「ナマエ」

ベッドに腰掛けているボンドさんに手を引かれて前屈みになる。そのままの状態が体勢的にきつかったので、自然とボンドさんの両脚を挟んでベッドに乗り上げる状態になってしまった。

部屋に響くリップ音の中、ボンドさんの白いシャツの中へと手を忍ばせた。女性のものとは違う、けれど手に触れた柔らかな膨らみをゆっくりと堪能する。ボンドさんは俺に唇を寄せて、優しく、それでいて確かな目的を持った手つきで俺の背中や腰、色々なところを触っていく。俺の太腿やその内側を撫でる手つきにぴくりと反応してしまった。じれったいが気持ちいい。キスの合間時折ボンドさんから漏れる吐息が堪らなく色っぽくて、ぞくぞくする。
俺の興奮してるとこが見たいだなんて、俺も相当な変態だがこの人も相当だ。ただの興味本位にしても人は見かけによらないというのはよく言ったものである。
数時間前あれだけボンドさんの誘惑から頑張って逃げていた自分が今のこんな状況を見たら絶対に殴られるだろう。今こうして甘んじてボンドさんの胸を揉ませてもらっているのを後で思い出して、自己嫌悪に陥りそうだ。まずいとは分かっているけれど、仕事仲間とこんなことをするという背徳感とか、ボンドさんに少なからず好かれているという嬉しさとか、目の前に広がる素晴らしい胸筋の誘惑とか、こんなことになった原因は色々あるし、…やっぱり、気持ちいいことには逆らえなかった。ボンドさんが無駄に上手いせいだ。この人が俺に触れるときの手つきやキスが、何から何まで心地良くて気持ちいいから、自然と逆らえなくなる。まるで麻薬だ。

「何だ」
「え、」
「手が止まってる」

どうやら俺の両手はボンドさんの胸に触れたまま止まっていたらしい。改めてまじまじ見ると目の前に広がる視界が強烈ですごすぎてまたじわじわと顔が熱くなるのを感じた。だって、ベッドの上でボンドさんは白いシャツを前だけはだけさせて、俺はその露わになったボンドさんの柔らかな胸筋に手を添えているのだ。要はパイタッチをしているのだ。やばいだろう、どう考えても。

「あ、…いや、キスがきもちいいなって、思ってました…、」
「ふうん」

なぜか声が小さくなってしまったが嘘はついてない。本当にボンドさんのキスは気持ちいいのだ。ボンドさん、ふうんてなに、ふうんて。

「君はキスが下手くそだな」
「う"っ」

真顔でのその一言がぐさりと心に突き刺さる。そりゃあ百戦錬磨の貴方と比べたら俺のキスは下手くそだろうよ……。俺だってそれなりに経験はあるはずなんだけどなあ……とそう沈んだ気持ちになったところでふとある不安が頭をよぎる。

「(…もしかして、今までの行為で気持ちいいと思っているのは俺だけか…?)」

俺のキスが下手くそだというのだから、その可能性は十分にある。でも蕩けるようなキスをされて、俺だけ気持ちいい思いをしているのであればそれは申し訳ない、と思う。胸を触らせてもらっている身としては、どうせならボンドさんにも気持ちよくなってほしい。

「……すみません…あの、気持ち良くなかったですか?」
「何が」
「胸、」
「胸?」

俺の小さな声にああ、と納得したようにボンドさんは声を漏らした。

「気持ち良くないというわけじゃないが……不思議な感じだな。なんでそんなことを聞くんだ」
「だって、触るんだったら気持ち良い方がいいでしょう、」
「…気持ち良くさせてくれるのか?」

どこか挑戦的な笑みを浮かべながらのボンドさんのその言葉に、俺はどもりながら努力しますとしか言えなかった。

結果、


「ん、…ッ、」

全く予想外なことにボンドさんにはどうやら素質があったらしい。柔らかな胸筋を揉みしだきながら、淡いピンク色をした乳首をつまんだりなぞったりと遊んでいるうちに、ボンドさんは悩ましげにその綺麗な形の眉毛を顰め、固く結んだその口から小さく声を漏らすようになった。その姿はいつものボンドさんとは全く違うもので、正直とても、クるものがある。

「気持ちいいですか、」

感じてくれているのだろうか、耳元で囁くが答えてくれない。けれどボンドさんがキスを強請る素振りを見せたので、唇を寄せてそれに応えた。するりと首に腕を回されて、何回もその柔らかい唇が重ねられる。これは、肯定的な返事と捉えていいのか?

