「………」

穏やかな朝だ。目覚めがいい。そして幸せだ。
俺が寝る時には任務でいなかった恋人が、今は俺に抱きついて俺の胸に顔を埋め、すうすうと穏やかな寝息を立てているから。俺が寝てる間に帰ってきてベッドに入ってきたのだろう、熟睡してたから全然気づかなかった。

「…ピエトロ、」

恋人の名前を呟いて、ふわふわとした銀色の髪を撫でる。するとピエトロから少しくぐもった声が聞こえて、俺に抱き着き直した。
俺はこんな風に一緒に寝て静かに迎える朝が好きだ。特に休日の朝は。穏やかで、ゆるやかな時間の中で確かな幸せを感じるから。

「…ん、…ナマエ…」
「おはようピエトロ」
「…おはよう」

しばらく眠っているピエトロの髪の毛で遊んでいるともぞりと身体が動いて、ゆるりとその目が開く。寝ぼけ眼の目でぼうっと俺を見てから、ピエトロが甘えるように擦り寄ってきたので、それに応えるように彼の髪にキスを贈った。


「任務おつかれ」
「ん」
「怪我は?どこもしてない?」
「ん」
「良かった、おかえりピエトロ」
「ん」

寝起きで頭が働いていないのだろう、俺の問いに相変わらず俺の胸に顔を埋めながらん、ん、と答えるピエトロがどこかかわいくて、思わず頬が緩む。

「ていうかお前、俺の胸に顔を埋めながら寝て苦しくなかったか?よく落ちなかったなこのベッド結構狭いのに」
「…安心するんだ、ナマエの心臓の音がしてさ」
「…そっか」

率直に疑問に思ったことを口に出したら、ピエトロからゆっくりとした口調でそう返ってきて、少し嬉しくなった。こんな筋肉も脂肪もついてない貧相で薄い胸に顔を埋めて何が良いのだろうかと思っていたが、そうか、心臓の音か。俺もピエトロの心臓の音を聞いたら安心するのだろうか。

「…俺も聞いていい?」
「え?」
「ピエトロの心臓の音」
「……ん」

短く返事をしてから、ベッドに潜っていたピエトロはもぞもぞと枕の方に上がってきて白いシーツから顔を出した。今度は俺がベッドに潜って、ピエトロの胸あたりに頬を寄せる。自分の胸に顔を埋めたことがないから比べようがないが、俺の胸とは全然違う感触だと、思う。ピエトロは俺を自分の胸の方へと抱き寄せてくれた。彼の背中に腕を回して身を寄せ合う。

「(ああ、なるほどな…)」

とくとくとゆっくりと鼓動を打つピエトロの心臓の音が頭の中に響き渡って、気持ちが良い。ピエトロも言うように、好きな人の心臓の音は、こんなにも安心して、落ち着くものなのか。
…それにしても、

「…お前の胸、顔の埋め心地がいいな」

ピエトロの胸から顔を上げてシーツの中からそう言うと、「何変なこと言ってんだよ」と微妙な表情と声音で返されてしまった。ううん、なんて言えばいいのだろう…。

「なんていうか、ピエトロ鍛えてるから良い身体してるし、胸の筋肉があって、それが抱きついてると柔らかくて気持ちが良いというか、」

「ずっと顔を埋めてたくなるというか、」そう続けながら彼の胸に顔を埋める。Tシャツ越しにでも分かる彼の胸筋は、思ったよりも柔らかくて気持ち良い。ぐりぐりと顔を押し付けると、ピエトロは俺の頭をそっと撫でてくれた。ああ落ち着く。俺はただの事務職で、まあ事務職といえどそれなりの訓練を受けないといけないから多少の筋肉は付いているはずだが、それでもやっぱり現役のエージェントで、しかもアベンジャーズの一員であるピエトロには遠く及ばないのだ。だから、同じ同性でもピエトロみたいにきれいに筋肉が付いている人を見るついその身体を見てしまうし、憧れる。そして恋人なら、つい触りたくなってしまう。

「な、むねさわっていい?」
「…いいけど、」
「やった」

恋人の了承を得たのでぺたり、とその胸に手を置く。すごいなあ、やっぱり鍛えてるなあ、俺とは大違いだとぼんやり思いながら胸筋や腹筋をTシャツの上から撫でて、ピエトロの身体を堪能する。

「ナマエ、くすぐったい」
「あ、ごめん…ありがと、ピエトロ」

しばらく思い思いに堪能させてもらっていたが、不意にピエトロがそう言って身じろぐ。だめだ、ここら辺にしておこう。あんまり無遠慮に触っているのもピエトロが嫌がるだろうと思ったので、名残惜しいがピエトロの胸から顔を上げて、ずりずりと身体を上に移動させて彼と目線の高さを合わせた。視線が絡まって俺にふ、と目を細めて微笑んでくれたピエトロはまだ少し眠たそうで、彼の空色の瞳もとろんとしている。
きれいな瞳だと、いつも思う。俺はこの宝石みたいな瞳が好きだ。それを縁取るまつげも、色々な表情を見せてくれる形の良い眉毛も、すべてが好きだ。そして、俺はよくこのきれいな恋人に見惚れてしまう。

「なに、見てんの」
「ん、お前の瞳を見てた」
「なにそれ」
「きれいだなって」

そう言えば、ピエトロは少し眉根を寄せた。照れ隠しだ。それから俺に抱きついて、顔を隠す。俺よりも体格がよくて身長も高いから、なんだかピエトロの抱き枕になった気分だ。彼の髭が顔に当たってじょりじょりする。

「ん、ピエトロ、髭くすぐったいよ」
「知ってる、」

俺が笑みをこぼしながらそう言うと、ピエトロは笑いながらふざけて俺に髭を押し付けてきた。そのくすぐったさから逃げようと彼に抱きしめられながら寝返りを打ったりして暴れるが、勿論敵うわけがない。そんなこんなでばたばたとお互い笑いながらベッドの中で暴れている内に、いつの間にか俺の身体の上にピエトロが乗っかる体勢になっていた。俺に体重を掛けないように彼は膝と腕を立てているから、どちらかと言うと乗っかるというよりも、俺が彼に押し倒されているといったほうが近いだろうか。ピエトロはにやりと悪戯っぽく笑って、今度は身体のあちこちをくすぐってきた。勘弁してくれ、くすぐったすぎて笑いが止まらない!

「っふは、っピエトロ!やめろ、っも、くすぐったいって!」
「さっき俺の胸触っただろ」
「いいって言ったから触ったの!」
「いいって言ったけどナマエの手がくすぐったかったから、そのお返し」
「分かった、分かったごめんて!」

これで許して、とピエトロの顔を包んで優しく引き寄せて、唇にキスをする。そうしたらピエトロはどこか嬉しそうに笑って、「ゆるす、」と俺を上から抱きしめた。
ピエトロに抱きしめられながら、ちらりとベッドサイドに置かれている時計を見る。ああ、もうこんな時間か。

「朝ご飯作らなきゃ、ピエトロどいて」
「まだ朝の9時だろ、休日なんだからゆっくりしようぜ」
「んー、どうしようかな」
「…もう少しこのままがいい」
「…しょうがないな」

しょうがないなとは言ったけど、内心めちゃくちゃ悶えた。なんてかわいいことを言ってくれるんだこいつは。
お互いの額がこつんと合わさって、そのあと鼻でキスをする。脚を絡めて、2人で笑いあって、どちらからともなく唇を合わせた。

ああ、休日の朝はやっぱり大好きだ。



20160922


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