これのつづき


今日は12月24日、俗に言うクリスマスイブだ。クリスマスはクリスマスでそれでいい。が、時期が問題だ。なんでこの年末のクソ忙しい時期にクリスマスなんて作ったんだよ神様。甚だ疑問だよ。ほんとなんでだよ。

「バカ!!!!特別な日なのに!」

電話越しのその声があまりにも大きすぎて耳がキイインってなった。思わず耳に当てていたケータイを離してしまう。そして何事だと周りのシールド職員が俺を見たので、慌ててなるべく人気のないところに移動した。

「知ってるよ、でもどうしても上司命令で今日中に片付けないといけない書類ができちゃって、それで色々バタバタしてて連絡が遅くなった、ごめん…」

だから今日は、クリスマスを一緒に祝えない、と声を絞り出した。しばらく無言のケータイ越しの相手に、冷や汗が滲む。

「…楽しみにしてたのに、ワンダが」

必死に言い訳をする俺に、そうぼそりとケータイ越しにピエトロが呟いた。楽しみにしてたのはお前だろ、素直じゃない奴と思ったがそんなことを言ったら余計怒らせてしまうので言わない。というか言えない。

「…ごめん、でもなるべく早く帰るようにす、………えーー切れた…」

謝罪の言葉の途中でぶつりと問答無用で通話が切れたケータイを、俺は虚しい気持ちで見つめるしかなかった。


初めてキスをして、そしてなんとなく初めてのデートをして、それを積み重ねお互い手探りしながらようやく恋人同士、という関係に落ち着いたピエトロと俺が初めて迎える、特別なクリスマスイブ。それが今日だ。そして俺はもちろん彼と、そして妹のワンダとクリスマスをお祝いするはずだった。のに帰る直前上司から「これ今日中に片付けといて〜」とさりげなく優先度の高い書類を渡されるなんて誰が予想しただろうか。これだけでも最悪だがさらに最悪なのはバタバタしててピエトロに連絡が遅れてしまったことだ。連絡できたのはもうとっくに家に着いていて良い時間、案の定ピエトロから着信が山ほど来ていて。そして電話をかけたところでめちゃくちゃ怒られ最終的にはブチリと通話を切られた。ああ、ほんと最悪だ。最高に楽しい夜になるはずだったのに。

「短気の恋人を持つと大変ねナマエ」
「ううう………」

オフィスで優雅に脚を組んでコーヒーを飲むナターシャと、頭を抱えてうんうん唸っている俺。とても対照的である。今日は何を隠そうクリスマスイブなので、いつもなら夕方のこの時間でも賑わいのあるオフィスはだいぶ人が少なくなっていた。ナターシャはといえば、帰る前に頭を抱えてる俺を見かけてちょっかいを出しに来たらしい、全くなんなんだ。俺?俺はというと、目の前にあるこの書類に殺意が湧いていた。今すぐ破り捨てたい。

「…だってしょうがないじゃないか…、可愛い恋人が待ってるから帰らせてなんて上司に言えるわけないだろ……」
「そうね……でも、彼らにとっては多分久しぶりのまともなクリスマスだろうし、その気持ちも分からなくもないわ。家族を亡くしてから今の今まで人体実験されてたんだし、クリスマスなんて祝う暇なかったでしょうから」
「うっ………」

ナターシャのその言葉がとても心にぐさりと突き刺さった。そうだよなあ、あの子らにとっては久しぶりの祝えるクリスマスだよなあ……改めてとても申し訳ない気持ちでいっぱいになった。

「双子とっても楽しみにしてたわよ。特にピエトロは」
「う"う"」

更にナターシャのさりげない言葉がぐさぐさと突き刺さる。耐えきれなくて机の上に突っ伏したら、ケータイの通知音がいつもよりも静かなオフィスに響いた。誰かと思ったらワンダからのメールだ、開いて内容を見ようと思ったら、それをナターシャにするりと取り上げられる。

