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街の夜景を一望できる大きな窓。
あらかじめ備え付けられたイタリア製の高級家具。
間接照明によって落ち着いた空間が演出されたベッドルームで俺は営業用の笑顔を浮かべ、目の前の客に今までに何度も繰り返してきたお決まりのセリフを口にした。

「いかがでしょう、三澤様」
「…そうだな…」

うーん…と何かを考え込んでいる様子の三澤を見て、俺は今度こそイケるかもしれないと僅かな希望を胸に抱く。

頼む、気に入ってくれ。
ここまでイイ物件で断られたら、正直言って他にどんなモノを紹介していいのか分からない。

年甲斐もなくドキドキしながら返答を待つ俺の耳に飛び込んできた言葉は、またしても期待を裏切るものだった。

「どうだ安藤、この寝室。何やらムラムラといかがわしい気分になってこないか」
「…三澤様…」

ならねぇよ。
部屋に俺とお前しかいねぇのに、何にどうやってムラムラするというんだ。

「窓に姿が映るのもなかなかイイな。安藤、ちょっとここで服を脱いでみろ」
「…はは…ご冗談を…」

ヒトを馬鹿にしやがって。
この生意気なクソガキをぶん殴って人生の厳しさというモノを教えてやりたいと今までに何度思ったか知れないが、さすがに実行に移した事は一度もなかった。

目の前の相手はただの客ではない。旧財閥系企業を取り仕切る名家の御曹司なのだから。
下手すれば俺のクビどころか会社の存続すら左右しかねない大問題。どんなにムカつく振る舞いにも、ただひたすら堪えるしかない。

「女性でしたらこのようなムードのある寝室を好まれる方は多いと思いますよ」

10年近くに渡って培ってきた営業マン精神で、笑顔を崩さずに何とか無難な返答を用意すると、三澤はその答えが気に入らなかったのか、フンと鼻を鳴らしてベッドの上に腰掛けた。

「お前はどうなんだと聞いている」

――…だから。
俺が今いかがわしい気分になって、それでどうするっていうんだよ。

何を考えているのか全く分からない客に、さすがの俺も思わずため息が零れてしまう。

「今回の物件もお気に召さないんですね」

落胆の色を隠せない俺を横目に、三澤はベッドのスプリングの感触を確かめながら頷いた。

「場所も間取りも…調度品も申し分ないが、最上階ではないというのがネックだな。自分の上で誰かが生活しているというのは気に入らない」
「…そうですか…」

こんなヤツは一度地下鉄駅の構内あたりで生活してみればいい。
こんな贅沢な部屋を前にして、頭上で誰かが生活してるくらい何だってんだ。
沸き上がる苦々しい思いを抑え、俺は何とか営業用の笑顔を保ち続けた。






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