4




世の中広しといえども、オナニーするかしないかでここまで真剣に思い詰めている男は、今地球上に俺しかいないに違いなかった。

沈黙がプレッシャーとなって、じりじりと決断を促す。

選択肢なんて、あってないようなモノだ。
契約を成立させれば課長昇進への大きな一歩。ここで帰れば、もしかしたら明日には会社に俺の椅子はないかもしれない。


――そんなに見たいなら見せてやろうじゃねぇか。


今までも、契約のために多少の無理をしてきた事は何度もあった。
だから今回もそれと同じだと自分に言い聞かせて心を決める。

涼しい顔でこちらを観察している三澤を睨み、俺は思い切ってネクタイに手を掛け、ゆっくりとそれを緩め始めた。

「見上げた営業マン精神だな」

何とでも言え。
こんなムーディーな寝室で脱げとか言われるから変な感じがするだけだ。
もしここが温泉か銭湯だったら、誰かが見ている前で裸になるくらい普通じゃねぇか。
身体には結構自信があるから、服を脱ぐ事自体にさほど抵抗は感じない。
一度決意を固めると俺は躊躇う事なくスーツを脱ぎ捨て、シャツも下着も手際よく脱いで三澤の前に立った。

変に隠すのも悔しいので、堂々と全てを生意気な御曹司の眼前にさらす。
股間で俯くソレに視線をやった三澤は感心したように一瞬眉を跳ね上げ、ニヤリと笑って呟いた。

「なかなか立派なモノを持っているじゃないか。さぞかし沢山の女を泣かせてきたんだろうな」

モノを褒められてこんなに嬉しくない気持ちになったのは初めてだ。
萎えそうになる心を何とか励まし、ベッドの上にどっかり腰を下ろして三澤の方に向き直った。

人前で行為に及んで繊細な俺のムスコが反応するとはとても思えないが、こんなのは単なる嫌がらせなんだから、形だけで十分だ。
何度か扱いてみて“実はインポでした”とでも言えば、三澤もそれ以上の事は言わないはずだと俺は勝手に思っていた。

いくら変態御曹司の嫌がらせでも、まさか実際に俺が射精する事までは望んでいまい。

「単純だな、安藤」

くぐもった笑いを含んだ声に顔を上げると、三澤は今までに見た事のない、牡の顔をして俺を見つめていた。

「とりあえず形だけ頑張ってみて、実はインポなんですとでも言えば俺が許すと思っているんだろう」
「そ、そんな事…!」

浅はかな魂胆をモロに見透かされ、信じられない思いで御曹司の顔を凝視する。
整ったその顔は、先程まで全く感じなかった牡の色気を漂わせ、欲情を映した瞳が妖しい光を放っていた。

「自分では隠しているつもりだろうが、考えている事がすぐに顔に出る。そんなところが堪らなく可愛いんだ、お前は」
「はっ…!?」

一瞬耳に入った理解し難い言葉の意味を考える、その前に。
無駄のない動きでベッドの上に上がってきた三澤が、俺の身体を押し倒し、ひんやりと冷たい手で股間のモノを握ってきた。

「なっ…何を…ッ」
「どうせ一人では勃たないだろう。俺が手伝ってやる」
「えっ…やっ…!」

他人に手伝ってもらったら、それはもうオナニーって言わねぇじゃねーかよ!
覆い被さってきた三澤に唇を塞がれ、そんな反論を口にする事すら許されず俺は、与えられる刺激に身体をビクリ、と僅かに反応させた。





(*)prev next(#)
back(0)


人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -