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「少し疲れているんじゃないのか」
「んー」

 ぶらりと市内を見て回り、帰宅後すぐにお楽しみの枝豆タイムに突入した俺は、狭い部屋の窓から少しずつ夜の色へと移り変わりつつある空をぼんやり眺めている倉田の背中に声をかけた。

 自分から七夕まつりが見たいと言って勝手に人の家に泊まっておきながら、俺が貴重な休日を潰して案内してやっているのに、街を観光している間もずっと心ここにあらずといった感じなのだ。
 多少強引で良くも悪くもマイペースなこの男の性格は十分分かっているが、今日の倉田は、どこか倉田らしくない。

「――星、見えそうだな」

 疲れているのかと訊いた俺の質問には答えずに、倉田は自分で茹でた豆をつまんで呟いた。

 そういえば、七夕まつりの夜は雨に降られがちだという話を聞いたことがあるが、窓の外に見える空は綺麗な夕闇のグラデーションを描いている。
 もしかしたら、東の方にはもう一番星が輝いているかもしれない。

「確かに。今夜はよく見えるだろうな」
「やっぱり短冊吊しておけばよかった」
「お前……ひと月前にもうたっぷり願い事済みだって言ってただろうが」

 暦通りの7月7日に七夕の夜を迎えた東京で、この男は近所のスーパーに設置されていた『わくわく七夕コーナー』という明らかに子供向けと思われる竹飾りコーナーに引き寄せられ、短冊を使い尽くす勢いで願い事を吊してきたというのだ。
 会社帰りのビジネスマンがスーパーの一角で黙々と短冊に願い事を書いて吊す姿はかなり目立つ。
 しかも、倉田クラスの男前が……と考えると、その違和感は半端じゃないだろう。

 順当に出世コースを歩んで、女にも不自由しない程度に器用に生きていそうなエリート同期が七夕の星に一体何を願ったのか。
 俺には想像することも出来ないが。

「新人研修の時に二人でやったプレゼン、覚えてるか」

 俺が精悍な横顔を眺めているうちに、いつの間にか七夕の話題は倉田の中で終わったらしい。
 空になったビールの缶をテーブルの上に戻し、倉田はそれまでと何の関係もない話題を切り出してきた。

「“オフィスに木の温もりを”って企画だろ。懐かしいな」

 忘れるはずがない。

 ハードな新入社員研修の中でも終盤最大の試練と言われるプレゼン実習。
 それは、新企画を立ち上げ、限られた時間で市場調査からサンプル作成まですべて自分達で準備しなければならないという鬼のような研修プログラムだった。

 入社以来、俺と倉田との関係が一番密だった期間でもあるだろう。

 そのプレゼンが、どうしたのか。
 枝豆を一粒口に放り込んで視線で問い掛けると、意外な答えが返ってきた。

「来期から新チームを設置して、本格的に商品化されることになった」
「……へえ」

 廃材などを利用して無機質になりがちなオフィス什器に木の温もりを取り入れ、働く人に少しでも心安らぐ空間を提供するというコンセプトを提示した企画は、未熟な新人の粗削りなプレゼンながら当時それなりの好評価を得ていた。
 その企画が、まさか実現されることになるとは。

「ああ、だから落ち込んでいたのか」
「は? 誰が落ち込むって?」
「我が子同然の企画を新チームに嫁がせるのが寂しいんだろう。自分の手で最後まで形にしたいっていう気持ちは分かるけどな」
「いや……新チームの責任者には俺が指名されている」
「ん?」

 だったら、今日一日の微妙な態度は何なんだ。

 もしかして、新チームというのは名ばかりの人材の墓場のような左遷部署で、倉田が何か問題を起こしたために飛ばされてしまう……という予想外の展開なのか。

「なあ、大島」

 倉田の言葉次第では何かフォローを入れなくては、と身構える俺の顔をまっすぐ見つめて、男前のエリート同期は思い切ったように口を開いた。

「一緒に、暮らさねえか」



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