「あ、っちょ、ナターシャ!」
「どれどれ、…『ピエトロがすごく沈んでて可哀想だからピエトロの為にも早く帰ってきて、仕事頑張って』って。」
「ああああ」
「『追伸、私もとっても楽しみにしてた』ですって」
「あああああピエトロワンダ本当にごめん」

マジで土下座する勢いである。

「ナマエ、頑張ってね」
「がんばります…………………」

私は帰るわね、メリークリスマスナマエときれいな笑顔を俺に向けてから、ナターシャは颯爽とオフィスを去っていった。そして静まり返るオフィス。

「……っよし、」

自分に気合を入れて景気付けにエナジードリンクを開けて飲み干した。缶を開ける音が広い空間に響く。これはピエトロとワンダのために何としてでも早く終わらせなければいけない。



「はあ、…着いた」

死にそうになりながら書類の提出を終え、車に飛び乗ってようやくピエトロからもらった合鍵で家の扉を開けて玄関に転がり込んだのは12時を回った頃だった。最悪だ、もうクリスマスイブではなくクリスマスになってしまった。

「………ただいま、」

廊下は暗く、一番奥のリビングにもその光は灯っていない。これはもしかしたらもうすでに寝てしまっているかもしれない。リビングのドアをゆっくり開ける。けれど段々暗闇に慣れてきた俺の目に、暗がりの中ソファの上で体育座りをしているピエトロが見えた。部屋の電気を点けてその姿を確認する。暗かったから気づかなかったが、リビングの床にはクリスマスの装飾が散乱していてそれはもう無残な状態になっていた。「ピエトロ、」と小さい声でピエトロの名前を呼んだら、彼は俺の声に気付いて埋めていた顔を上げてゆっくりとこっちを見た。その目が少し赤く腫れているのが分かって、胸がぎり、と締め付けられる。

「ごめん、遅くなって…ワンダは?」
「…もう寝てる」
「そっか…、ピエトロ、本当にごめん。夜遅くまで待っててくれて、ありがとう」

あちこちに散らばっているクリスマスの装飾を避けながら、ゆっくりとピエトロがいるソファの前に立つと、彼は俺の腹の辺りに抱きついた。俺に抱きついている彼のクセのある髪をそっと撫でると、ピエトロの抱きつく力が強くなる。すん、と鼻を啜る音がした。

「…もう、こないかと思った」
「ごめん」

俺の腹に巻きついているその腕をそっと外して、ピエトロと視線を合わせるためにゆっくりとしゃがんだ。やっぱり、その目は少し赤い。ピエトロの頬をそっと撫でると、彼は心地よさそうに目を閉じる。「ごめん、」ともう一度謝罪の言葉を呟いて彼の唇に自分のそれを合わせると、ん、と小さい吐息が漏れた。ちゅ、ちゅ、とリップ音をさせながら何回も繰り返されるキスの合間に、彼の手が緩慢な動きで俺の腕をなぞりながら手のひらの方に移動していく。きゅ、と彼の指をにぎろうとしたら、お互いの指を絡めるようにして手を握られた。いわゆる恋人繋ぎというやつだ。

「ん」
「…ン…っナマエ、」

合わせていた唇をそっと離すと、ピエトロの唇が名残惜しそうに俺を追った。たくさんキスしてあげたいけど、でも今はピエトロにちゃんと謝らないといけない。

「…本当にごめん、クリスマス、楽しみにしてたのに。プレゼントもないし、明日も朝早いけど。でも明日は絶対早く帰ってくるから」

ピエトロの頭を撫でながらそう言ったら、彼は眉間にシワを寄せて、そっぽを向いた。え、待って。

「…嫌だ」
「え"」
「もっと」
「え」

ぎゅ、と俺の背中に腕を回したピエトロがそう漏らした。「あんたが足りない、」とくぐもった声でそう続けたピエトロがとても愛しく思えて、同時になんだかほっとして思わず頬が緩んでしまう。

「…明日は絶対早く帰ってくるから、そしたらみんなでケーキ食べよう」


そう言ってからピエトロのうなじにそっと唇を押し当てると、彼は甘えるように頬を俺にすり寄せた。


20160217


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