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可愛いだなんて、部下が上司に…というか、30過ぎの男に使う言葉じゃない。
赤くなって口を開いたまま馬鹿みたいに固まる俺に、小杉はサラっと凄い事を言った。
「俺だったら課長にそんな顔はさせないんですけどね…。知ってました?俺、モノにもテクにも、結構自信があるんですよ」
「知らねぇよ!知るワケねぇだろうが!」
他に誰もフロアにいないとはいえ、社内でモノとかテクとか…!
何年間も一緒に仕事をしてきて、小杉の口からこんなに下品な言葉を聞いたのはこれが初めての事だった。
…というか、会話の流れが怪し過ぎる。
まるで俺が小杉に口説かれているみたいな。激しく変な雰囲気じゃねぇか。
「あ、あのな、小杉…」
必死に自分を落ち着かせながら、何とかそれだけを言って小杉の前に立つ。
その後に何を続けたらいいのか分からずにもごもごしていると、小杉がニッコリ笑ってデスクから腰を上げた。
「冗談ですよ。俺は他人のモノには興味はありませんから」
「な…っ」
他人のモノって何だよ。俺は別に三澤のモノじゃねぇぞ!
…と、言おうとして、身体が硬直した。
「――…っ!」
ケツが…。俺のケツが!!
立ち上がって廊下に歩き出した小杉の手が…すれ違いざまに何と、俺のケツを思いきりモミモミッと揉みまくって、離れていった。
「こっ…ここ小杉っ!?お前一体何を…!」
一瞬振り向いて、無礼な部下が悪びれない笑顔を向ける。
「何年もずっとイイ部下でいて、課長が幸せになれるんだったら…なんて最後は生意気な御曹司に美味しいトコロを譲ってやったんですよ。このくらいつまみ食いしてもいいでしょう」
「つまみ食い…!?」
上司のケツを揉む事がお前のつまみ食いなのか!
つか、その前にコイツ、何て言った…?今の言葉の意味って…。
ぐるぐるとまとまらない思考回路に、セクハラ部下は容赦なくとどめを刺してきた。
「早く問題を解決して下さい。そんなにフェロモン垂れ流しじゃ、俺もいつまでも理性的ではいられませんよ」
「…おい!」
「お先に失礼します」
クルッと背中を向けると、今度は振り向かずに薄暗い廊下に消えていく部下を、呆然と眺める事しか出来ない。
気付かなかった…。
アイツがずっとそんな風に俺を見ていたなんて。
優秀な営業マンになるまで俺が育ててやった可愛い部下だと思っていたのに。
つーか、いきなりケツを揉むか、普通!?
「…どんなセクハラだよ…」
何だかまだ頭が混乱している。
『飼い犬にケツを揉まれる』という諺がもしあったとしたら、それはまさに、今の状況を言うんだと思った。
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