泡沫越しの輪郭

「焦凍、小さい頃遊んでたあだ名ちゃんのこと覚えてる?」
「・・・ああ、覚えてる」
「そっかあ!よかった!わたしあだ名ちゃんのお姉ちゃんと今でも仲良くてね、時々連絡するの」

ぼんやりテレビを見ながら魚を口に運ぶ。バラエティ番組のなかで下品に笑い散らかしている出演者に、何がそんなに面白いのかさっぱりわからないと目を背けた。
引き続き魚をつついていると一緒に食事をとっていた冬美姉さんが思い出したように口を開く。それに顔を上げて、思い出すように視線を斜め上に上げた。

あだ名ちゃん、あだ名。
―しょーとお!しゃぼん玉やろー!

しゃぼん玉の影に隠れた顔がぼんやりと浮かんで消える。
昔の思い出に楽しげに話し続ける姉さんに視線を戻した。

「そのあだ名がどうした」
「あっ、そうだった。あのね、あだ名ちゃん雄英高校受かったんだって!ヒーロー科!」
「へえ」
「焦凍と同じね!あの子昔焦凍と仲良かったでしょう?ぜひ仲良くして欲しいってお姉さんが」
「・・・」
「ま、まあ、気心知れた友達がいるのはいい事よ。新しい環境だし。あだ名ちゃんもまた焦凍と仲良くしたいって思ってくれてるみたいだから」

その言葉に間延びした気のない返事をして、また魚に箸を差し込んだ。



自室のローテーブルの上、メモ用紙と携帯が並んでいる。

これあだ名ちゃんの連絡先ね。

夕飯後に食器を提げてテーブルを拭いていると、姉さんは小さなメモを渡してきた。意味の無い文字の羅列。それを緩慢に受け取って持って帰ってきてしまった。
捨てても良かった。仲良しごっこをするために行く高校じゃない。むしろ纏わりつかれたら面倒臭いとすら思う。
というか何で俺から。仲良くしたいのは向こうであって俺じゃないのに。俺の連絡先を教えて向こうから連絡を貰うほうが理にかなっているんじゃないだろうか。
1度大きくため息をつきながら携帯に手を伸ばし、メッセージアプリで文字の羅列を検索する。
姉の顔を立てるため。それらしい理由で、検索先に出た名前を追加した。


高校の授業の予習を開始して少したった頃。近くに置いていた携帯が震えてその振動がテーブル越しに手に届く。それに問題集から顔を上げて、おもむろに画面に触れた。
連絡先の登録が家族しかいない携帯は滅多にならない。3つの連絡先のうちの一つは着拒しているし、もう1つは今同じ家にいるからわざわざメッセージを使う必要がない。それなら夏兄だろうかとメッセージを確認すると、先程登録したばかりの名前に少しだけ目を見張った。

『轟焦凍って、もしかしてしょーと?あだ名だよ。苗字名前。おぼえてる?』

そのメッセージに、またしゃぼん玉に隠れた顔が浮かぶ。

『ああ。覚えてる』
『ほんと?よかった!昔はよく遊んだよね』

そうして昔を思い出すようなやり取りが画面を埋めていく。
滑り台で遊んだ、ブランコで2人乗りをした、1つの本を2人で寄り添って読んだ。どれもまるで昨日のように思い出せた。
その小さなたくさんの思い出達が、しゃぼん玉に隠れた顔の輪郭を徐々に浮き彫りにする。

短いざんばらな髪に、膝に絶えない絆創膏。笑ってつり上がった口元にある黒子。茶色の少しだけ垂れたアーモンドアイが楽しげに細められる。
苗字名前。幼稚園から小学校低学年までよく一緒に過ごしていた幼馴染。
小学校3年の時に引っ越してしまって、それきりだった。
あの、急にいなくなってしまった感覚は、思い出すだけで胸がざわざわと騒ぐ。短い人生で2度目の別れ。あの喪失感にも似たからっぽな胸の内は、もう2度と、思い返したくもない。
・・・はて、何であんなに辛かったか。

『楽しかったなあ、しょーとと遊んだの』

園庭を駆けずり回って遊んだ。転んでもちっとも泣かない。
今も、昔と同じように走り回っているのだろうか。幼稚園のヒーローごっこで我先にとオールマイトに立候補したあの茶目っ気のある顔で。

『高校一緒なんだってね。よかったらまた仲良くして』

そのメッセージに、仲良くする気は無いと一言返せばよかった。姉の顔を立てるために追加しただけ。それなのに、なんとなく。

『ああ』

昔の思い出達が邪魔をして、なんとなく、そう返事をした。






電車から、雄英高校最寄りの駅に降り立つ。今日は雄英の入学式だ。
あだ名とはあれからたまにメッセージのやり取りを繰り返した。と言っても、送られてくるものに返事を返すだけ。
空の雲、近所の犬、水溜まりに反射した虹。そんなどうでもいい写真が送られてきては、ひとことコメントがついてくる。

『アイスクリームみたい』『近所のアイドル』『しょーとにもみえてる?』

そういうものはずっと、どうでもいいと思っていた。多分他の誰かからだだったら、既読すら付けない。
でも、何気なく送られて来るその写真とメッセージに、柄にもなく空を見上げたりした。

『アイスクリームには見えねぇ』『家の近くにはもっとかわいいやつがいる』『見えてる』

空の虹の写真を送り返して、何やってんだとため息を着いてから側面のボタンに触れて画面を暗くする。
そういったやり取りが、なんとなく。なんとなく、嫌じゃなかった。


ホームの階段を登って、ICをタッチし改札を抜ける。朝の駅は学生で混み合うから、少し早い時間にして正解だった。
ポケットの携帯が震えて、歩きながら取り出して画面を表示する。

