粗末なモノですが・1。


 事務所の若手だけで集まってしこたま飲んだ帰り。
 俺の家で飲み直そうと、後輩の秋坂を誘って帰宅し、そこから更にたっぷり飲んだのがいけなかったのか。

 俺は、ついうっかり。
 本当にうっかり、酔った勢いで秋坂に告白してしまったのだった。

「気持ちは、嬉しいんですけど」

 返って来た答えは、まあ、ある意味予想の範囲内と言えるものだ。

 俺も秋坂も男同士だし。
 新人の頃から教育係だった俺を先輩としては慕ってくれていても、そういう対象として考えることはできなくて当たり前だろう。

 そもそも、秋坂くらいモテる奴だったら、その気にさえなれば女には不自由しないだろうし。
 敢えて男に走る必要なんてどこにもない訳だ。

 俺は酔いの回った頭でそんなことを考えながら、後輩の困ったような顔をぼんやりと眺めていた。

 秋坂の精悍な顔立ちは全体的に骨太な印象だが、愛想の良さで顔のゴツさがいい具合に中和され、凛々しい男らしさだけが際立っている。
 成長期に何を食べて過ごしたのか、日本人男性の平均身長を軽く超える大きな身体は、ムキムキになり過ぎない程度に鍛え上げられていて、スーツの上からでも見事な筋肉のラインを想像することができた。

 しかも、素直で気配りもできて、どんな仕事も嫌がらず丁寧にこなしてくれるという優秀な働きっぷり。

 そんないい男にもかかわらず、この男前な後輩にはまったく女のいる気配がないとういうか……むしろ、飲みに誘いたがる女共を避けるようにして俺に懐いて回るものだから、もしかしたらコイツもゲイなんじゃないか、なんて密かに思っていたんだけど。

「そう、だよな。男同士とか、無理だよな」
「違うんです、水瀬先輩!」
「いや、悪かった。酔っ払いの寝言だと思って忘れてくれ」
「先輩!」

 女嫌いかもしれないからと言って、ゲイである訳じゃない。
 そうか、単なる女嫌いのノンケだったのか、お前は。

 やっちまったなあ、と後悔しつつ、今の発言を無理矢理なかったことにしてグラスに残った焼酎を飲み干した俺の手から空のグラスを奪い取り、秋坂は真剣な瞳で俺を見つめてきた。

「何だよ、忘れろって言っただろ。もうお前のことをそういう風に見たりしねーから」
「忘れられる訳ないじゃないですか」
「面倒くせー奴だな」
「そんな泣きそうな顔で強がらないで下さいよ」
「別に、泣きそうになんてなってねーし」

 お前の方が半泣き状態でうろたえてるじゃねえか。

 キリッと凛々しい男前の顔で図体もデカいくせに、時々見せるこういう素顔が好きなんだよなあ……なんて思いながら、奪い取られてテーブルの上に置かれたグラスに焼酎を継ぎ足そうとした手を掴んで、秋坂は俺の身体を強引にその腕の中に引き寄せた。

「……何やってるんだ」
「俺、水瀬先輩のことが好きです」
「もうそれはいいって、無理すんな」
「無理じゃないです。俺、昔から女は全然ダメで……先輩のことは初めて会った時からすっげえ綺麗な人だなって思って憧れてたし、仕事もいつも完璧で格好良くて、美人なのに性格は目茶苦茶男前なトコとか、本当に好きなんです」
「マジで? ゲイなの、お前」
「いや、それはちょっと分からないんですけど」
「は?」

 気まずそうに俯いてボソッと呟く後輩の顔を見上げて、俺は首を傾げた。

 この年になって自分がゲイかどうか分からないというのも、おかしな話じゃないだろうか。
 女にしか勃たなければノンケ、男に勃起すればゲイ。どちらにも反応すればバイという可能性もあるけど、それもよく分からないということは……。

「え、ちょっと待てよ。お前、もしかして」
「……言わないで下さい」

 男前の顔を気の毒なほど真っ赤にして俯く秋坂の反応に、俺の頭に浮かんでいた疑惑は確信へと変わった。

「えええっ! 嘘だろ!? ど、童貞なのかよ!?」
「言わないで下さいっていったじゃないですか、先輩!」
「えー……。だって……今、二十五だろ。お前くらいイイ男なら、男でも女でも、いくらでも相手はいたんじゃないのか」

 年齢以上に落ち着いた雰囲気とこの精悍な顔立ちを見て、コイツが童貞だなんて思う奴がどこにいるだろう。
 信じられない、という表情を隠すことも忘れて思い切り秋坂の顔をまじまじと見つめていたら、腰を抱き寄せていた腕に力を込められ、俺の顔は秋坂の胸にすっぽりと埋まってしまった。

「昔から俺、周りの奴らに経験豊富そうに見られることが多かったんです。それで……誤解されたままこんな年になって、今さら実は童貞でした、とは言えない雰囲気になっちゃったっていうか」
「で、今まで誰とも付き合えずにいたっていうのか」
「ええ。ただ……原因は、それだけじゃないんですけど」
「?」

 居心地の良い腕の中で顔を上げると、秋坂は思い詰めた表情で俺を見つめて、指先でそっと俺の前髪を撫で上げた。

「この年で童貞っていう時点で、もう引いてるでしょ、先輩」
「ふざけんな馬鹿。俺はお前が経験豊富なヤリチンっぽい顔をしていてセックスが上手そうだから惚れた訳じゃねえんだぞ。童貞くらい大したことじゃねーよ」
「……水瀬先輩のそういうすっげー男らしいトコ、ホント好きです」
「だったら……」

 晴れて両思い。何も問題は無いじゃないか、と言おうとした俺に、秋坂は小さくため息をついて首を振った。

「俺は、先輩に好きになってもらえるような男じゃないんですよ」
「な、何だよその、重い秘密を背負った男みたいな言い方」

 もしこれがドラマか何かだったら、過去に犯した何らかの犯罪を告白されかねない展開だろう。

「ある意味、俺にとっては重い秘密です」
「え、ホントに何」

 一瞬が永遠にも感じられるような沈黙の後で。
 俺を腕に抱いたまま、秋坂は、諦めたように口を開いた。

「実は、俺……」
「……お、おお」
「――粗チンなんです」
「え?」

 粗ちん?

 ありとあらゆる最悪の状況を想像していた俺の耳に飛び込んできたのは、何とも意外な言葉。

 何かの聞き間違えかもしれないと、秋坂の顔を窺ってみたが、男前の後輩は真剣に思い詰めた表情でじっと俺を見つめていた。



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