされただのありもしないことを言いふらされて経歴に傷が付くのが気になるだけ。

自らの下で四肢をくねらせながら喘ぐ。乱れたように散らばる髪をこの目に映して。その髪の質感に、今日の昼間に眺めたものを見た気がした。
そうして下にいるこの女が、似ても似つかないクラスメイトだったらと思いを馳せる。
あいつは行為の最中にどんな顔をするのだろう。どんな声をだして、その美しい髪を乱すのだろうか
出かける時は相手のために着飾ったりするのだろうか。クラスメイトに見せる笑顔じゃない、明らかな好意を滲ませる笑顔を、その相手に常に見せるのだろうか。
そうして誰だかわかりもしない、居もしない相手に苛立ちを覚え、その相手が自分だったらと思っては、馬鹿馬鹿しいと自らに毒を吐いた。


恋だの愛だのは自分とはかけ離れた場所にあって、関係のないものだと思っていた。同意の元のたまの性欲の捌け口でしかないと。そう、思っていた。




事後特有の気怠さを携えながら自らの寮に戻る。泊まっていけば良いと喚く女を否して窓から飛び降りるのは慣れたものだ。歩みを進めていると先程の香りが不意に鼻を掠めて、顔を顰める。
あいつは、こんな人工的な匂いじゃない。もっと、柔らかく甘い匂いが。そこまで考えてから自分の思考に吐き気さえしてかぶりを振った。
寮の入口に置いてある消臭スプレーを自らに吹きかけて、鼻につく香水の匂いをかき消す。消灯後の共有スペースは閑散としておりいつもの賑やかななりを潜めていた。
エレベーターに向かう途中で口渇感を覚え、そう言えばしばらく何も口にしてなかったことを潔く思い出しエレベーターに向けていた足の行き先をキッチンの方へ変える。たしか冷蔵庫に買っておいたミネラルウォーターがあったはずだ。

キッチンへ近づくと少し明るくなっていることに気づいた。誰かいるのか電気を付けっぱなしにして眠ったのか。どちらにせよ関係ない事だ。さっさと飲んでさっさと寝よう。明日も朝から敷地内のランニングに行かなければならない。

キッチンに入ると電気の消し忘れではなく、誰かがいたようだった。そうして見たその後ろ姿に一寸だけ目を見開いた。
見覚えのある後ろ姿。動くとふわりと揺れる、その絹糸のような、髪。

「あれ、爆豪くん。爆豪くんもまだ起きてたの?」

振り返った先の瞳に映る自分と目が合いそうなくらい、真っ直ぐに見つめて目を逸らせない。


「・・・おー」
「そうなんだ。珍しいね起きてるの」
「・・・寝付けねぇ時も、ある」
「やっぱり爆豪くんでもそういう時あるんだ」
「どういう意味だコラ」
「ふふ、なんでもありません」

軽口を叩けば花が綻ぶように笑って、目の前の小さな鍋に視線をうつした。その瞳が自分から鍋に移されたことにすら苛立ちを感じる自分に呆れて、近づきながら小鍋の中を見る。
小鍋の中、白い液体は弱火で煮詰められているのかふつふつと縁の方から気泡が上がってきていた。

「ホットミルクか」
「うん、眠れない時はこれに限るよね。爆豪くんも飲む?」
「・・・おー、」


手渡されたマグカップには半分ほどのホットミルクが注がれていて、仕上げにと入れたはちみつの香りがまだ残っている気がした。
隣をちらりと盗み見るとマグカップに向かって必死に息をふきかけている。猫舌なのかとぼんやり思いながら湯気の経つコップに口をつける。

「・・・あめぇ」
「ホットミルクは甘い方が好きなんだ。でも爆豪くんには甘すぎたかなあ」
「飲めねぇこともねぇよ。つか、まだ飲まねーのか」
「あっためすぎて・・・。爆豪くんは舌も強いんだね」
「んだそれ。」

言ってることがアホらし過ぎて思わず笑いが漏れる。残りを飲み干そうとしていると視線を感じて、その先を見たらきょとんとした顔でこっちを見ていた。

「んだよ」
「・・・爆豪くんもそうやって笑うんだね」
「あ?」
「優しく?・・・うん、その笑顔好きだなぁ」

そう言いながら、それこそ優しく笑うから目が離せなくなって。

「普段からそう笑った方が人気出るよ」
「・・・できるかアホ」
「えー、勿体ない」

シンクに背を預けている隣のそいつに視線だけ向ける。やっと飲めるようになったマグカップを抱えて口をつけようと、直前で息を吹きかける。その小さな口が目に焼き付いて

「てめーは」
「ばくご、」

体を乗り出して覗き込むように顔を近付ける。鼻先が触れそうな距離。見開かれた瞳にまた自分が写り込む。

「・・・簡単に好きなんざ言うな」
「・・・え、っと」

手元のホットミルクの匂いと、それとは別の甘い、匂い。少しでも顔を動かせば、唇が触れそうな距離で。潔癖症もあながち嘘ではない。そこまで酷くないが他人よりはそのきらいがあると思う。キスなんて以ての外だった。
なのに。目の前の女の唇には触れたいと思って、その中を知り尽くしたいと思うのは。

