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○●○


「…気まずい…」

既に手に馴染んだIDナンバーを入力して、指紋認証センサーに触れる前に、思わずため息が零れてしまった。

本当は俺が気まずくなる必要なんてないはずだ。
小杉にケツを揉まれたのは完全に不可抗力だったし、それ以上の事は何もなかった。

別に三澤がそれを知ったところでどうこう思うワケじゃねぇだろうし…。
なのに、何でこんな後ろめたい気持ちになっているんだか。

大体、アイツが何を考えてるのかよく分からねぇ態度なのが悪い。
そのせいで俺は欲求不満扱いされてケツを揉まれたんだ。

「クソッ…」

――三澤の考えている事が、知りたい。
もう、いっそハッキリ訊いてしまおう。
そう思った。

飽きたから出て行ってくれと言われるのは辛いかもしれないけど。
いつまでも中途半端な関係でいるよりも、この状況をどうにか出来た方がいい。

気持ちに全く気付いてなかったとはいえ、今までずっと力になってくれていた小杉にも迷惑をかけてしまったワケだし。

……よし。

ピシッと背筋を伸ばしてネクタイを直し、指紋認証センサーに指を乗せる。

「ただいま」

もしかしたら明日からは、こんな言葉を必要としない独りの生活に逆戻りしてしまうのかもしれない、と覚悟しながら。
ドアを開けて、玄関に足を踏み入れた。



「早かったな、安藤」
「ん?あぁ、今日は会議が早く終わったからな」
「安い給料で毎日飽きもせず会議に残業か。庶民は大変だな」
「何でそんなムカつく労いの言葉しか思い浮かばねぇんだよ、お前は」

――無理だ。ハッキリ訊くなんて。

わざわざ玄関まで迎えに出て来た三澤の顔を見るなり、固かったはずの俺の決意はあっさり崩れ去ってしまった。

決して俺を拒んではいないと分かる笑顔に安心させられて、もう少しこのぬるい関係に甘えていたい気持ちが沸き上がってきてしまう。

そもそもハッキリ訊くだなんて…俺は三澤に一体何と言うつもりだったんだろう?
冷静になって考えてみると、何だかとっても恥ずかし過ぎた。

『お前は俺の事をどう思ってるんだ』
『何で最近俺を抱かなくなった』
『もう俺の身体には飽きたのか』

…とか、まさかそういう事を本気で言うつもりだったのか、俺は!?

どんなうざいオッサンだ。
『仕事と私、どっちが好き?』と訊いてくる女の数倍うざい。
しかも、30過ぎの男がそれを口にするなんて…。

「安藤?どうした」

自分の考えに赤面して玄関で立ち尽くす俺の額に、三澤が手をあててくる。

「何でもねぇよ」
「…最近少し、働きすぎじゃないのか」
「仕方ねーだろ。お気楽な学生と違ってこっちは仕事なんだから」

減らず口を叩きながらも、久々に感じる三澤の手の温かさが身体の奥にまでじわじわ染み込んで。

もう少しだけこうしていたくて目を閉じると、腰をグッと引き寄せられて、唇に微かな熱が触れていった。





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