「ボンドさん、セックスするとき女の人にここ弄ったりされなかったんですか?」
「さあ、どうだろうな、ふ、ン」

聞いたけどはぐらかされてしまった。乳輪をつつ、となぞり、耳元から首筋まで唇をすべらせる。そのきれいな色をした乳首を口に含んで転がしたいと思ったけれど、さすがにそれはまずいだろうな、と思って我慢した。

「乳首の色、きれいですね」
「そういうことは言わなくてい、っぁ、」

言葉の途中で乳首を抓むとボンドさんは小さい声を上げた。予期せぬ刺激だったのか、我慢していた声が出てしまったようで、その声はいつもよりも少し高い。こんな声出るんだ、と思ったと同時にちょっとかわいいとか思ってしまった。ときめいた。

「何」

ちら、とボンドさんの表情を窺うと、何か文句でもあるのか?とでも言うかのようにぎろりと睨まれた。やっぱりさっきのアレが恥ずかしかったのか彼の耳がほんのり色づいていてかわいいと思ったけれど、そんなこと言ったら殺されそうなので、代わりに俺からボンドさんにキスをした。

「んっ、」
「ふ、下手くそ、ッン」

唇と唇を合わせただけの子供じみたキスに、下手くそと笑いつつもボンドさんは舌を絡ませる。口づけに応えながらその弾力のある胸を弄れば、ボンドさんが抱いていた俺の腰を自分の方へと引き寄せる。そのせいでボンドさんと向かい合って、俺が彼に跨がる格好になってしまった。けれど俺の全体重をボンドさんにかけるわけにはいかないので、負担をかけないように少し上半身に力を入れた。ボンドさんは俺の腰に回していた手を俺の尻に移動させて、まるで味わうように揉みしだきはじめる。その絶妙な力加減に思わず力が抜けそうになり、変な声が出そうになった。

「っボンドさ、」
「何?気持ちよくない?」
「ちが、その逆です、あの」
「ん?」
「俺重いでしょう、だからこの体勢だとボンドさんに負担がっうお?!」

俺の言葉は続かなかった。急に強い力で引き倒されたかと思うと、いつの間にか俺はベッドの上に仰向けになっていて、ボンドさんは俺の上に覆い被さっていて。

「これで問題ないだろう?」
「は、はい…」

何処か得意げにそう言ったボンドさんに俺ははいと返事するしかできなかった。強引すぎる…。
俺の顔の真横に両腕をついて、ボンドさんは俺の瞼にキスをする。緊張でかちこちに固まっていた俺の身体をほぐすためなのか、ボンドさんは耳元でリラックスして、と囁いた。そんな低くて甘い声で囁かれてリラックスなんてできるわけないだろ。そんな心の声が表情に出てたのか、ボンドさんはそんな表情するなよ、と目を細めてまた俺にキスをする。ボンドさんのキスや俺に向けられる表情が優しくて、恋人じゃないのに勘違いしてしまいそうだ。
それからボンドさんはごく自然に俺のシャツのボタンに手をかけて外し始めるものだから一瞬間を置いて慌てて止めたが、今度は何だと言われてしまった。いやいやちょっと待ってくれ、俺も脱ぐのは勘弁してほしい、こんな良い身体の前で俺の貧相な身体を晒せるわけがない!

「お、俺は脱げないです」
「どうして」
「だって」
「だっても何もない、君にも脱いでもらわないと、僕だけなんて不公平だろう?」
「そっそれはそうですけど、でもっんっ、ぁ、うぅ」

だってと続きを言いかけた直後俺の言葉は遮られ、口を塞いだボンドさんは俺の手を掴んで自分の胸まで導いてから問答無用でボタンを外し始めた。触らせるから脱がせろということらしい。ていうか最初から聞く気ないなら何でどうしてって聞いたんだ。そして胸で黙らされてる感半端ないんだが………。それで黙って揉んでしまう俺も俺だけども…。あちこちにキスを続けながら俺のシャツのボタンを外していくボンドさんは流石手際がいい。あっという間にはだけさせられて、するりとボンドさんの大きい手が俺の素肌を撫でた。ああこそばゆいまた変な声が出そうだ。恥ずかしいのでそれを誤魔化そうとボンドさんの小さい胸の飾りを弄る。撫でたり押し潰したり緩急をつけて弄るとボンドさんから鼻の抜けた声がした。

