これの続き


今日日付でジョン・ハリソン中佐の直属の部下になった。
数ヶ月前の俺が聞いたら間違いなく自殺する勢いでショックな出来事だろうが、なってしまったのだ。なってしまったものはしょうがない、と最早諦め、というか慣れの境地に達している今日この頃である。というのも、あれから直属の部下じゃないのにそれらしいことをやらされていたからだ。今まで中佐に何度仕事を振られたか…膨大すぎて覚えてないが、だから今更直属の部下になっても何も思うことはない。そして更に言えば、数ヶ月一緒に仕事をしていて俺の中佐に対する好感度は少なからず上がった。まあ、最初が最初だったのでマイナスからのスタートで、今ようやくプラマイ0になったというような感じである。
それこそ最初こそキスをされるという最悪な出来事はあったものの、仕事を一緒にしていて分かったことがある。このジョン・ハリソンという人物は士官として恐ろしく優秀な人物だということだ。間違いなく、俺が今まで見てきた中でずばぬけてデキる人間。傲慢で尊大だが、それに見合う統率力があり、どこか人を惹きつけるカリスマ性がある。その仕事ぶりを見て、士官として中佐を尊敬し始めていた自分がいたのは嘘ではないし、そんな優秀な人物と仕事ができることは素直に嬉しかった。それにアレ以来、中佐から性的な意味のちょっかいを出されることはなかったのだ。鋭い言葉を浴びせられることはあっても、それは俺が仕事をしている上で至らなかったところがあった時だけだ。仕事で会話をする以外の会話はほとんどない。だからあの時にされた事や言われた事も中佐のきまぐれだったんだろうと思い始めていたし、中佐の直属の部下になっても恐らく俺の仕事の内容は変わることはなく、それこそ変わるのは肩書きくらいだ…と、そう思っていたのだが。

「…あの、中佐」
「………」
「(無視かよ!!!!!)」

一体これはどういうことだろうか、中佐がさっきから俺のこと穴が開くくらいガン見してくる。部下になってから初めての出勤だったので一応と思って挨拶しに行ってみたら既にデスクについていた中佐に「来い」なんて言われて腕つかまれて気付いたら中佐の太ももの上に向かい合わせで座らせられたんだが。何コレ。もうさすがに何もされないだろうと油断していたのがいけなかったのだろうか、いや待て落ち着け、今更すぎるけどこれセクハラじゃないか?ていうか、俺今日から正式にあんたの部下なんであんたに届けなきゃいけない資料とか書類がたくさんあるんですけどね?!あんたから他の士官に届けなきゃいけない書類もたくさんあるはずなんですけど!仕事が滞って怒られるのは俺じゃなくてあんたなんだからな!それで良いなら全然良い…いや良くないけど!
なんて中佐への文句は次から次へと出てくるが、そんなこと(怖くて)言えるわけがなく。気まずすぎるので仕方なくめちゃくちゃ目を逸らしていたら「こっちを向け」と頬をがっしりつかまれて無理やり中佐の方へ向けさせられた。なんなんだよ一体!

「……」
「………(頼むから離してくれ………!!)」

半ば強制的に顔を向けさせられたおかげで、アイスブルーの瞳と視線が絡み合う。顔を逸らせない。俺はこの何考えてるか分からない瞳が苦手だ。いつ怒られるか、どんな行動に出るかが分からずびくびくしてしまう。もちろん、それを表に出すことはしないけど。

「中佐、あの、離してください」
「何故だ」
「何故って、俺は俺の仕事が、」

言葉が詰まった。ぐ、と片手で腰を抱かれてますます密着させられたからだ。

「…この数ヶ月、お前を観察していたが」
「か、かんさつ」
「やはりお前は面白い」
「お、俺は面白いことは何も、」
「私の行動にいちいち敏感だな。何時もビクビクしている」
「(バレてる…)」
「その様子がどこか面白い。苛めたくなる」

「こんな風に、」と中佐は俺の首筋に顔を埋めた。待て待て待て待てまじか。触れただけだ、中佐の唇が、俺の首筋に触れただけ。落ち着け俺。お願いだから落ち着け!そう自分に言い聞かせるが、中佐の思わぬ行動に心臓がばくばくと早鐘を打ち始め、身体がびくりと大げさに震えてしまう。俺の反応に中佐がふ、と息を漏らすのが分かった。気を良くしたのか、俺の腰を抱いている手とは逆の手で俺の身体に触れ始めた。その手が絶妙で、声が裏返りそうになるのを何とか堪えて「やめてください」とは言ってみたものの効果は全く無いに等しい。くそ、なんで朝からこんな目に!

「っ中佐、」
「本当は期待していたんだろう。いや、期待するようになったと言った方が正しいか。」
「、は………、」

耳元で囁くその声に俺は戸惑いを隠せない。期待?何に対しての期待だ?まさか、俺が中佐にこういうことをされるのを期待していたとでも言うのだろうか。そんなことはないと自分では思っているはずなのに、俺を見透かすようなアイスブルーの瞳にどきりとする。

「し、っしてない、中佐、っうう」
「…その表情だ、唆られる。もっとその表情が見たい」
「っ」

一瞬の間を置いて慌てて否定した俺の頬をするりと撫で、どこか捕食者のような目つきで見つめながらハリソン中佐はそう言った。俺は今どんな表情をしているのだろうか。絶対情けない、酷い顔をしている筈なのに中佐はその表情が「唆られる」というのか?中佐の言う俺の「表情」というのが分からない。こんな、俺なんかをからかって楽しいのだろうか。というか、中佐の気まぐれでこんなことされる俺の身にもなって欲しい。俺は男で、中佐だって男で、こんなの職権乱用だし、それに中佐からしたら俺なんて揶揄うに及ばないただのヒラ士官だし…………やめよう、こんなの考えてたら悲しくなるだけだ。中佐がこんなことをするのは気まぐれなのだ。そう、気まぐれ。すぐに飽きて、俺になんか目もくれなくなる。それを心の底から望んでいるはずなのに、どこかもやもやするのは気のせいだ。そのもやもやを誤魔化すように、俺は中佐を睨んで、無理矢理口を開いた。

「っ俺は、中佐の気まぐれに付き合ってる暇は、ないんです」
「…………」

やばい、中佐が真顔になった。何かしら無理矢理言おうとした結果がこれだ、完全に余計なことを言ってしまった。さっきとは別の意味で心臓がばくばくし始めた。
自分の心臓の音が聞こえるんじゃないかと思いながら、怖すぎて目を合わせられず、中佐から目を逸らして数秒。黙ったままの中佐に不意に顎を掬われて、無理矢理視線を合わせられる。怒っているのかと思ったが、違った。
ふ、と中佐が笑う。

「時間は腐る程ある。楽しみだな、ナマエ」
「……………」


もうこの仕事辞めたい。


20160806


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