オオカミ課長にご用心・後編。


「課長、だ……ダメですって」
「こんなに甘い匂いを撒き散らして俺を誘惑したお前が悪い」
「誘惑なんてしてないです! あ、んんッ!」

 俺の反論を無視して、課長の大きな手は硬く育ち始めていたペニスを握り、その感触を確かめるように根元をやわやわと揉んでくる。

 普段の大神課長からは想像もできない、強引な獣っぷりだ。

「あ……っ、や、触っちゃ……やぁあっ」
「気持ちいいのか」
「んっ、あぁ、あッ」

 下着を下げられた瞬間勢いよく飛び出してきたペニスが、月明かりに照らされて課長の目の前に晒されてしまう。

 予想外の事態に戸惑って口では「イヤだ」と言っているのに、大きな手に握られた雄の器官は元気に反り返っていて、俺が快感に流されていることを何よりも正直に告白していた。

「ふうん」

 何に納得しているのか、大神課長は手の中でビクビクと震える俺のペニスをじっくり観察して、獣の尻尾を揺らしている。

「課長、もう……見ないで下さい!」
「男の身体なんぞに興味はなかったんだが、お前のコレは可愛いな」
「失礼なっ!……ああぁッ、や、やぁっ」

 確かにそこまでデカい方じゃないという自覚はあるけど、男の象徴を“可愛い”と言われて喜べるはずがない。
 さすがに我に返って、身体を起こして抵抗しようとしたそのとき、ずっとパタパタと揺れていた課長の尻尾が俺の股間に下ろされ、勃起したペニスをなぞるように上下に動きだした。

「ひ、あぁンッ! かちょう、ダメ……やめて、下さい!」
「そう言われると逆に狩猟本能が刺激される」
「っ、んん!」

 ごわついた毛が敏感な幹をくすぐって、もどかしい刺激を与えてくる。
 獣の尻尾でペニスを弄びながら、課長はぷっくりと尖った俺の乳首をざらざらした舌で舐め、首筋を甘噛みして低く笑った。

「やぁあ、ん、しっぽが……っ! あぁッ!」
「気持ちいいんだろう? 腰が揺れて……ココも、濡れてきた」
「あンッ! 先っぽ、そんなに……したらヤダぁ……!」

 雄茎の先端から迸る恥ずかしい蜜を拭き取った尻尾が、わざわざ俺にソレを確認させるように揺れて鼻先をかすめていく。

「課長、出ちゃう……もう、イッちゃう……!」

 全身が快感に支配されて、何も考えられない。
 
 どうして課長に獣の耳と尻尾が生えているのか、何で突然俺に襲い掛かってきたのか。

 すべての疑問を放棄して、俺は逞しい背中にしがみついてねだるように腰を揺らした。

「あ、あ……もうダメ、イク……っ!」
「宇佐木……」
「やぁ、んんッ、課長……! あ、あぁあ……ああッ!」

 リズミカルに幹を扱き上げられ、尻尾の先端で鈴口をくすぐられて。
 俺は、獣化した上司に抱きつきながら、濃い白濁液を勢いよく迸らせたのだった。

「大丈夫か」
「だいじょうぶ、とか大丈夫じゃないとかじゃなくて……」

 一体これは何なんですか。

 射精の余韻に身体を震わせ、恐る恐る伸ばした手でピンと立った獣の耳に触れると、大神課長は尻尾をパタパタと揺らして俺の頬を舐めてきた。

 何だか実家で飼っている犬みたいだ、なんて和みかけたのも束の間のことで。
 精液に濡れたペニスを握っていた手が、くすぐるように嚢をたどって更に奥へと進み、尻肉の間を探って小さな穴に到達した瞬間、俺は嫌な予感に身体を強張らせた。

「あのー……大神課長、これから何をされるおつもりなのでしょうか」
「交尾」
「交尾!? ダメです、それは絶対にダメ!」
「雄同士の経験はないが、ヤリ方は知っているから大丈夫だ」
「そういう問題じゃないでしょう!」