「ふ、ぅン、ぁ」
「(やっぱりかわいい…)」

閉じられた長い金色の睫毛が震える。声を抑えるためなのかなんなのか、俺の首元に顔を埋めたボンドさんの形の良い後頭部を撫でた。まさかこの人をかわいいと思う日が来るとは思わなかった。男に胸を弄られて小さく声を漏らす目の前の彼が、俺よりも体格が良くて普段の紳士然としていて、そして女好きと知っているだけに、かわいく感じるのだろうか。これがギャップ萌えというやつか。

「(…あれ、)」

ボンドさんのズボンのポケットが小刻みに規則正しく振動している。きっと仕事用の携帯だ。唇を離してボンドさんを見やる。目を合わせたきれいな空色の瞳は、今は情欲の色に染まっている、ように見えた。

「携帯、鳴ってますよ」
「………」
「で、出ないとまずくないですか?」
「…そうだな」

俺の言葉にボンドさんは何か言いたげな目線を送ってから、身を起こして仕方ないとでも言うような仕草で携帯に出た。なんだよその反応!だって出ないとまずいだろ仕事用の携帯なんだぞ!

「ボンドだ、…ああ、Qか。どうした?」
「………」

ボンドさんが何やら仕事の話をしている間(恐らく今回の任務の話だと思うが)、俺は若干ふわふわとした頭でこれからボンドさんとどう接していけばいいかを考えていた。仕事に私情は挟まない人だろうから、きっと仕事をする上では問題はないと、思う。…でも、もしまた今日みたいにちょっかいを出されたら?この行為は全てボンドさんの気まぐれによるもので、お遊びだ。だから本気にするなど以ての外だ。本気にするつもりなんてさらさらない、ないけれど。彼からのちょっかいを勘弁してほしいと思いつつも少し期待している自分がいるのは、否定できない。

「…大丈夫でしたか?」
「ん、ああ。Qから任務用のガジェットを受け取るのを忘れててね、彼から受け取りに来いと催促の電話だ」
「えええそれ行かないとまずいやつじゃないですか!」

電話を終えたボンドさんにそう聞いたら真顔で割とやばい返事が返ってきた。そういうの心臓に悪いからやめて欲しい。

「ナマエ、僕の任務が終わるまでロンドンにいるのか?」
「っえ?あ、はい、今回の任務の報告書書かないといけないし、別件がロンドンであるので、貴方が帰って来るまではロンドンにいようかと」

てきぱきと身なりを整え始めながらそう聞いたボンドさんに対して、俺ものろのろとシャツのボタンを締めながらそう返す。

「そうか、では、」
「?」
「これの続きは僕が帰ってからにしよう」
「っな、」

カフスボタンを留めつつさらりとボンドさんはそう言った。その言葉に開いた口が塞がらない。いや待って続き?!するの?!え、っは??!

「安心しろ、君のその変態じみた性癖をバラしはしないよ」
「(ええええ)」

そういうことではないと全力で思ったんだが、これで俺が社会的に死ぬことはなくなったのでちょっと安心した。いやでもやっぱりそういうことじゃないと言いたかったが、とにかくボンドさんはこれから危険な任務に赴くのだ。だから、なにか言わないと、

「………ぼ、ボンドさん」
「ん?」
「気をつけて、行って来てくださいね、怪我しないように、」
「帰ってきてからのことを期待してるのか?」
「なっちが、違いますよ!俺はただ貴方を案じて」
「分かってるよ、ありがとうナマエ」

俺が頑張って考えに考えた上の言葉を揶揄いやがってこの人は!君は面白いな、そういうところが好きだよと笑ってボンドさんはちゅう、とかわいい音を立てて俺にキスをする。そしてじゃあ、と部屋をさっきまでしていた行為の雰囲気のかけらも出さずに颯爽と出て行った。
ばたん、と部屋のドアが閉まる音がして、その場には俺と、ボンドさんに放り投げられた鞄が取り残される。


「………そういうところが好きだよって………なに……」

ていうか、


…なんだこの、恋人みたいなアレ………。


20161117


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