これの続き


クリスマスに風邪を引くとはついてない。
長官主催のパーティーに参加しようと思っていたのに。さりげなく楽しみにしていたのだが、今まで無理していた分の疲れが一気に、よりによって今日来るとは。みんなでクリスマスを祝う中僕は1人ベッドに籠もるなんて、我ながら寂しくて虚しいクリスマスだと自嘲した。そんなことを熱に浮かされた頭でぼーっとベッドで考えていたら呼び鈴が鳴った。

「こんな夜に…誰だよ全く」

文句を垂れながら重たい身体に鞭打ってのろのろと玄関まで歩く。ああ、歩くのさえ怠い。いつもよりも重く感じるドアを開けたら、

「よお。見舞いに来た」
「ナマエ…、」

目の前にはとへらりと笑ったナマエが。
…こいつ、

「…………来るなって言っただろ」
「とか言いつつほんとは俺が来るって期待してただろ」
「………」

なんてにやりと笑顔でそう言うナマエに僕は何も言い返せない。ナマエの言う通り期待していたから。風邪を引いた旨を彼にメールで伝えたら見舞いに行くと返事が来たが、自分から来なくていいと返したのだ。けれど、実は来ることを期待していた。そういうことをする奴だと、長年の付き合いから分かっていたから。そしてナマエが来てくれたことに間違い無く嬉しさを感じているのだから相当だ。緩みそうになっている口角をきゅっと締めた。思わず眉間に皺が寄ってしまう。

「……はあ、伝染ってもしらないからな」
「俺は風邪引きませんから大丈夫ですー」
「ああ、そう…」

憎まれ口を叩いてみたが軽い口調でかわされた。そのままナマエはずんずんと部屋の奥に進んでいくので、小さくため息を吐いてから、仕方なく後を追った。

「大丈夫か?熱はどうなんだ」
「熱は、っおい、」

リビングに入った僕を見ると、ナマエは僕の制止も聞かずに僕の額に手を当てて、その後自分の額に手を当てた。そんなので分かるのかと思ったが彼には分かるらしい、「まだ熱っぽいな、」と呟いた。

「寝てろよ、ホットウイスキーでも作ろうか?」
「あ、ああ…」
「はは、すげえ鼻声」
「うるさいな…」
「はい寝てて、あとは俺がいろいろやるから。」

そう言いながらナマエは僕をベッドへと追いやる。ベッドに入った僕を確認して、ご丁寧に毛布までかけてきた。上機嫌なのか、ふんふんと鼻歌を歌いながら勝手知ったる様子でキッチンに立つナマエを見て、何故かあの時のことがぼんやりと脳裏に浮かぶ。



「僕、君が好きなんだ」



咄嗟に出てしまったその言葉をナマエが聞いた瞬間、彼はぽかんと気の抜けた表情をした。
ああ、言ってしまった。心の底から後悔した。今までもこれからも、この想いは胸の奥にしまっておこうと決めていたのに。なのに言ってしまった。もう後戻りできない。こうなってしまったら気持ち悪いと嫌悪されるかもしれない、そうまでいかなくても、今までのように「友人」という関係ではいられなくなるかもしれない。だからナマエの反応が怖くて怖くて、彼の顔から視線を外した。

「俺は、……」

長い長い沈黙の後、小さな声で呟いたナマエに大げさにびくりと反応してしまう。恐る恐る、彼の方を窺った。
ナマエはきれいな形の眉を八の字にして、困ったように僕を見ていた。なんて言ったらいいのか分からない、そんな表情だった。そんな表情を見た瞬間、今まで築き上げて来たものが、一瞬にして崩れ去ったような、そんな気がして。

「…ごめん、さっきの言葉は忘れてくれ」

そう言ったのは自分なはずなのに、僕はまだナマエへの想いを断ち切れていない。
あんなことがあったのに、今までと変わらない態度で接してくれているナマエの優しさに甘えているのだ。ああ、僕はなんてダメなんだろう。自分の不甲斐なさに思わず強く目を瞑った。

