17
そうだ。
考えてみれば、飛島さんを兄貴的存在として慕うようになったきっかけも、やっぱり宅飲みでの何気ないやり取りだった。
給料日が近くなると隣部屋の先輩がフラッと遊びに来る生活にも慣れ始めたある日。
大抵の事は笑って流してくれる飛島さんに、一度だけ本気で叱られたことがあった。
製品管理部の仕事は地味でつまらないとか何とか、飲みながらそんな事を愚痴っていた時だったと思う。
「ホントは俺、営業職希望だったんですよ」
入社したばかりの頃の俺は、スーツの上に作業服を着た自分が何だかカッコ悪いような気がして。
営業部に配属された同期がパリッとしたスーツ姿で先輩の背中を追って外回りに出掛けるのを見る度に羨ましくて仕方なかった。
とにかく形から入るタイプだったのだ。
仕事も、今ほど真剣に打ち込んでいなかったような気がする。
「ノルマばっかでキツいぞ、営業は」
「それは分かってますけど、やっぱ花形部署じゃないすか。製品管理なんて在庫チェックとか納品とか地味な仕事ばっかだし」
「お前なあ」
「庄司さんみたいにカッコイイ営業マンになりたかったなー」
営業課イチの有望株と言われる先輩の名前を出して、憧れるっす、と言った瞬間。伸びてきた箸に頬を思いきり摘まれてしまった。
「うわ、汚えっ!」
食べかけの箸で頬を摘まれたのは、人生初の出来事だ。
今思えば、この頃から既に酔っ払った時の飛島さんの行動は予測不可能だった。
「仕事に地味も花形もあるか! お前らがしっかり納品してくれるって分かってるから営業だって安心して数字を取って来られるんだろうが」
さっきまで焼き魚を突きながらご機嫌で酒を飲んでいたのに、細いツリ目を更に細くしてご立腹モードに突入してしまった酔っ払いの先輩。
「箸でヒトの顔摘まないで下さいよ!」
「どんな仕事でもな、本気で頑張ってる奴はカッコイイんだ!」
「分かった、分かりましたから、箸!」
箸で頬を摘まれながらとはいえ、珍しく真剣な顔で怒る飛島さんの言葉はじわじわと俺の胸に染み込んで。
その時に初めて、この先輩が隣に住んでいてくれて良かったと思った。
飛島さんが叱ってくれなかったら、俺は今でもモヤモヤしたまま適当に仕事を続けていたかもしれない。
何より飛島さんの好感度を上げたのは、“仕事と男”について散々語りつくした後で、拗ねたように口を尖らせて小さく呟いた言葉だった。
「大体な、俺の前で……庄司がカッコイイとか言う事ねーだろ」
「はっ?」
「俺だって毎日頑張ってんのに。憧れの先輩はトビシマさんですとか嘘でもいいから言えよ! 馬鹿新堂」
「……」
アンタ結局それで拗ねてただけかよ! と、今までのイイ話を全部台無しにしてしまうような一言。
それでも、デカい図体でいじける飛島さんを見て、その時俺は思ったのだ。
カッコイイ先輩だ、と。
(*)prev next(#)
back(0)