『門の所にいるね。会えるの楽しみ』

それに既読だけつけて携帯を握ったまま目的の場所へ向かった。何となくはやる足になんとも言えない感情が込み上げる。


昨日の夜、寝る前にぼんやり携帯を見ていたらあだ名からメッセージが届いたとバナーで表示された。それをタップすると、満月の写真とメッセージ。

『しょーとも見てるかな』

その一言に、眠くて布団から出たくないと言う体を叱咤してずるずると縁側に出た。見上げた満月は、写真と全く同じで。

『みてる』

同じように写真を撮って送ると、すぐに既読が着いて『きれいだね』と返事が飛んできた。
そして間髪入れずに次のメッセージがきて、『きれいだね』が上に押し上げられる。

『明日、朝会えるかな?一緒に学校いこうよ』

その文字に少しだけ目を見開いて、また月を見上げた。
短いざんばらな髪に、膝に絶えない絆創膏。笑ってつり上がった口元にある黒子。茶色の少しだけ垂れたアーモンドアイ。
思い出の中のあだ名がそのまま雄英の制服を着ている。なんだかちぐはぐしていた。
そういえば最後に会ってから6年以上空いている。背も伸びて、少しは見た目も変わっているだろう。

『わかった』

集合時間と場所を決めると、『じゃあ、また明日ね』と返事が来た。
また明日。最後にそれを聞いたのも、もうずっと前だった。やっと明日がくる。

やっと明日がくる、その不意に浮かんだ言葉に訝しげに眉をひそめてから、自室の布団に潜り込んだ。



小高い丘を確かな足取りで登っていく。無駄に敷地の広い雄英は門に着くまでも時間がかかる。これすらもトレーニングになりそうだとひとりごちて、見え始めた門に少し体が固くなった。
門の下に数人、同じ制服を着た生徒がいる。皆待ち合わせだろう。倍率が高くても同じ中学から進学する人も少なくないはずだ。
その中に見知った人影を探すのに、一向にそれらしき人は見つからない。

「あのこすごく可愛くない?モデルかな」
「うわ、まじで可愛い・・・。声かけっかな」

周りの数人がそう声を上げる。天下の雄英高校だ。モデルやアイドルがいてもおかしくないだろう。その視線の先を見て、ああ確かに。と思いながらまた周りを見渡した。

おかしい、門にいると言ったのに。少し席を外しているのだろうか、それとも、嘘だったのだろうか。
そんなやつだとは思えないのに、と少しがっかりした自分がいた。
途端、握ったままの携帯が震えてメッセージの着信を知らせる。
驚いて直ぐに既読を付けると、いつものように写真があって。そこにはぼんやりと立つ自分と、『見つけた』のメッセージ。

「は・・・?」

それが理解できなくて気の抜けた声が出る。見つめる携帯の奥に、1人誰かが歩いてきた。
携帯から顔を上げる。

すらっと伸びた絹のような髪。絆創膏の無い綺麗な膝。笑ってつり上がった口元にある黒子。茶色の少しだけ垂れたアーモンドアイ。

「しょーと、久しぶり」

鈴を転がすような声が耳に響いて、数秒遅れて理解する。名前を呼ばれた。昔聞いた、間延びした自分の名前。そうだ、あだ名はこうやって、俺の名前を、

「・・・あだ名?」
「うん、そうだよ。あだ名だよ」

思い出の中のあだ名がすごい速さで駆け巡る。
そのどこかしらのあだ名は、そういえばスカートだった。あの頃は性別関係なく遊んでいたから、気にもしなかった。幼馴染は幼馴染という性別だった。

屈託なく笑っていた顔。それを可愛いと思っていた。
朝登園してすぐに会いに行った。今日も一日一緒にいたいと思っていたから。
さよならのとき、胸が引き裂かれる痛みだった。あの時から、ずっとまえから、もう。

「しょーと?」
「・・・あ、いや、・・・久しぶり」
「うん、久しぶり。」

嬉しそうに細められるアーモンド。上がった口角の下にある黒子。どうみても思い出のあだ名だ。
でも、どういうことだ。あんなにやんちゃで走り回って、怪我をしていた幼馴染だったのに

「しょーと、凄いかっこよくなってる。髪の色が紅白じゃなかったらわかんなかったかも」

今目の前にいるのは、モデルやアイドルどころじゃない。今まで見た中で、1番、綺麗で可愛らしい人間だった。

「・・・それは、むしろお前の方だろ」
「え?そうかなあ。でも、しょーとに久しぶりに会うからおしゃれしちゃった」

かわいい女の子に見えるかな?と首を傾げる。
それにやっとの思いでひとこと肯定の言葉を返した。
心臓が耳元にあるようにうるさい。話しかけてくる会話の内容が頭に入ってこない。

「しょーと」

また間延びした自分の名前がその小さな口元から紡がれ、やっと我に返る。
見つめた先、あだ名は楽しげににっこりと笑った。

「また、しゃぼん玉やろうね」

その、小さい頃から変わらない笑顔から。もう、目を逸らせなくなる自分がいた。



Request by I love dog様
I love dog様、リクエストありがとうございました!
小さい頃って性別気にしないから女子が男子に混じっていてもわかんないですよね!
しょーとくんも気にしてなかったけど、自分でも気づかないうちに心の中ではちゃんと女の子と認識してて、別れとともに眠っていた幼い恋心が高校での再開で、また目覚めると。しかもめっちゃ可愛くなっててそこでやっと好きだったことに気づきました!という感じに仕上げてみました。リクエスト通りになったでしょうか?
個人的にこの話とても気に入ったので、続編ありだなあと思いました!

この小説を少しでも楽しんで頂けたら幸いです!
リクエストありがとうございました!

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