「…ブラント?すげえ眉間に皺寄ってるけど。…どっか痛いの?」
「っああ、平気だ。ちょっと、考え事してただけで」
「ふーん、」

いつのまにか僕のすぐそばに立っていたナマエはそうか、と呟いて、ベッドサイドに腰掛けた。そして少し心配そうに僕を見つめる。

「あんまり気負いすぎるなよ。………ほら、飲めよ」

差し出されたほんのりと湯気が立っているグラスを受け取って、ゆっくり口を付ける。ホットウイスキーの味がじんわりと口の中に広がって、身体中に温かさが染み渡った。

「………ナマエ」
「んー」
「ありがとう」

僕のその言葉に、ナマエはふ、と柔らかく微笑んだ。

「…………なあ。ブラント」
「何だ」

少しずつホットウイスキーを飲みながらナマエの方を向くと、ナマエは柔らかい微笑を浮かべたまま、僕をじっと見つめる。

「俺お前のこと好きだ」
「ゴホッ」

思いっきりむせた。

「えっごめんだっ大丈夫か?!おい、」
「っう"、っく、るし、」

は?こいつ、いまなんて言った?
突然のナマエの言葉の意味が分からない。そのせいで顔は熱くなるし、ウイスキーが肺に入ったお陰で苦しいし散々だ。生理的な涙で視界がぼやけた。ナマエの焦った声が聞こえて、背中をさすられる。咳き込みながらナマエにホットウイスキーを差し出したら、彼は慌ててそれを受け取った。

「ぶ、ブラント、落ち着いたか…?」
「なっ……、な、いきなり、なん、」

いきなりすぎて思考がまとまらない。咳が落ち着いてとりあえず何か言おうとしたけれど意味を成す言葉は出なかった。どういうことだという意味を込めた目線をぎっとナマエに向けたら、彼は僕の顔を真剣に見つめて、「好きだ」と、その言葉をもう一度。訳が分からなくなってきた、ナマエが僕のことを好きだって?そんなまさか、信じられない、

「…俺さ、あの時なんで返事をしなかったんだろうって、いままでずっと後悔してたんだ」
「は……、」

ぽつりと口にしたその言葉に耳を疑った。
今まで、ずっと、後悔してた?ナマエが?なんで、

「お前の泣きそうな顔が頭から離れなくてさ、それで色々悶々考えてて、そんである時気付いたんだよ、ああ、お前のこと好きなんだって」
「…………」

言葉が出ない。そんな僕を知ってか知らずか、ナマエの言葉は止まらない。

「でも、気付いた時は告白されてから半年も時間が経ってたし、お前は「忘れてくれ」って言ったし、だからずっと言えなかったんだけど。……でも、このままじゃ後悔するぞって、ベンジーに言われてさ。…その通りだって思った。だから、伝えたかったんだ。お前が今俺のことどうとも思ってなくても、とりあえず、それだけは伝えたくて」
「…………」
「だから、今日、見舞いついでに伝えに来た」
「………………」
「……ブラント?」

顔が熱い。

ゆめ、みたいだ

「…お、おい、大丈夫かブラント」

さっきから何も言わない僕を見て心配そうにこちら覗き込むナマエが、僕の頬にそっと手を添える。
熱のせいの気怠さも、ほんとりと口に残っているウイスキーの味も、ナマエの手のひらの温度も、僕をじっと見つめるナマエも、五感で感じるすべてが、証明しているように思えた。
これは、夢じゃない。
ナマエの手が冷たくて気持ちいい。ゆっくりと目を閉じて、そしてはあ、とため息を吐いた。


「…お前のせいで、熱が上がった………」
「ご、ごめん」
「……………遅すぎるんだよ、馬鹿」
「………ごめん、」
「なんでベンジーなんだよ、自分で気づけよ、後悔するって」
「す、すみません…」

こういう時に照れ隠しでこんな憎まれ口しか出てこないのには自分でも呆れる。けど、それがナマエと両想いだという事実の裏付けみたいで、今はそれも無性に嬉しい。

「ばか」

口角がゆるゆるになった状態でそう言ったら、ナマエは何だか泣きそうな、でも嬉しそうな顔でごめんと言って、僕を抱きしめた。



20160507


prev | back | next



人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -