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勤務時間終了後のロッカールーム。

月末締めの報告書も無事に上げて一安心の俺は、隣で壁に寄り掛かって呆然としたまま動かない一つ年下の先輩に声をかけた。

「外さん、軽く一杯やって帰るか」

人懐っこい性格と巧みな話術で取引先との営業トークにおいては抜群の実力を発揮するこの先輩は、実は細々とした数字合わせのデスクワークが苦手らしい。

今日一日デスクに張り付きだっただけで可哀相なくらいげっそりやつれてしまった外さんを元気づけるためには、仕事の後のビール一杯が効果的だ。

そう思って提案すると、案の定。誘いの言葉とほぼ同時に、死んだ魚のようだった目にパッと輝きが戻ってきた。

「行くいく!」

“軽く一杯”の響きだけでここまで回復できる単純さが羨ましい。
なんだかんだいって、タフなんだよな。

「つーか池さん、今日何の日だか知ってる?」

俄然ウキウキと帰り支度を始めた外さんが、ロッカーの中から何やらデカい紙袋を出しながら訊いてきた。

今日?…何か特別な日だったか?

「報告書の提出日?」
「そんな事はさっさと忘れてぇんだよ!…もっとさー、世界規模のイベントで」

世界規模…というのかどうかは謎だけど、十月の末日はたしか…。

「ハロウィーン?」

恐る恐る訊くと、やんちゃ坊主の目がキラキラと輝いた。

「そう!年に一度のサラリーマン女装イベント、ハロウィーンだ!」
「ちょっと待て」

ハロウィーンってそんなイベントだったのか?
というか、この流れは何だか非常に危険なニオイがする。

馬鹿デカい紙袋にじっと視線を注いだまま動かない俺の前で、外さんは零れんばかりの笑みを浮かべていた。

「その…紙袋の中身は…まさか…」
「よくぞ聞いてくれました!“ごーじゃす”のママさんからお借りした素敵カツラとお洒落ワンピ&パンプス、その他化粧道具一式!」
「…!」

“ごーじゃす”は出張の時によく利用するオカマバーで、面食いなママさんは外さんを自分の息子のように可愛がってくれている。
だからって…一体どんな顔で女装道具を借りてきたんだ、この先輩は。

「帰る」

クルッと踵を返そうとした腕をガッシリ掴まれて、ロッカーに身体を押し付けられた。

「離せよ!女装なら俺はしないからな」

必死になって抵抗を試みても、なかなか思うように動けない。
さすが、社会人になってからも草野球を続けて鍛えている身体は筋肉のつき方が違っていた。

「頼む!池さん!一回だけでいいから池子とデートさせてくれ」
「絶対に嫌だ!」
「今日俺頑張ったじゃん、ご褒美だと思ってさ」
「仕事なんだから頑張るのは当たり前だろ」

ここで甘い顔を見せて、月末の報告書提出の度に女装をねだられるようになったら堪らない。
大体、こんなところで女装して、会社の連中に見られたら明日から女装趣味の変態扱いじゃねーか!




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