「・・・はよ寝ろ」

触れないまま体を引き離し、残りのホットミルクを一気に煽ってその場を後にする。シンクに置いたコップは、明日の朝にでも洗えばいい。

あのまま触れていたらどうなってただろう。自分を叩いただろうか、固まっただろうか、それとも。

「近づいた時点で仰け反ったりなんだりしろや」

小さく呟いた声は、エレベーターホールの中に溶けて消えた。




恋だの愛だのは自分とはかけ離れた場所にあって、関係のないものだと思っていた。
クラスメイトの、苗字名前を知るまでは。


苗字名前はA組のクラスメイト。容姿は可もなく不可もなく、どちらかと言えば線の細い体をしている。人当たりの良い性格で誰に対しても分け隔てなく接する。ただの八方美人かと思ったらそうでも無い様子だった。
自分が怒鳴ってもびっくりしてその硝子のような瞳をぱちくりとさせるだけ。
軽い怪我をした時に絆創膏を渡してくるような命知らず。どっかの幼馴染と重なって最初はイラつきもしたが、そのうちそれにも慣れて適当にあしらうようにした。
いつか、気まぐれで絆創膏を受け取ったらその時初めて、花が綻ぶような笑顔を真っ直ぐこちらに向けてきて。その瞬間、この笑顔が自分だけにずっと向けられたらとらしくも無いのことを思ってしまった。

笑った顔が見たくて怒鳴るのを辞めた。他のやつにどんな顔で接しているのか気になって目で追うようになった。声を聞きたくてがらにもなく静かに隣に座ったりした。近くを通ったら鼻腔をくすぐるような甘い匂いがして、 咄嗟にその絹糸のような髪に触れたくなった。
1日のなかで何度も頭に浮かんでは波紋を残して消えていく。

ー爆豪くん

呼ばれるだけで凪いだような気持ちになれる。そうして潔く、これが恋だの愛だのというものだということに気づいたのだった。








授業を終えた放課後。クラスメイトが皆帰路に着く中、苗字はひとり教師の手伝いに運悪く任命され同じ時間に帰ることは叶わなかった。正直生徒を1人捕まえてまでやるようなことでは無いと、内容を耳をそばだてて聞いて思ったが苗字は嫌な顔せず二つ返事で頷いて、共に帰る予定だった女子に断りを入れていた。
特に用事もなかったから、自分だって帰ればよかったのに何故か足に根が生えたように動けず、椅子から立ち上がらずに頬杖を付いてその場に留まる。

「バクゴー帰ろうぜ!」
「うっせえ勝手に帰れや」
「お?なんか用事あんのか?」
「てめぇには関係ねぇ」
「そうか!じゃあ先帰るなー!」

切島の詮索しない所は評価できると思う。アホ面も見習えばいいのだが。

夕焼けが教室を照らす中1人携帯で適当な音楽を流しながら宿題をして時間を潰した。苗字のカバンは机の上に置いてあるから、戻ってくるだろうと見越して。本当にらしくない。らしく無さすぎて自分に吐き気すら催す。
それでも

「あれ?爆豪くんまだ居たんだね」
「・・・いちゃ悪ぃかよ」
「全然!」

あの硝子のような瞳に映りたいと思ってしまう。



「何してたの?」
「宿題」
「偉いね!さすが爆豪くん」
「舐めてんのか」
「舐めてないです」
「それがもう舐めてんだわ」

また笑いが漏れると、目をぱちくりとさせた後に花が綻ぶように笑って、その笑顔からやっぱり目が離せない。本当に自分はおかしい。

「やっぱり爆豪くんの笑った顔すき」

だからそういう風に言われると、どうしても期待してしまうからやめろと言ったのに。

「そーかよ」
「あ、もう帰るの?」
「終わったしな」
「そっか」

荷物をまとめて立ち上がる。根はとっくに消えていた。ドアまで歩いてから教室を振り返ると苗字は鞄をもってなんとなく所在なさげにしていた。夕日が苗字の髪に反射して煌めいている。

「・・・はよしろ」
「え・・・一緒にかえっていいの?」
「ダメだったら言ってねぇわ」

ぽかんと口を開けたと思ったら、また嬉しそうに笑うから。

「うん、一緒にかえろ」

やっぱりこれが愛なのだと思うことをやめられない。




Request by 桜様
桜様、リクエストありがとうございました!
少し長くなりそうなので区切ります。
また少しお待ちください!



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