 気持ちよさに流されてつい触りっこ的な行為を許してしまったとはいえ、さすがに俺もその場の勢いで挿入まで許してしまうほど緩い男じゃない。

 何と言っても、相手は直属の上司で、明日以降も普通に顔を突き合わせて一緒に働かなければならないのだ。

「もう、駄目だって言ってるでしょうが!」
「あんなに可愛く喘いでいたのに、今さら駄目はないだろう」
「だーめーでーすー!」

 抵抗すればするほど、課長は面白がってじゃれついてくる。
 実家の犬もこんな感じで、今でも帰る度に顔中ベロンベロンに舐められて大変なことになるんだよなあ、と思った瞬間。
 俺は、手のかかる大型犬化した上司に、絶大な効力を発揮するあの言葉を叫んでいた。

「課長……“おあずけ!”」


○●○


 夜空を切り抜いたように明るく輝く丸い月。

 その光に照らされた室内で、危うく上司にケツを掘られかかった俺はベッドの上に座り、床に正座して“おあずけ”をくらっている上司から大体の事情を説明されていた。

「人狼?」
「最近は変身できるくらい血の濃い仲間が少なくなったんで、目撃情報とかもめっきり聞かなくなっちゃったんだけどね」
「課長はその人狼の子孫なんですか」
「うん、まあ」

 耳と尻尾はまだ隠れていないものの、“おあずけ”を命じられたことで少しは野性の本能をコントロールできているのか、表情も口調も、いつものおっとりした大神課長のものに戻っている。

 今までの俺なら人狼だなんて言われても絶対に信じなかったけど、こうして実際に課長の姿を見てしまうと、もうその存在を信じない訳にはいかなかった。

 問題は、課長が人狼かどうかということじゃない。

「どうしていきなり俺に襲い掛かってきたりしたんですか」

 そう。
 課長がいきなり俺を襲って、ケツを掘ろうとしたことの方が俺にとっては大問題なのだ。

 口調をきつくして獣耳の上司を責めると、課長は耳と尻尾をしょんぼりうなだれさせて俯いてしまった。

「満月の夜は理性と野性のコントロールが難しくなって、性欲が強くなるんだけど……。オス相手に発情することなんて今までなかったんだ」
「オスって言わないで下さいよ!」
「ご、ごめん。とにかく、いつも宇佐木君は頑張り屋さんだし可愛い部下だと思っていて、久しぶりの二人出張も普通に楽しみにしていたんだ。ただ、今夜の宇佐木君は何だか甘い匂いがして、寝顔を覗いてみたらすごく可愛いしいやらしいし、もう自分を抑えられなくなっちゃって」

 いやらしい寝顔って……。俺は普段どんな顔で寝ているんだろう。

 床に正座してしょんぼりうなだれていた課長は、何かを決意したようにキッと顔を上げて真っ直ぐに俺を見つめてきた。

「自分でも気付いていなかっただけで、俺はきっと、ずっと前から宇佐木君が好きだったんだと思う」
「そんな、“きっと”とか“だと思う”とかいう曖昧な告白をされても」
「大神家の男は一生つがいの相手を大切にするんだ。宇佐木君、俺のつがいになってくれないか」
「ええっ!?」
「尻尾を使った交尾なんて他のオスとは経験できないよ。すごく感じてたじゃないか」
「恥ずかしいことを思い出させないで下さい!」
「……宇佐木君、この“おあずけ”はいつまで?」
「ずっとです!」


○●○


 世の中、信じられないようなことはあるもので。

 俺の上司は、月の輝く夜に野獣化してしまうオオカミ男だったのだ。

 ずっと逞しい兄貴系が好みと言ってきた俺が、普段の大神課長みたいに優しくて包容力のある大人に甘えられる幸せをじわじわと感じ始めるのは、この出張以降のこと。

 優しい上司と、夜の野獣。
 二つの顔を持つオオカミ男が俺の恋人になって“おあずけ”を解除されるのは、もう少し後の話だった。


end.

(2012.09.30)




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